第二章 転入生と修学旅行

第38話 何気ない休日

 おっす!

 俺の名前は悪道善喜あくどう よしき

 最近、善道でいる期間が長すぎて存在を忘れられかけてるけど悪道善喜だ! 未だに悪道と呼んでくれた人はイリス様だけ!

 でもいいんだ! だって、俺はイリス様が大好きだから!


 ところで、俺は今買い物をしているんだ! 何故かって? それは俺が一人暮らしをして自炊をしているからだ!


 学園祭から一週間が経った日曜の夕方。

 俺は近所のスーパーで買い物をしていた。


 この間、カレーを作って、その時に余ったじゃがいもと玉ねぎはある。なら、肉じゃがでも作るか。


 肉じゃがに必要な材料である人参、糸こんにゃくなどを籠の中に入れていく。ついでに麵つゆも買っておく。麵つゆは色々な料理に仕える万能調味料だ。

 どうせならと、お菓子コーナーに足を運びチョコレートを買う。チョコはいい。少量で高カロリー。何か作業をするときには欠かせないお菓子だ。


 ささっと会計を済ませ、マイバッグに購入した商品を詰めていく。金はある。だが、節約をしておくに越したことは無い。いつイリス様のためにお金が必要になるか分からないのだから。

 商品が詰まったマイバッグを持ち、スーパーを出る。


 そのまま帰り道を歩いていると、公園で子供と戯れる女神の姿を見つけた。


 イ、イリス様だ! こんな休日に会えるなんて、これは最早運命! デスティニーだ!


 素早く公園に入り、イリス様の傍に歩み寄る。イリス様は子供たちに目を向けており、まだ俺には気付いていない。


「白銀さん、こんにちは」


「ええ、こんにち――なっ!? 悪道……?」


 俺の方に顔を向けるイリス様の顔が驚愕に染まる。


 ん? 悪道……?


 やっべえ! 今の俺は、イヴィルダークの力使って善道に変装していない状態、つまり本当の俺である悪道の姿だった!


「ど、どうしてあなたが……? まさか、この子たちを狙いに来たの!?」


 後ろに子供たちがいるからだろうが、イリス様が警戒心をあらわにして俺を見る。


 ど、どうする? 俺とイリス様は現在絶賛敵対中だ。いやいや、待て。敵対中だが仲良くしてはならないという決まりはない。ロミオとジュリエットしかり、呉越同州しかりだ。……呉越同州は違うか。


「ま、まあ、そんなに警戒しないでくださいよ。今日はたまたま見かけたから話しかけただけです。仲良くしましょう。ね? 子供たちもいますし」


 そう言って、ベンチに腰掛けイリス様に微笑みかける。何故かイリス様が少しだけ顔を青くしていた。何故だ。脅してなんていないのに。


「最近どうですか? 組織を抜けて、楽しい生活は送れていますか?」


 一先ず、気を取り直して世間話でもしよう。どうせなら、善道の時は出来ない話をするべきだ。


「……ええ。充実した日々を送れているわ。あなたは、どうなのかしら?」


「俺ですか? そうですね。辛いこともありますけど、良いこともたくさんありますよ」


 辛いことの代表は、イリス様に思い人がいるという事実を知ったこと。それを知っても、中々アプローチが出来ないことだ。

 逆に良いことは、イリス様の幸せな日々を近くで守れることだな。


「後悔は、ないの……?」


 不安げな表情でイリス様が問いかけてくる。

 後悔、か。難しい質問だな。


「ない……と言えば嘘になりますね」


 実際、イリス様と敵対しなければイリス様ともっと近い距離に入れたのではないかという思いはある。


「でも、俺の中では残ることが最善だった。この選択が、俺にとっても、イリス様にとっても良いものになると信じていますよ」


「……そう」


 小さく呟いて、イリス様は口を閉じた。そして、沈黙が流れる。


 え? 会話終わり!? 俺、選択肢ミスった!?

