浮気グセがある令嬢が一目惚れしたホストに貢ぎまくる!〜不倫した大金持ちの王子様に殺されて日本に逆転移しちゃった⭐︎〜

目途恋利

第1話

「クソ奴隷め、とっとと失せやがれ」


 私が8歳の頃、とあるお城で奴隷をやらされていた。

 誰も知らない西の寒い国。


 奴隷の親から産まれた私は奴隷の見習いとして、コツコツと働いていた。


 7歳まで住んでいた小さな村にあるボロボロの一軒家には、両親はおらず、城でせっせと働いていた。だから、近所のおじさんが私の面倒を見てくれた。


 この国では8歳になると、労働許可が下される。 

 誕生日に城の使いが家までやって来て、私は睡眠薬を大量に飲まされた。気がついたら、首に奴隷の印となる首輪を巻かれていた。


 8歳の子供が使い物になるわけもなく、失敗ばかりした。その度に殴られ、蹴られ、時にはわいせつな暴力だってされた。


 8歳の子供に、だ。


 振り返ってみると、中々酷いことをされたものだ、と我ながらに思う。


 この生活は2年間も続いた。

 世間を知らず、何も知らないまま10歳になってしまった。この生活にも慣れ、暴力を受ける回数は徐々に減っていった。けれど、慣れたとはいえ、この仕事が好きになったことは一回もない。早く辞めたい。早くどこかに行ってしまいたい。日頃から、いるはずもない神様に念じながら、この奴隷生活を送っていた。


