Episode36
ハントゥ局長が淹れてくださった紅茶の入ったティーカップに口を付ける。
あまりこういう嗜みがある人間ではない僕でも感じられる包み込まれるような優しい香りに身も心も温まる。
「どう? 落ち着くでしょ?」
「はい。無駄な力が抜けていく感じがします」
「良かった良かった。さっきも言ったけど、私も君と会いたかったし、話したかったから。今日はスケジュールにも余裕があるし、時間は気にしないでね」
本当35歳男性とは思えないほど声も外見も若ければ、フットワークまで軽い。
国内全ギルドを管理しているここの局長がスケジュールに十分な余裕があるだなんて想像しにくい。ギルド関連だけでなく偉い方々との会合もあるだろうに。
「では、遠慮なく報告と相談の前にお聞きしたいのですが、僕のことがどのようにハントゥ局長に伝わっているのか、気になってしまいまして」
張っていた気が緩んだことで一人称も普段使いになってきた。
「ああ、なにも聞かされていないんだったかな。気になるのは分かるよ。ここまでで既に有り得ない反応をされてきただろうからね」
「ええ、まさに仰る通りで、名を伝えただけでまるで貴族の方々のような反応をいただいてしまったものですから、過剰に伝わっているのではないかと」
僕はこの辺りのことをリリアさんから何も聞かされていない。どこかですれ違いが起きてしまったとき、怪しまれるのは必至のこと。
顔は見たくないけれど、今度会いに行かないといけないな。
「そうかな? だって、クト家のお嬢さんといったら王様の側近でしょう? そのような方から書面だったとはいえ『ディルに就任したヒースという男性は若き希望の芽です。その名で障壁をクリアできるよう各ギルドに通達しておくように』なんて言われたら、最上級の扱いをせざるを得ないと思うんだ」
「それは……そうですね。もし保管されていらっしゃるなら、その書面を見せて頂くことってできますか?」
「あー、いいよ。それにしても本当に聞かされていないなんて意地悪だね、クトさんも」
本当にね。
確認したい理由は一応既に怪しまれていた場合、局長がかまをかけている可能性を考慮したからだけど。
ここまで常に表情に柔らかさがあって、暗の感情が顔の一部にすら表れない。人には必ず光と闇があるのにだ。それがどうにも不気味に感じてしまう。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
デスクの引き出しから取り出して渡してくださった封筒のなかに入っている一枚の紙にはたしかに先程聞いた言葉と似たようなことが書かれていた。
うーん、ここで罠を敷いてくれていた方が助かったんだけど、そんな簡単にわかるようなことはしないか。
それからコピーを一枚頂き、この件は終了。
「では、本題に。今日報告したい内容からですが、実は
「就任2日目から大手柄じゃないですか」
そう、大手柄なんだ。竜はどこにでも出現する生物ではない。洞窟などの暗い場所の奥に根城を作り、大小構わずモンスターや人間を殺し、ときには食料として食す。
さらには高い自尊心を持つとされ、自身の強さの証明のために襲うという危険性を孕むモンスターだ。
「神からの贈り物と言えるほど、幸運でした」
「そう感じてもおかしくないよ、勇者を除けば年に数回ほどしかないことだからね……あれ? でもさ」
来た。ギルド管理局局長であれば必然と気付くこと。
「ディルにAランクの冒険者はいなかったよね? もし、適正以下の冒険者が討伐に向かった場合、多少の罰則をギルドに与えなければならないこと、知っているよね?」
「もちろん学ばせて頂きました」
「ということは、今回の事例には弁解の余地があると」
発見者が気絶している間に誰かが討伐してくれていた。
そんな信じるには情報があまりにもあやふやなことを、局長に僕は報告するのか。どれだけ信頼を勝ち取れるか、特別待遇の腕を見せる良い機会だと思って挑戦しよう。
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