 嘘だろ!? い、いや、会話が終わったならまた始めればいいだけだ。


「そ、そういえば、イリス様は子供が好きなんですか?」


「急にどうしたの?」


 怪訝な表情を浮かべるイリス様。


 何か怪しまれてる? そんな! 俺はただイリス様とお話したいだけなのに!


「いや、ちょっと気になったんですよ! ちなみに俺は結構子供は好きですよ。純粋なところとかいいですよね!」


「まあ、そうね。私も嫌いではないわ」


 おお! 返事を返してくれた!

 よ、よし! ここから更に会話を広げて、抱腹絶倒の面白トークをしなくては……!


「ですよね! 子供いいですよね! 俺は結婚したら子供は二十二人くらい欲しいんですよね。あ、でも、そうなったら俺の子供たちが作ったサッカーチームが地区大会の決勝を争うかもしれないな~。そうなったら、どっちのチームを応援するか困っちゃうなぁ」


 ハハハ。と笑いながら頭をかく。

 これぞ、俺が考えた面白トークだ。よくサッカーチームが出来るくらい子供が欲しいとは言うが、その二倍は滅多に聞かない。ここがまずツッコミポイントだ。

 更に、どっちのチームを応援するか困るという言葉から、子供たちを平等に大事にする良い夫になれるということをさり気なくアピールしている。

 面白い上に、良い親になれるアピールも出来る。我ながら完璧なトークだったのではないのだろうか。


 そう思ったが、イリス様から返答が来ない。不安になってイリス様の方に顔を向けると、そこには顔を真っ赤にしてあたふたしているイリス様がいた。


「あ、あなた、子供二十二人って……。この間、私に求婚して来たし、そ、そういうことなの……? こ、こんな昼間の公園でそんな話するなんて……この変態!」


 顔を真っ赤にして怒りと恥ずかしさが混ざった表情で俺を罵倒するイリス様。


 求婚……?

 はっ!!

 そういえば、俺が前回イリス様に会ったのはあの勢い余ってプロポーズして断られた日じゃねーか!

 つまり、何だ? 俺は求婚した(断られている)相手に、結婚したら子供がたくさん欲しいって言ったのか?

 それって、遠回しにお前を諦めていないし、そういうことも俺はたくさんするつもりだぞって発言じゃねーか! この変態!


「ち、違うんです! こ、これは誤解なんです! イリス様と結婚したいことも、子供がたくさん欲しいことも本当なんですけど……そ、そうじゃなくてですね!」


「わ、私と結婚したいって……」


 顔を赤くして俯くイリス様。


 やばいやばい! どんどん墓穴掘ってる! どうすればいいんだよ!


「ほら見て、はるちゃん。あれがよく言う痴情のもつれってやつだよ」

「本当だね。あきちゃん。女の子を困らせるなんて、男の子の風上にも置けないよ」


 ひそひそと囁き声が聞えると思い、周りに目を向けると、ベンチの近くに子供たちが集まっていた。


「おい! おっさん! イリスさんは俺たちの大切な人なんだぞ! 困らせたらボコボコにしてやるからな!」


 膝に絆創膏を巻いて、半そで短パンのいかにもガキ大将といった雰囲気のガキが木の棒を俺に向けてくる。


「俺だってイリス様を困らせたくて困らせたわけじゃねーよ! これは、あれだ! 事故だ!」


「どうだかな! うちの父ちゃんも母ちゃんを怒らせたときよくそう言って言い訳してるぞ! 皆囲めー!」


 男の子二人、女の子二人の四人が俺の周りを囲む。


 なるほど、イリス様の魅力は男女問わず、子供にも通じるということか。大方、自分たちに優しいイリス様のお気に入りは自分たちで、イリス様のことを一番好きなのも自分たちだと勘違いしているのだろう。

 それは仕方ないことだ。子供とは、井の中の蛙。まだ大海の広さを知らないのだ。

 ならば、この俺が直々に上には上がいることを教えてやるべきだろう。


「来るなら来い! 俺はイリス様に関しては最強無敵! 天下無双だ!」


 ベンチから飛び上がり、砂場付近へと駆け込む。これはイリス様を巡る戦い。イリス様に干渉されるわけにはいかない!

