番外編

第102話 愛乃花音の政界進出

 今ではすっかり忘れ去られてしまったけど、この世界には悪の組織があった。

 そして、そんな悪の組織から人々の愛を守るために戦うヒロインたちもいた。

 今年で二十三歳になる私、愛乃花音は何を隠そうそのヒロイン――ラブリーエンジェルたちの一員だった。

 あの頃は、楽しかった。

 イリスちゃんと明里ちゃんがいつも傍にいて、バカなことする男子たちがいた。一日として平凡な日は無かったと思う。

 でも、そんな私たちも大人になっていく。

 イリスちゃんは、有名な企業の新人OL。明里ちゃんに至っては、日本で知らない人はいないと言われるほどの有名アイドルになっている。

 そして、私はとある政治家の秘書として働いていた。


「はぁ……。今日も疲れた……」


 家に着くなり、カバンをソファに投げて冷蔵庫の中でキンキンに冷えている缶チューハイに手を伸ばす。


「んっ……ぷはーっ! 仕事終わりのこの一杯のために生きてるって言っても過言じゃないなぁ」


 そのまま缶チューハイを片手に、スマホでピザを注文する。

 明日は休日。お金はあるんだから、少しくらい贅沢したっていいだろう。


 作り置きしておいたポテトサラダをつまみながら、缶チューハイを飲む。

 三本目の缶チューハイに手を伸ばした時、インターホンが鳴る。


「来た来た」


 鼻歌を歌いながら玄関に行き、宅配の人からピザを受け取る。そして、部屋に戻りまだ温もりの残っているピザを頬張る。


「ん~!!」


 チーズとトマトが主役のシンプルなマルゲリータ。

 シンプルだからこそ、チーズとトマト、それと生地本来が持つ旨味が口に広がる。

 特に、トマトの甘みがたまらない。


「次は照り焼きだね」


 次に手に取ったのは照り焼きピザ。

 照り焼きにされた鶏肉の甘みと脂。更に、そこにマヨネーズがかかっておりガツンとした強い味になっている。

 そして、口の中に油分が増えたところで、すかさずレモンの缶チューハイを流し込む。


「~~~っ! 最高……」


 油っこくて味が濃いものと柑橘系のチューハイはやっぱり抜群に会う。

 この組み合わせは何時になっても外せない。


 さて、次はどのピザを食べようか……。


「おお。今日も飲んでるラブね」


 そんなことを考えていると部屋の奥から、フワフワと宙に浮く、クマのようなネズミのような姿をした手のひらサイズの生物が姿を現す。

 彼の名前はラブリン。

 私たちがかつてヒロインをしていた頃、私たちに力をくれた妖精だ。今でも、時折こうして人間界に来ている。

 実は、私が政治家の秘書をしている理由の一つに、ラブリンが関わっていたりする。


 ラブリンはキッチンの方に飛んでいき、ペットボトルのキャップとウイスキーを棚から取り出す。

 そして、私がピザを置いてる机の上に腰かけてキャップの中にウイスキーを注いでいく。


「それじゃ、乾杯ラブ」


「乾杯」


 缶チューハイとキャップをコツンとぶつけ、二人でお酒を煽る。


「ふう……。で、最近はどうラブか?」


「最近ねぇ……。まだまだだよ。対策はしてるんだろうけど、少子化問題も結婚意欲の低下も全然改善されそうにないかな」


「やっぱり、そうラブよねぇ……」


 私の言葉を聞いたラブリンがため息をつく。

 ラブリンは愛の国という世界で暮らしている。その世界の維持には愛が欠かせない。

 そして、その愛は人間界で余剰に生み出されている分を使わせてもらっているらしい。

 昔は、子供や家族を愛する人が多くて愛の国も愛に満ち溢れていた。しかし、最近は人間界で少子化や結婚率の低下などが進み、愛の国に供給される愛が減っているらしい。

 だからこそ、それらの問題を解決するために私がラブリンに協力することにしたのだ。


「ところで、ルシリンやタマモちゃんの様子はどうなの?」


 ふと、かつては敵対した妖精たちの様子が気になり、ラブリンに問いかけた。


「……はぁ」


 二人の名前を出した途端に、ラブリンが露骨にため息をつく。


「タマモはこっちの世界で好きにしてるみたいラブ。ただ……」


「ただ?」


「元々見た目が良かった分、以前よりずっと周りの人や妖精と向き合うようになったことからタマモを好きになる男が多すぎるラブ……。まあ、そのおかげで大量の愛が生まれてるからいいラブなんだけど……妖精たちがタマモを追いかけて人間界にどんどん行くせいで、愛の国の経済が傾き始めてるラブ……っ!」


 ラブリンはグイッとキャップの中にあるウイスキーを煽ると、キャップを力強くテーブルの上に置く。


「あ~。それは、ドンマイだね……」


 苦笑いを浮かべながら、私も缶チューハイを飲む。

 いつの時代も、美しい女性は人を、社会を変える。


「それじゃあ、ルシリンはどうなってるの?」


「……ルシリンは、愛情を信じられなくなってる子供や、裏切りで心を痛めてる子供たちを元気づけてるみたいラブ」


「そうなんだ! それは、いいことだね」


 私が笑顔でそう言うと、ラブリンはため息を一つついた。

 もしかして、ルシリンの方も何か問題があるのだろうか……?


