2-3
(承前)
「
「俺は取り掛かりが遅かったから、ぜんぶうちの先生――あ、地元の先生に見てもらってた。うちの先生、ソルフェとかやらせるタイプだったし、何人か音大受験の生徒さんもいたからあんまり違和感なくやれてたのかも」
「ああ、なるほど。もともと習ってた先生の声楽リテラシーなんかでも変わってくるか。――あれ」
スマホを手にしたみそらが声を上げる。
「
みそらは振り向いて、「弟から」と言った。
「かけ直していい? あんまりあっちから電話が来ることってないから――チャットはあっても」
もちろんとうなずく。みそらは「ありがとう」と言うとそのまますぐにスマホを耳にあてた。数秒で「あ、亮介?」と言う。
「ごめん、着信気づいてなくて、何かあったの?」
聞き耳を立てる趣味はないので、夕飯の用意に取り掛かる。そういえば廊下に出しっぱなしだ。冷凍食品なんかはなかったし、廊下はそもそも冷えているから問題ないだろうと思いながらも、とりあえず急いでドアを開ける。冷蔵庫の中の残りを確認しながら、すばやく頭の中で組み合わせを考える。ええと――卵もあるし冷凍のほうれん草があるから――大根は味噌汁でいいか。あとはせっかく買った白菜なんだから、――あ、ツナ缶。そうそう、それもあったから買ったんだった。それをごま油で炒めて――大まかな流れは決まった。明日は江藤先輩との合わせもあるので、残ればあしたも使えるといい。半分くらい残る大根は、あした考えよう。
そうしていると、ドアが開いてみそらが顔を出した。
「月末、たぶん二十四日前後の数日なんだけど、弟がこっちに来るから部屋に泊まらせてって。だからその間はわたし、あっちに戻るね」
「うん。――って、受験生じゃなかったっけ。こっち来て大丈夫?」
「ともくんが――小学校からの腐れ縁の
「弟くんは今の時期に動いて大丈夫なんだ?」
「最近はずっとA判定らしいし、ともくんがいっしょに行こうって言ってきかないらしいの。前からあの二人はそういう感じというか、弟が付き合ってやってる関係みたいなものでさ……だからたぶん今回も、お目付け役としてお母さんたちもOK出したんじゃないかなあ」
腐れ縁に、お目付け役。わかりやすい言葉だった。
「近くなったらまた詳しくチャットとかするって言ってたから、今は何かする必要はないと思う。――ごめんね」
みそらの突然の謝罪に三谷は首をかしげた。「何が?」
「だって――年末だし」
「ああ、
「それもだけど、そうじゃなくて」
じれたような言い方をするみそらが可愛くて、つい笑いだしてしまった。
「ごめん、わかってる。山岡そういうの気にするタイプ?」
「……じゃあないんですけど、今回に限ってはうちの彼氏いいでしょアピールタイムにできるかなと思ってたから」
年末年始はもう帰るってだいぶ前から決めてたし、と付け加えるみそらを見て、三谷はいっそ感心した。やば、うちの彼女こんなにかわいかったんだ、知ってたけど。けど思ってた以上にやばい。困った。
「山岡、それ以上いったらもう一回するから」
言われたみそらは一瞬きょとんとし、それからまたうれしそうに微笑んだ。
「発声練習してきます」
「どーぞ」
三谷の返事を聞いて、ドアは軽い音を立てて閉じられた。しばらくそのままそれを見ていると、聞き慣れた発声練習がかすかに聞こえてくる。葉子の発表会から、木村先生は日本歌曲も課題に含めるようになったことをぼんやり思い出しながら、お互い話して決めたことだけど、と思う。お互い話して決めたことだけど、今さらながらどうしようと、ちょっとだけ思った。――すごく、いい意味で。
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