しかし10歳になって間もない頃、私の人生は大きく変わった。


× × ×


 城主の息子の生誕祭。

 私はお召し物の準備で朝早くから支度をしていた。

 テーブル、椅子、カーペット、料理、掃除、照明、服の手入れなど、とにかく忙しい一日だった。


 日は暮れ、17時を回った。

 普段はしん、としているこのお城に賑わいをみせた。

 入り口からは次々と王子やら皇族やら姫様らが入場。楽しそうに会話をしたりするその姿を私は指をくわえたまま、じっと見ていた。



 全員、パーティ会場まで入り、私たち奴隷や使いは料理を出したり、ダンスなどの芸をした。

 私は料理担当でシェフが作った料理を表に出す仕事だ。


「これはケーキだ。城主様のところへ持っていけ。絶対に落とすなよ」


 命令口調で頼まれ、私は黙って頷いた後、大人しくこのケーキを運ぶ。


 会場は華やかで、上品な笑い声や喋り口調が耳の中で響く。装飾品は金や銀で彩られており、光が反射してキラキラと輝いている。


「……お待たせしました。ケーキです」

 私は城主のところまで持っていき、机の上にとん、と置く。城主は感謝しないどころか、会釈すらもしない。


 私はまたシェフのところへ戻るべく、後ろを振り向く。通路を横断しようと歩みを進めると——。


「……うわっ!」


 私の声が会場中に響き渡る。

 水で濡れていた通路で足を滑らせた。

 尻餅をついた後、頭を打った。

 会場は一気に鎮まり返った。


「……んっ」


 静まり返った会場から大きな笑い声が轟く。

 馬鹿にするような笑い声だ。

 上品な笑い声のはずなのに、私には下品な笑い声に聞こえた。


『なにあのお方、滑稽な方ですこと。』

『違いますわ、あの首輪を見て下さい。奴隷ですよ奴隷』

『奴隷は人じゃありませんからね。「お方」なんて人間に失礼ですよ。オホホ』


 私はゆっくりと立ち上がり、埃を払う。

 俯いたまま、シェフのところへ向かおうとしたその時——。


「大丈夫ですか?」


 そこには私の袖を引っ張る。それこそ私と同じくらいの年齢の金髪のイケメン、いや王子様が立っていた。


「……え、あ、大丈夫、です」


 彼の手を振り払い、駆け足で戻ろうとする。


「——あ、待って!」


 はっ、と息を呑むような大きな声で私を呼び止める。


「…………キミ、かわいいね」


 彼は微笑んだ。

 私は不覚にも照れてしまい、被っていたベレー帽で顔を隠し、すたすたと去った。


 去り際に嫉妬した姫達が愚痴を吐いていたのが、うっすらと聞こえた。


 その後、私は使いの人たちに叱られ、ボコボコにされた。

 今日は生誕祭だからか、いつもより酷い暴力で身体のあちこちに青タンができた。


 × × ×


 仕事は深夜まで続く。

 最後の仕事として、城に泊まる客の誘導をする、というものがある。

 客は大抵ジジババか、運が良ければ三等級くらいの王子や姫様がここに泊まる。


 私の担当は、消灯で部屋の灯りを一人ずつ消していく、いわば消灯係だ。

 今日は満室で、寝室である三階から五階までぎっしり詰まっている。


「消灯のお時間です。どうぞごゆっくりお休みください。おやすみなさい」


 このセリフをロボットのように部屋一室ずつ言っていくのだ。私が持つ仕事の中で圧倒的に難易度は低いが、『うるさい』『奴隷ごときが』『失せろ』といった罵声を浴びさせられるのはもちろん、時には暴力だって振るわれる。