「……やり方が少し強引というか、めちゃくちゃラブ。愛の伝え方をルシリンがあのバカに聞きに行くと言った時から嫌な予感はしてたんラブ……。上手くいっているからいいラブだけど、そう遠くない将来、ルシリンはきっと後ろから刺されて死ぬラブ」


 頭を抱えるラブリン。


 あー……なるほど。よりにもよって悪道君のやり方を学んじゃったのかぁ。

 うん。それは、裏切られて落ち込んでる子供には効きそう……。まあ、あのイリスちゃんを陥落させた方法だもんね。


「まあ、でも二人とも笑顔ラブよ。辛いこともあるとは言っているラブだけど、それ以上に楽しいと思えること、嬉しいこともあるみたいラブ。花音たちと、それとあのバカに感謝してたラブよ」


 そう言いながらラブリンがふっと笑みを浮かべる。


 正直、私たちは大したことをしていない。変わろうと思ったのは結局二人なんだから、今の状況は二人が掴んだものだ。

 まあ、でも……。


「それなら良かったよ」


 感謝されて嬉しいことに変わりはない。


 ラブリンと二人で顔を合わせ笑う。

 この時間は、今も昔も変わらず幸せだなと思った。


***


「ああ。そう言えば、花音に聞きたいことがあるんだったラブ」


 ある程度お酒がまわってきたところで、ラブリンが私に問いかけてくる。


「もしかして、例の計画のこと?」


 私の言葉にラブリンがコクリと頷く。


「それなら、順調だよ。私が秘書させてもらってる政治家さんも興味あるみたいで、根回ししてくれてるみたい。後は、二年後の選挙で私が当選するだけかな」


「それならよかったラブ。問題点も多いと思うラブけど、この計画が上手くいけば少子化問題も解決できるかもラブからね……。ついでに、ルシリンの命も救えるかもしれないラブ。でも、よく花音はこの計画に賛同してくれたラブね」


 ラブリンがしみじみとそう呟く。


 ラブリンの言う通り、この計画に参加しなければ私は政治家を目指すことはなかった。

 でも、迷いは無かった。


「私はね、やっぱりイリスちゃんがいて、明里ちゃんがいる。そんな三人と笑い合っていたいんだ。それに、明里ちゃんにも幸せになって欲しいからね」


 そう。本当は、私にとって愛の国とか、日本の少子化問題なんてどうでもいい。

 私はただ、私が大好きな人たちが幸せでいて欲しいだけ。笑顔でいて欲しいだけだ。


「……意外と花音はあのバカに似てるラブね」


「まあ、そうかも。食べ物の好みも合うし、二人きりで話してても楽に思うことが多いよ」


「は? ……え、もしかして二人で会ってるラブか?」


「うん。働き始めてからだけどね。この家に家政婦してもらいに来てもらってるよ。明里ちゃんにオススメされて始めたんだけど、すっかりリピーターになっちゃった」


 高校時代は二人で話すことが少なかったけど、大人になってから改めて二人で過ごすと彼の良いところがよく分かる。

 お金こそ彼は持っていないが、こっちが家に帰るタイミングに合わせてお風呂が沸くように準備してくれてるし、ご飯だって温かいうちに出してくれる。

 家で仕事していると、丁度良くコーヒーや紅茶を出してくれるし、お茶菓子もわざわざ有名なお店のものを用意してくれる。

 それに、マッサージだって上手い。

 イリスちゃんには申し訳ないけど、本当に一家に一人欲しいくらいだ。


「……う、嬉しそうラブね」


「そうかな? まあ、でも疲れてるときに支えてくれる人がいると嬉しいよね」


「…………はぁ。まあ、いいラブ」


 私の顔を見てラブリンがため息をつく。

 人の顔を見てため息をつくのは良くないと思うんだけど……。


「とりあえず、二年後が楽しみラブね」


「そうだね! 明里ちゃん、喜ぶといいなぁ」


 実は、イリスちゃんからの了承は既に得ている。

 最初こそイリスちゃんも迷っていたけど、色々な条件を提示して納得してもらった。

 明里ちゃんには、来年辺りに話そうかな。勿論、それまでに明里ちゃんに彼氏が出来てなかったらだけど。


「後、花音もラブ」


「私? 私は別にいいんだけど」


 そう言うとラブリンにジト目を向けられた。


「……はあ」


 おまけにため息までつかれた。


 何だか釈然としない。

 まあ、でも別にいっか。


***


 後に、日本の救世主、愛の革命家と呼ばれることになる愛乃花音。

 彼女により、日本が大きな転換期を迎えるまで……あと二年。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る