第17話公爵令嬢と王宮

「癒しと退魔…」


 あの衝撃的な話の後、私はポプリと回復薬を作り続けること、お兄様やルナマリア様にも念のため持っておいてもらうこと、そして、私が王宮に保護されることが決まった。

 王女も滞在している王宮にいさせられない、とお兄様は最後まで渋っていたけど、ポプリや回復薬を作るなら温室に近い方が安心だ、とか、王宮の方が警備が安全だ、とか、王女が侵入できないエリアに部屋を確保するから大丈夫だ、とか、ああ言えばこう言うというようにアルフレッドの口から次々に語られるものだから、最後にはお兄様は疲れたように了承したのだった。


 そして私は、公爵家から王宮に向かう馬車に揺られている真っ最中だ。

 出発前の公爵家での出来事を思い出し、ぐったりと椅子に凭れ掛かる。

 ざっくり言えば、お兄様から報告を受けたお父様が出発直前まで荒れに荒れた。

 まるでお嫁に言ってしまうかのような嘆きようで、取り成すのが大変だったが、最終的にはお母様が私の身の安全の方が大事だからとお父様を宥め、渋々納得させられたという感じだったが、そこに公爵家夫妻の力関係が垣間見えたような気がした。

 遠い目をして馬車の窓から外を見る私に、リリーが間もなくの到着を告げる。

 その数分後、馬車はゆっくりと王宮の前に着いた。


 ーーーーーーーー


 護衛の騎士に誘導されながら、私用に準備されているはずの部屋に向かう。

 しかし、アルフレッドのプライベートなエリアに入ったときに首を傾げる。

 何故なら、ここにはアルフレッドの部屋以外には、皇太子妃専用の部屋しかないのを知っていたからだ。

 幼い頃は、よくアルフレッドの私室で遊んでいたからこの辺りのことはよく知っている。

 客室をどこか新しく作ったのかしら?

 不思議に思っている私が案内されたのは、やはり皇太子妃用の部屋だった。


 ーーーーーー


 護衛の騎士が退室した後、私は当然のように荷物を解き始めるリリーに慌てた。


「リ、リリー?荷物を解くのはもう少し後にしない?もしかしたら、部屋を移らないといけなくなるかもしれないし…。」

「部屋を?何故ですか?」


 キョトンと首を傾げるリリーに、だって、と躊躇いがちに答える。


「ここ、皇太子妃用のお部屋なのよ。私は使えないわ。」

「ゆくゆくは皇太子妃となられるのですから、問題ないのでは?」


 より首を傾げるリリーに、ぐっと言葉に詰まる。


「…でも、アルに運命の人が現れたら、私は婚約者を外れるから…」

「殿下に、お嬢様以外の思い人ができるということですか?私にはそうは思えませんが…」


 そう言って、リリーは一旦言葉を切ると、やや聞きにくそうに視線を上下にさ迷わせる。が、意を決したように私を真っ直ぐ見つめると、徐に口を開いた。


「お嬢様はなぜ、そんなに殿下からの思いに対して消極的なのでしょうか?

 …もしかして、殿下との結婚がお嫌なのですか?」


 そんなことはない、と私は慌てて首を降る。


「アルのことが嫌なんて、そんなことありえないわ!」


 そんなことはないんだけれど、と断固否定しながらも煮え切らない私に、リリーはホッとした表情を見せると、荷解きを再開し始めた。


「お部屋を移れと言われたときは、また移ればいいだけのことですわ。先ずは、お部屋を整えて、お嬢様にゆっくりしていただかないと。」


 馬車の移動でお疲れでしょうから、と続けるリリーに私も何だかホッとして、そうね、と相づちを打つ。


「ありがとう、リリー。」


 私も自分にできる範囲の荷解きをしながら、気遣ってくれるリリーにそっとお礼を言った。


 リリーが嬉しそうに笑うから、私も思わずふふっと声を出して笑った。


 楽しく荷解きをするこの時の私には、王女から狙われているということが、どれ程恐ろしいことなのか、あまり理解できていなかったのだと思う。

 あんなことが起こるなんて想像もしていなかったのだからーーー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る