Episode47

「ウォードマンさん、単刀直入に問おう。ディルの発行する依頼の3分の1を君が持ってきているね。その質、そして討伐と調達の割合。君はそれを正しく管理できていると思いますか?」


 声の重さに彼女の視線が下がる。


 僕が到達している結末を推察してどう言葉を返すべきか悩んでいるのだろうか、それとももう逃げられないと諦めて続きを待っているのだろうか。


 まあ、前者だろう。往生際が悪そうな言動をここまでも見せてくれているからね。


「……正しいとか間違っているとかなにをもって判断するんですか? それにもしその割合が間違っているのなら、もっと冒険者の方々から不満が出ているはずですよ」


「そういう話をしていないって分からないかな。質問に疑問を当てて話の軌道を変える必要なんてないんだよ、それこそなにも間違っていないなら」


 どうやら初手は転んだみたいだ。彼女の表情は渋くなっている。


 絶対に逃さないとロックオンしたからには彼女の心をすり減らして何かが壊れたとしてもここからは帰さない。明日になろうとも2年も軟禁された僕には何一つ苦痛でないから。


「もうひとつ、不満が出ていないのは行動で消化しているからだと思うよ。残念なことに人というのは我慢の限界があって、その許容から溢れた分をなにかにぶつけなければならないからね。それは君たちも同じじゃないのかな?」


「私たち、いえ、ランはどうか知りませんが少なくとも私は本当になにも不満なんてありません。そんな憶測でギルド長の意見を突き通そうとするのはあまりに横暴です」


「そうか、それはすまなかった。今のは忘れてくれ。じゃあ、話を戻そう。君が答えてくれなかった質問に。憶測じゃなくて君の考えを聞かせてくれないか?」


 これで逸れたものが元に戻った。


 加えてディドスタさんに対する関係の深さに見合わない気遣いのなさが見れたのは良かった。故郷から出てきて同居までして、そう易々と自分より前に出させる判断ができるなんて大したものだ。


 さて、なんて答えてくれるかな。自分で追い詰めたこの状況で、正しいと返せるものなのか、もしくはまた新たな逃げ道を敷いて脱線させるのか、表情は初めより眉間の皺が寄っている気がするね。


 しっかり苦しんでくれているようで安心だ。


「私は、当たり前ですけどなにも問題を起こすことなくやってきましたよ。ギルド長がここに就任される前から」


「それはご苦労さま。じゃあ、次はあれを見てみよう」


 また席をたち、資料を取りにデスクに向かおうとしたところで今度は彼女も立ち上がる。


「ちょっと持ってください!」


「ん?君はなにも間違ってこなかったんだろう?なら、なにが出てこようとも止める必要はないんじゃないか?」


「ぅ……いや、その、今のはすこし自信過剰でした。自分の視点からの意見が過ぎたと思います。だから、資料を見るのが嫌なんじゃなくて訂正をしておきたくて」


「そうかい。間違いを訂正できるのはいいことだよ。間違いを間違いと言えず、我を押し通そうとする人は孤独が似合うだろうしね」


 まあ、なにも意味をなさない訂正だけど。


「じゃあ、これを見てくれ」


 僕もミルから見せてもらった資料のコピーを新たに出した。


 どの依頼を誰が管理しているのか丸裸になるそれを見た彼女の顔色はすこし悪くなった。


「君たちと僕はいったが、君はあくまで個人ではなにも問題を起こしていないと言ったね。同日、同時間に依頼を貰っているけれど」


「い、一緒に向かっただけの話ですから」


「だろうね。僕もそう思っているよ」


 ふふ、舌打ちをしそうな苛立ちが彼女の握られた拳に出ていた。一瞬の出来事だけれど、明らかに感情が動かされていることが分かるだけで楽しいね。


「それで、横の担当欄を見ればわかる通りヴィエラ・ウォードマンと書かれたものをピックアップしたのがこっちの資料にある」


 意外にもということはなく、分かりやすく2件の調達依頼とともに1件の討伐依頼を受け取っている。


 ふたりを合算すれば大抵半々になるのに、彼女個人だと偏りがあらわれた。


 これは過失の割合を示すのに簡単な指標になるだろう。


「さて、個人で見れば君は重りになっている気がするけれど、どう思う?」


 ちなみにもうひとりの受付の人は討伐8に対して調達2の割合だ。ふたり分を担当しているために負担は大きいが、比重は僕の求める完璧そのもの。


 ルーキーに関してはという限定的なものだけど。


 それはそれとして、ウォードマンさんの返事を待つ。


 思案する彼女が苦しそうに取り返しのつかない発言をしてしまったと視線をウロウロさせているなか、冷め始めた紅茶のカップに口をつけ深く腰掛けながら余裕を持って。

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