 一番初めの城主一家が寝る大部屋から始まる。

 順番に仕事をこなし、いよいよ最後の部屋。

 ここまで全員ジジババで、私くらいの年齢の子はいない。


 私は扉を開ける。


「……消灯のお時間です。どうぞごゆ——」

「待ってたよ、キミ」


 そこには一人ぽつんと、あの金髪イケメンの王子様が立っていた。

 私は思わず、顔を赤くし、そしてその顔を見られないよう、電気を消す。


 するとその王子は、私の行動を否定するように寝台の灯りを灯した。


「‥‥何か、私に……用でしょう……か」

「うん、キミに用がある」

 思いもしない回答に言葉を詰まらせる。

「ま、そんな固くならず、ここに座りなよ」

 王子はベッドの上へと座り、とんとん、と隣をたたいた。

「いや、でも私そんなことしたら……失礼になっちゃう……ので」

「いいのいいの!むしろ歓迎だよ!」 


 また、さっきみたいにニコッと微笑む。

「し、失礼します」

 口調と身体の動きで緊張を表し、ちょこん、と彼の隣に座る。

「首についているのって……奴隷首輪だよね?それにその青タン……」

 私は黙ったまま、頷く。

「……やっぱり変ですよね。不快な気持ちになりましたよね。ごめんなさい。すぐ出て行きます——」

「待って待って!別にそんなこと思ってないよ!」

 私の袖を今度はさっきより強く握られた。


「……でさ、あ、名前聞いてなかった。名前なんていうの」

 結局、彼に呼び止められ、気がついたらまた同じ位置に座っていた。



「……ウエスタン・クリューです」



 姓がクリュー。名がウエスタン。

 付けた人は、城主でも使いの人でもない。

 両親が付けてくれた名前だ。


「そうか。いい名前だね!あ、僕はリューレイ・ビ・サルテ。リューと呼んで欲しい」


 正面を向き、何かを考え始めたのか、腕を組んだ。


「……外の世界に興味ある?」

 何か閃いたのか、素早く私の顔を見上げるように傾ける。

「………」

 突然の質問に私は黙り込んでしまう。

「あ、えーと。ごめん。説明が足りなかった。僕はビサルテ王国ってところに住んでて、そこでキミも暮らさないかなって」

 私は『ビ・サルテ』という姓と国の名前が一致したことに少しだけ違和感を持った。

「……えっと、それってどういう」

 すると彼はちょっと俯き、なにか覚悟を決めたかのように引き締まった顔できゅっ、と唇をしめた。


「————僕、いえワタシと結婚を前提に付き合ってください」


 突然の告白。

 もし誰かが見ていたなら訳も分からない展開と思うかもしれない。え?私?私も分からない。


「僕は貴女に一惚れました。容姿はもちろん、頑張る姿、口調。だから、あの、付き合って下さい!」


「……嬉しいですが。でも、私は奴隷ですし……このお城を出る訳にはいけません」

 すると、彼はため息をつき、私のきょとん、とした顔を見上げた。

「……キミは『奴隷』という概念を理解していないんだね」 

 すると口角をあげ、私のことを優しく見つめた。


「奴隷というのは、お金で売買するもんだ。率直に言うと僕がこの城にお金払う。それでキミはこのお城から出ることが出来るんだ」

 その事実を知った瞬間、唖然とした。

 てっきり、私は一生この地で働くのか、と思っていた。

 そんな負の壁が彼の一言で一気に粉砕された。

「……あ、あとキミキミ言うのもなんだし、うーん。そうだなぁ。ウエスタンだし、『ウエス』って呼んでいいかな」


 私は涙を流していた。

 奴隷として2年間生活した時の残酷な思い出、そしてここを出ることができるという幸せ。

 過去と未来のフラッシュバック。


「だから、ウエス」

 ルビーのようなよう赤い瞳で私の目を見つめ、私に手を差し出す。

 左腕で涙を拭い、右腕でその手をゆっくりと握る。


「……はい!リューさん!」


 × × ×


 その後、リューさん、いえリューは城主と交渉し、お金の取引を完了させた。

 汽車の特急で十一駅。

 三つの国境を跨ぎ、辿り着いたのはビサルテ王国の首都『リューダガヤ』。


 先程までいた国とまるで世界が違う、煌びやかで賑わいのある街だ。


 ここで私の違和感が解消された。


 なんとリューは国王の息子、つまり王子は王子でも彼は皇子だったのだ。


 私は想像よりも遥かにスゴい人と婚約したのかもしれない。



 × × ×


『スゴいわリュー!このリンゴ、一個だけなのに1000円もするわ!』

『わぁ、美味しそう!じゃあ買おうか!」


 私は『皇女』という位に即き、リューと一緒に城で暮らした。


 また、私の両親もリューの手によって、奴隷から解放された。そして、『皇子の婚約者の親』という肩書きを利用して、それぞれ王子、王女の位に下剋上就任。しかし彼らは城を持たず、私たちと同じ城で暮らした。


 私は学校に通い、新しく始めた趣味である読書を堪能し、王国の生活を満喫した。

 16歳になれば子供を産み、元気な男の子を育て始めた。

 18歳になればリューの両親から国王、国女の位を授かった。


『令嬢様、どうぞこちらへ』


 城の使いからは皇女や王女ではなく、『令嬢』と呼ばれていた。


 そっちの方がしっくりくる、というモノもあるのだろう。


 私は奴隷時代と比べてとても幸せだった。

 しかしそんな幸せ、長く続く筈もなかった。

 

 いや自らぶち壊したと言っても過言ではないだろう。


 × × ×


 私が19歳ともお別れする頃だった。


「もぅ、ウエスはワガママだな」

「ちょっと、エリコンドラ!恥ずかしいって!」


 私は不倫をした。


「ウエスタン、君の瞳はサファイヤのように美しい」

「ジュリアスさんだって。ダイヤモンドみたいで綺麗ですよ」


 それも何度も。


「ウエス令嬢!あーん!」

「あーん。……ふふ、美味しいわ。テクノ」


 私はこれが幸せだった。


「……ん、もうウエスタン。もう一杯」

「はい。ジュリガノト」


 私を奴隷の運命に辿らせた神様は正しかった。


「いいのか、本当に。リューがいるし、それに子供も——」

「いいのよ。アノサレオス。貴方が気にすることじゃないわ」


 私は彼の唇にそっと人差し指をのせる。


 リューは恐らく気づいているのだと思う。

 見て見ぬフリをしているだけだろう。


 けど彼は毎日明るく振る舞うし、私が不倫しても怒るような人じゃないって、確信はある。



 だって、あんなにお優しいもの。



 × × ×


 21歳の生誕祭。

 私のお城で開かれ、多くの国民が押し寄せた。


 閉会後、雨がポツポツと降りはじめ、つくづく開会時に降らなくて良かった、と思った。


「おやすみなさい、令嬢様」

「おやすみ、執事さん」


 寝る前に一言、白髪白髭を纏った私専属の執事と挨拶を交わした後、寝室に行き、巨大なベッドに横たわる。


 私の子供は色々事情があり、現在は病院に入院している。命に別状は無いらしいが、新皇子が病気になったからには、たとえ小さな病でも入院しなければならない。少し過保護な気もするが、世間から見たら当たり前のことらしい。


「眠れない……」


 いつもならすぐに眠れるはずなのに。


 疲れ過ぎて、脳が興奮しているからなのか。

 それとも、また別の何かか。



 覇気を感じる。



 誰かいるのか。泥棒?強盗?それともただの勘違い?



