第三話 戦女神の吐いた嘘


「待たせたな。これで説明はできるが――。説明を要する者はまだいたな」



 僕たちの目の前にきたドワイリス様が指を鳴らす。僕たちの目の前にベルンハルトさん、ヴァネッサさんとナグーニャ、それに両親の氷像が姿を現した。



「は? ここは?」


「なっ⁉ どうなってる⁉」



 ベルンハルトさんもヴァネッサさんも事態の把握ができてないようで、周囲を見回していた。



「ロルフ君、これは――」


「わ、分かりません。目の前の方がドワイリス様らしいのですが――」



 僕の説明を聞いたベルンハルトさんたちの視線が、戦斧を担いでいるドワイリスと名乗った女戦士に向く。



「神……が地上に……馬鹿な……」


「地上に降りてくるなんてありえない……」



 ドワイリス様は、担いでいた黄金の戦斧を地面に降ろすと、僕たちに跪くよう顎で指図した。



 彼女の威厳に打たれ、逆らうことも考えずにしゃがみ込んで膝を突く。みんなも僕と同じように跪いた。



「説明はするが、質問は受け付けないのだけは覚えておくように」



 もう一度ドワイリス様が指をならすと、ヴァネッサさんが抱きかかえていたナグーニャが浮かび上がって拘束されているリズィーの方へ飛んでいった。



「ナグーニャちゃん!」


「問題ない」


「何を言って――」



 立ち上がろうとしたヴァネッサさんが、ドワイリス様に睨まれて動けなくなった。



「質問は受け付けないと言ったはずだ。今から、お前たちにも分かるように説明をしてやる」



 手にした戦斧で地面を突くと、僕たちの目の前に映像が浮かび上がる。



 映像では、拘束されたリズィーよりも巨大な異形の狼が、ドワイリス様と戦っていた。



「お前らがリズィーと呼んだあの生き物は、かつて大いなる獣と言われた邪悪な存在の生まれ変わりだ。いや、生まれ変わりは正確じゃないな。封じられた物が再生させられた存在だ」



 ドワイリス様の戦斧の先が僕とエルサさんの方へ向いた。



「アレを再生させたのはお前たちだな」


「は、はい。僕たちです」


「ロルフ君じゃなくて、あたしの手袋が勝手に反応して――」


「正直でよいな。まぁ、そうなるよう私が仕向けたわけだが……。再生と破壊のスキルを人族に宿らせ、短い期間に巡り合わせることに、どれだけの労力を要したことか」


「ドワイリス様が仕組んだ?」



 理解が追いつかず、頭の中に疑問がドンドンと湧き上がる。



 僕とエルサさんが出会って、リズィーを助け出すことをドワイリス様が仕組んでたということ?



 ドワイリス様の眼が、僕を睨みつける。



「質問には答えぬが、順を追って説明はさせてもらう。最初に言っておくが、本来、再生と破壊の力はとある女神の持つ神の力であったのだ」



 たしかにドワイリス様から贈られる他のスキルに比べて、再生と破壊のスキルは異常なほど強力すぎる力ではあるけど、まさか神の力だったとは。



「だが、その再生と破壊の力を持つ女神は、自らに任された世界の地上に降り、世界を創っている際、病を得てしまい亡くなってしまった。ここまでは理解したか?」



 質問は許されてないし、ドワイリス様の様子からして、いいえとは言えない雰囲気だ。



 でも、神様も病を得て死んだりするんだ……。なんか人と同じっぽい。



「まぁ、理解はしなくてもいい。私も説明したという事実が欲しいだけだ。話を戻すが、亡くなった女神には、相棒と呼ぶ獣がいた。その獣は主である女神が亡くなり、寂しさから気が触れ、遺体を食って再生と破壊の力を身体に宿した魔物へと変貌した。それが、この世界に闇をばら撒いて破壊しようとした大いなる獣だったということさ。つまり、あそこにいる獣だ。ここまではいいな?」



