第6話公爵令嬢と特効薬②

「アル!この前もらったラフィールが順調に繁殖したから、早速特効薬を作ってみたの。効果はお兄様で証明したから、自信をもってアルに献上できるわ。」

「昨日殿下と剣の稽古をしていたときに、少し剣先がかすって傷がついたところに塗ったら、今日はうっすら跡が残る程度だ。」


 興奮したように話す私の隣で、兄が苦笑しながら効果を証明してくれる。

 兄は12歳からアルフレッドの側近をしており、忠誠心はもちろんだが、アルフレッドからの信頼も厚い。

 私からも兄がアルフレッドからとても信頼されていると感じて、誇らしいような悔しいような、複雑な心境だ。


「やはりティアは薬草のこととなるとすごいね。ありがとう。ありがたく使わせてもらうよ。」


 兄の傷跡を驚いたようにマジマジと見ながら、感心したように頷くアルフレッドに、私は得意気に胸を張る。


「あら、だって大事な人が傷つくのは嫌だもの。それを少しでも癒せる可能性があるなら、貪欲に調合を積み重ねるまでよ。」


 そんな私といつもの優しい微笑みで私を見つめるアルを、兄はものすごく生暖かい目で見ていた。


「なあに?お兄様、眠くなったの?」

「いや、平和だなーと思ってね。」


 と、今度は遠い目になった。

 変なお兄様。

 アルフレッドは兄が言っている意味が分かったのか、困ったように笑うだけ。

 分かってないのは私1人で、何となく面白くない。


「何よ、私だけ除け者にして。いいわ、私もサロンでとっておきの情報仕入れたけれど、教えてあげない。」


 ぷいっと拗ねたふりをして、片目でアルフレッドと兄の様子を伺うと、2人して肩を震わせ笑っているのが見えた。


「何よ!2人とも!何で笑うの?聞きたくないの?聞きたいでしょう?ねぇ!」


 何だか恥ずかしくなって、隣にいる兄をバシバシ叩いて気分を紛らわせてみるが、なかなか顔の火照りが取れない。


「ははっ、話したくて堪らないんだろう?ティア?聞いてやるからそうエマを叩くな。」


 兄を叩いていた手をテーブル越しにやんわりとアルフレッドに取られ、手が痛んでしまうだろう、と優しく諭さる。


「そっちか!!!」


 何か突っ込んでいる兄は放っといて、アルにごめんなさいと謝った。


「それで?何を聞いたんだ?」


 アルの言葉に私は目がキラキラするのが止められない。

 ラフィールが繁殖するまでの間、無駄に過ごしていたわけではない。

 サロンやお茶会に顔を出しては、アルフレッドの婚約者にぴったりの人はいないか、情報を集めていたのである。

 そこで、あるサロンでとても興味深い話を聞いたのだ。


「隣国のある公爵令嬢のことよ。幼い頃から体がとても弱くって、ベッドから離れることも出来ないほどだったのに、急に元気になられたんですって。美しい上に、気も優しくて、使用人にも分け隔てなく接する方らしいわ。こちらに遠い親戚がいるらしくって、今度こちらに文化交流でしばらく滞在されるらしいのよ。奇跡って本当にあるのね。何か特別なお薬を召されたのかしら。是非会ってお話してみたいわ。」


 かの令嬢に思いを馳せて、ほうっと息をつく私の向かい側で、兄が肩肘ついてふんっと鼻息を漏らす。


「めちゃくちゃ胡散臭い話だな。何で病弱だった令嬢が急に調子が良くなって、うちまで交流できるほど元気になるんだ?裏があるから探って下さいって言ってるようなもんじゃないか。」

「まあ!お兄様!ロマンの欠片もありませんのね!そんなんだから朴念仁と言われるんですわ!」

「誰に言われるんだ、誰に!」

「アルはそんなこと言いませんわよね?」


 向かいに座るアルフレッドを仰ぎ見ると、珍しく柔らかい笑みはなく、表情が読めず、何を考えているか分からないの顔だった。


「アル?」


 不安になって袖をくいっと引っ張ると、アルフレッドはハッとしたようにティアリーゼに目を向けた。

 アルフレッドの深い緑の瞳の中に、不安そうな顔をする自分が写し出されている。

 アルフレッドはふっと表情を緩めると、ティアリーゼを安心させるように頭をそっと撫でた。


「本当にそんなに素晴らしい方ならば、是非とも一緒に会ってみたいね、ティア?」


 アルフレッドの言葉に大きく頷く。

 まず私が会ってみて、噂通り素晴らしい方だったら、きっとアルフレッドも幸せになれるに違いない。

 そう確信できたら、アルフレッドの婚約者に推すつもりだ。

 私の願いはアルフレッドが幸せになること。

 アルフレッドの幸せのために、私がアルフレッドの運命を探す。

 そう思って話をしたのに、アルフレッドが彼女に興味を持った様子に、何故か胸の奥が痛んだ。

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