 断じて、さっきまでのイリス様との会話を有耶無耶に出来てラッキーとは思っていない。


「「「「待てー!」」」」


 男子二人は真剣な表情、女子二人はキャッキャと笑いながら俺の後を追いかけてくる。


 ふっ。男子の方はまだしも、女子たちはこの戦いをお遊びか何かだと勘違いしているらしい。甘いな。これから地面に這いつくばり、土を舐めることになるとは欠片も思っていないようだ。


 俺が足を止めると、子供たちも足を止める。先手はガキ大将だった。


「おい! おっさん! イリスさんは俺たちといつも遊んでんだよ! 勝手に入ってきて、困らせてんじゃねえよ!」


 ぐはっ!

 いつも……だと!? 中々のパワーワードだ。だが、その程度なら俺だって言い返せる!


「ガキンチョ。俺はおよそ一年間イリス様といつも一緒に過ごしてたんだ。分かるか? 今はそうじゃないが、お前らとは過ごす時間の長さが違うんだよ!」


「えー。過去を持ち出す男ってダサいよねー」

「分かるー! それに、女性の記憶は上書きされるって言うしね、過去の男なんてもう忘れてるよ!」


「ゴハァ!!」


 砂場に膝をつく。完璧なカウンターを返したはずだった。だが、女児二人による、それを見越していたかのような鮮やかなクロスカウンターが俺の心の奥底に決まった。


 バカな……? 一番この戦いを舐めていたはずの女児二人に敗北するのか!?

 いや、まだだ! この程度で俺は負けるわけにはいかない!


「はあ、はあ……。や、やるな。確かに、俺は過去の男だ。だがな、俺はイリス様から『あなたが欲しい!』と言われたことがある!」


 嘘じゃない……と思う。多分。そんな感じのことを、俺が求婚した日に言われた気がする。


「ぐぎゃああ!!」

「あんちゃん!」


 俺の言葉にガキ大将が倒れこむ。どうやらあいつにはクリーンヒットだったようだ。

 そのガキ大将にもう一人の男の子は駆け寄っていった。あいつももうこの戦場には返ってこれまい。後は、強敵の女児二人!

 さあ、かかってこい!


 女児二人の攻撃に備えて、身構える。だが、いつの間にか俺の近くからメスガキたちはいなくなっていた。


 ふっ。どうやら俺に恐れをなして逃げたようだな。

 強敵だったが、所詮はガキ。大したことはないな。


「ねーねー。イリスちゃん。あの男はああ言ってるけどどうなの?」

「イリスちゃんはあの男の全てを自分のものにしたいのー?」


 そう思ったのも、束の間。いつの間にかメスガキたちはイリス様の下へ行き、俺の言葉の真偽を確かめていた。


「なっ! そ、そんな全てが欲しいなんて言ってないわよ!」


 顔を真っ赤にして否定するイリス様。


「だってー。お兄さん、嘘は良くないよー」

「そうそう。過去の男なのに、嘘までついて縋りついちゃってさー。そう言うの、ストーカーって言うんだよ」


「ボゲラァ!!」


 言葉のナイフが的確に俺の急所をえぐる。そして、俺は砂場に崩れ落ちた。地面に這いつくばり、砂を舐める。


 ……完敗だ。

 地面を這いつくばるのは俺の方だった。だが、俺はこの悔しさを糧に、再び大空を羽ばたいて見せる。過去の男が、未来のイリス様の伴侶になれないと誰が決めた。

 俺は、諦めない。


「今日は……これくらいにしといてやる! だが、俺は諦めない! イリス様をこの世で一番愛してるのは俺なんだからな!!」


 それだけ言って、俺は食材が詰まったマイバッグを片手に公園から走り去っていった。

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