第15話公爵令嬢と作戦会議②
「お茶が入りましたよー…っと。」
がちゃりと入ってきたお兄様の声に、ピタリと固まる。
私は、アルの胸元に埋めていた顔をばっとあげると、勢いよくアルフレッドの腕の中から逃げ出して、何事もなかったかのようにソファーに座った。
は、恥ずかしい。
アルフレッドに抱きついているところをお兄様に見られたことがとてつもなく恥ずかしかった。
おかしい、これまでは何ともなかったのに。
「良かった、もう修羅場越えたみたいで。」
ひょっこりと、ルナマリア様が扉から顔を出して、安心したように笑顔を浮かべている。
うぅ、居たたまれない。
顔を赤くしてソファーで顔を俯けて視線をさ迷わせる私と、そんな私をいつもの笑顔で見つめるアルフレッドを交互に見やったあと、お兄様は胡乱げな眼差しで私たちを見た。
「まさかお前たち…。結婚前なんだから節度は守れよ。」
「な、なななななっ!」
顔から火が出そうだとはこのことだと今知った。
恥ずかしさのあまり同性であるルナマリア様を助けを求めるように見つめると、すぐに黒い壁が私の視線を遮る。
驚いて上を見上げると、
「だめだよ、ティア。余所見しちゃ。」
再びアルフレッドの腕に囲われた。
そんな私たちをお兄様とルナマリア様に生暖かい目で見られているのを感じながら、必死にアルフレッドの腕から逃げ出す。
向かいの席に座ろうとすると、がっちり腰をホールドされた。
「まぁ、今日はまだ同士がいるからマシだよなぁ」
と呟くお兄様に、ルナマリア様が同情した目を向けている。
良く分からないが、なぜかとても居たたまれない。
「で、ある程度は外に避難してたルナマリア様から聞いたけど、これからどうするつもりだ?王女を国に帰しても、リーゼが狙われることには変わりないんだろう?」
お兄様がそう切り出した後、お兄様もルナマリア様も私も、アルフレッドの反応を窺った。
「王女には、この国で失脚してもらう。」
お兄様は驚いたように瞑目したが、ルナマリア様はアルフレッドがそう言うことを予想していたのか、満足そうに頷いていた。
「ルナマリア様はそれでいいの?少なくとも自国の王族の失脚って、いろんなところに影響が出るのではないの?」
自国の王族を裏切ることになるルナマリア様が心配になって、窺うように聞いた。
「私は元よりそのつもりだったのです、ティアリーゼ様。月の雫を探すためにこちらへ留学する条件として、私がそれを皇太子殿下に提案したのですから。」
「条件…?」
「そうです。病弱な私が急に元気になったと噂を聞いて、訝しんだ公国から入国を拒否されたものですから。リリアンナ王女がもし皇太子殿下の大切に思うものを害そうとしたらば、リリアンナ王女の失脚をお手伝いいたします、とお約束したのです。」
まるで、こうなることを知っていたかのような条件に驚く。
そんな私の様子に、ルナマリア様は肩を竦めて言った。
「我が儘で癇癪持ちということに加え、リリアンナ王女がこちらへの皇太子殿下へご執心であることは、貴族であれば誰でも知っていたことです。その王女が、私の留学に無理矢理着いてきて何を企んでいるかは、そう考えなくても分かりましたから。まさか、あの占い師を侍女代わりに連れてくるとは思いませんでしたが…」
そこではっと黒いローブを纏った、あの気味の悪い人物を思い出し、思わずルナマリア様の方へ身を乗り出す。
「あの方は何者ですの?只人ではないのは、先程のことで分かりましたわ。あの禍禍しい雰囲気と甘ったるい芳香…」
「…芳香?」
ルナマリア様が驚いたように私の言葉を繰り返す。
そのことを不思議に思いながらも、うなずいて見せた。
「えぇ、酔いそうなほど甘ったるい香りですわ。…しましたわよね?」
ルナマリア様に確認するが、首を振って否定される。
「私には何も感じられませんでした。」
あら?じゃあ気のせいだったのかしら。
でもあの香り、気のせいだとは思えないくらいキツく香ったのだけれど。
不思議に思って首を傾げていると、そういえば、とルナマリア様が声を上げる。
「これは、月の雫を調べていたときに知ったことですが、古にはそういう邪気のあるものに敏感な者もいたと言います。色だったり、音だったり、感じ方は様々だったようですが。しかし、その者たちは皆…」
そこで言葉を切ると、ルナマリア様は私とアルフレッドの顔を交互に見て、いたずらをするようにニヤリと悪い顔で笑った。
「これを言うのは野暮というものですね。お互いが気づくまで、私は黙っていましょう。」
満足そうに紅茶をすするルナマリア様に戸惑いの視線を向ける私の横で、アルフレッドは難しい顔をして考え込んでいた。
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