 私はそっと身体を起こす。


 目を擦りながら、カーペットの上に立とうとすると——。



「こめん。もう、我慢できない」



「…………!」


 口を布か何かで押さえつけられ、ベッドに押し倒される。


「……ウエス。お前が城に住んでから、何人の男と夜を過ごした」


 答えることはできなかった。

 もがくことも許されず、ただリューの押さえる力が強くなっていくだけだ。


「オカシイと思った。毎日お茶会に行くと言って、そのまま帰ってこない。王子として、様子を見ようと後をつけたら、そこには第3守備騎士隊長エリコンドラ・デ・ナッチとお前がいた。それも一晩中」


 初めての不倫相手の名前を告げられた。


「……問う。昨晩いやここ最近、お前は誰といる」


 初めて力を緩める。


 知らないならば、こんな具体的な質問は問えない。

 もう彼に隠しても意味はないようだ。


「…………ビ・サルテ家、最上級騎士ザント・メ・ニューチャ」


「……ッ!」



 ザント・メ・ニューチャ

 リューの従兄弟にあたり、若きながらも才能のある騎士。私と同じ21歳で、奴隷解放直後、よく三人で遊んだ。


「……ザント、か。呆れてモノも言えん。お前はあの時、何を条件として誰に助けて貰ったんだ」

 あの時、とは奴隷時代最後の夜のことを指しているのだろう。


「……別にリューに助けてなんて言っていない。リューが勝手に金払って連れてきただけでしょ」

 最後の抗いとして強気な口調で歯向かう。


「……ほう。そうか。お前はそう思っていたんだな」


 私の言葉に少し驚いたのか、目を少しだけ目開く。そして軽く俯いた後、顔色を変え、ゴミを見るような目で見下す。


「……愛、って言うのは時に槍になったりするものだ」


 リューは右に差していた剣を握る。

 しかし、残念。そんなことは予想済み。


「きゃあああああああああああ!!」


 唐突に叫ぶ。

 甲高い声で扉の向こうまで聞こえるように。


「どうされましたか?令嬢様!……って、王子様。何故剣を!?」

「チッ……アカティー執事」


 先程の専属執事だ。


「令嬢様に何をしているのですか!?」

「ウエスを殺す。血は見たくないだろ?さっさとこの部屋から出て行け」


 「なっ!?」と執事は言った後、彼はすぐさま握り拳をつくる。


「……私は令嬢様専属の執事ですから。相手が国王だろうと、絶対に私は令嬢様を護衛します」


 当然の答えをリューに伝え、戦闘態勢へと入る。

「……そうか。王に逆らうか。……まあいい。この状況、必ずどちらかを裏切らなければいけないからな。同情はする」


 言い終えた瞬間、剣と拳が混じり合う。

 剣にヒビは入らず、また拳にも傷は負わず。


「……ほう。剣で拳を切っても、傷一つ負わないか。中々強い身体しているんだな」

「…………!」

 するとリューが力を込めて振りはらい、アカティーを壁に突き飛ばす。


 壁に詰め寄り、弱っているアカティーに向かって剣を突き出す。


「悪いな。本命はお前じゃないんだ」

「グ……。令嬢‥‥様、逃……げて下さ……い!」


 私は腰が抜けていた。

 アカティーは幾度も私の危機を救ってくれた。


 だから負ける筈はないと思っていた。


「……ひ、来ないで……」


 最後の抵抗をした。


「本当は苦しまないよう、暗殺すれば良かったんだけどな。どうしてもお前に伝えたいことがあった。でもやっぱり無駄だった」

 淡々と話を続ける。

「……女を見る目はあったんだがな。……ま、結局俺は吉どころか大凶の女を引いた」


 背後からアカティーが攻撃を仕掛ける。

 しかし、その攻撃に意味は無く。

 無惨に剣の餌食となった。



「さようなら。浮気グセがある令嬢さん」



 心臓に剣が刺さる。


「ぐはっ!」


 自業自得の最期。

 抵抗することもできず、馬乗りされ、剣で串刺し。

 刺しては抜き、刺しては抜き。


 ついに痛いという感覚すらもなくなり、段々と意識が薄くなっていく。



 意識が無くなる直前、額にリューの涙が溢れる。

 それはほんのりと温かく、そして懐かしい匂いがする涙だった。



 気がつけば、私の意識は完全に無くなっていた。



 リューは剣をカーペットの上に捨て、血を拭う。

 その場を立ち、扉を開け、ぼそりと哀しい口調で呟く。




「俺は愛したい人でさえ、愛せないのか……」



 





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