 変異したリズィーの様子からして、創世戦争に出てくる大いなる獣ではと薄々感じていたけど、ドワイリス様の口から言われたことで腑に落ちた。



 けど、今の説明を聞いてると、リズィーを相棒と呼んで、この世界を創った人はドワイリス様じゃないってことになるけど……。



 別の神様の存在が気になった僕は、思わず口を開いていた。



「ドワイリス様の話だと、創世戦争の前にこの世界を創った女神様が存在したということになりますが――」


「そこの人族。質問は許さんと言っている。黙って、私の説明を聞け。あの大いなる獣の飼い主は女神サティスという名を持っていた。ただ、今は名を奪われ、存在しない者として扱われている! この世界が無事に生まれたのは彼女の功績であり、後任として送り込まれた私は、彼女が作り出したこの世界を破壊しようとしたあの獣を倒しただけだ。いや、正確には倒す寸前まで持ち込んだだけだ」



 女神サティス……。それが、この世界を創った本当の女神の名前で、大いなる獣とドワイリス様が戦うことになった創世戦争の引き金になった存在ということか。



「だが! 私の勝利を危ぶんだ愚か者によって、女神サティスの魂と力を取り込み、世界に向けて闇を放ち破壊をばら撒いていた大いなる獣は、不完全な封印を施され、この世界に残ってしまった!」



 話しているドワイリス様の表情が険しさを増した。戦斧を握る手にも力が入っているようで、ミシミシと音を立てている。



「愚か者は、天界で目覚めた私に、サティスの力の残滓である再生と破壊の力と、この世界の管理を押し付けると、何事もなかったようにふるまったのだ。大いなる獣を暴走させたことになったサティスは、名も功績もなかったことにされ、存在しない者という扱いを受けた! 私が妹のように可愛がっていたサティスをだぞ! こんな理不尽な仕打ちが許されるわけがなかろう! あいつは一生懸命に世界を創る仕事をして、この地を住む人族の住める世界に変えたのにだ!」



 話しているドワイリス様の眼には、とうてい神様とは思えないほどの憎しみの色が浮かんでいる。



 おかげで、それまで感じていた神秘性は失せ、自分の可愛がった者への理不尽な仕打ちに憤る人間と変わらない存在に思えた。



「それもこれも、あの獣が全ての元凶なのだ! あやつが主の死で気が触れ、遺骸を食べねば、力は吸収されず、後任だった私の手でサティスの魂も無事に回収でき、肉体を失った彼女でも穏やかに天界から世界の管理ができたはずなのだ!」



 ドワイリス様の発する怒気によって、立っていた場所の地面がめり込んだ。



「ここまでが、創世戦争が起きた発端と、その後に隠蔽した真実だ。人族で知ってるのはお前らだけになる。とりあえず、この内容を喋れば、全ての記憶が消えるように制約はかけさせてもらうがな」



 ドワイリス様の指が鳴ると、僕たちの手の甲に聖印が刻み込まれた。



「神の制約……。こんなの解除できるわけが――」


「全ての記憶を奪われたら、赤子に戻ってしまう」


「まぁ、他人に言わねば、制約は発動せぬわ」



 ヴァネッサさんやベルンハルトさんが手の甲にできた聖印を見て、慌てた様子を見せる。



 僕自身も、手の甲にドワイリス様の聖印が刻み込まれた。



「話が長くなったが、今のが前置きで、ここからが本題だ。この世界の神となった私は、愚か者の下した決定に納得がいかず、最愛のサティスの魂を取り返すため、あの獣との戦いをやり直すことに決めた」



 ドワイリス様は、拘束されているリズィーの姿を苦々しい表情で睨みつける。



「私は愚か者によって不完全に封じられた獣を再生させるため、手元にあった再生と破壊の力を人族に宿るよう細工し、同じ時代に両方のスキルを存在するよう仕向けた。だが、人族の時は短く、またスキルが上手くその身に宿らなかったことも多々あり、成功するまでに何千年とかかってしまったがな。それが成功したのがお前と、お前だったということだ」



 戦斧の先が、僕とエルサさんに向けられた。



「あたしとロルフ君の出会いは、仕組まれてたと?」


「再生と破壊のスキルを持つ者が同じ時代に生まれたら、どんなに離れた場所であろうが必ず出会うよう因果律を細かく調整したからな。私に祝福された出会いだと思ってくれていい」


「そして、僕とエルサさんが出会ったことで、再生スキルが発動するようになり、ドワイリス様が考えていた大いなる獣の再生が可能になったということですか?」


「質問するなと言っている。だが、言ってることは、間違っていない」



 僕らにあの強大な力が宿ったのは、ドワイリス様の目的達成のためだった。



 今の状況を考えると、再生スキルが使えるようになった時に無邪気に喜んでいた自分が疎ましくなる。



 でも、再生スキルがこの身に宿らなかったら、エルサさんとは出会えなかったかもしれないわけで……。そう思うと、疎ましさとありがたさがごちゃ混ぜになった。



「再生スキルが使えるようになったお前らが、愚か者が大いなる獣の残骸を封じたサティスの墓地へ足を踏み入れてくれた」



 女神サティスの墓地って、ヴァン湖のダンジョンのことだよな。あの狼と少女の像は女神サティスとその相棒の狼だったということだ。



 入り口にあったかすれて読めない文字もあった神語の石板は、ドワイリス様が女神サティスにあてて刻んだものだったのかも。



「愚か者が施した最初の封印を、その大いなる獣の皮で作った白い手袋を使って解いて、見事に魔狼として再生してくれたというわけだ」



 すべては僕たちの預かり知らない力の影響で、ドワイリス様の思惑通りに進んだということか。



「そう不服そうな顔をするな。人族であるお前たちにしては、役に立ったと認めてやる」



 言葉の端々に僕たちへの不信感をにじませている。いや、僕たちというか人族への不信感かもしれない。さっきもまるで人間のような感情的な一面も見せたし、神様といっても人に近いのかも。



「お前らは実によく働いてくれた。大いなる獣の再生だけでなく、もう一つの仕事もキッチリとやりきってくれたからな」


「もう一つの仕事?」


「ああ、愚か者が施した半端な封印の破壊だ。その半端な封印を破壊しなければ、完全な形の大いなる獣は復活せず、私の目的であるサティスの魂の回収と、大いなる獣の完全討伐が達成できないのだ」



 表情は険しさを緩めたけど、目は全然笑ってない。



 やっぱり僕たちのことを信用してない。いや、そもそも対等な存在ではなく、眼中にないという気もする。



 目の前の女戦士の態度を見ていて、昔話で聞いていた創世戦争の勇ましく戦うドワイリス様が、一緒に戦った人族の幻想だったのではと思えてきた。



 そんな失望にも似た気持ちを抱きながらも、疑問に思ったことを質問する。



「半端な封印の破壊?」


「愚か者が、私が倒し切れなかった大いなる獣をバラバラにして、この世界各地に密かに封じたのだ。管理者になった私にも場所は伝えず、人族にも教えずにだ。封印された場所を探すため、神託を下した神官たちを使い、何百年、何千年とこの世界を何度もくまなく探させ、見つけ出したと思ったら、その場所に立ち入れるのは、愚か者が残した証を持つ者に限られていることが判明したのだ」



 神殿が創世戦争時代の遺跡調査に、やたらと積極的なのもドワイリス様から大いなる獣の封印された場所を探せという指示が出ていたということか……。



「そのため、愚か者が大いなる獣に施した最初の封印を解く鍵である白い手袋を持つ者と行動を共にし、再生させられる力を持つお前に、封印の解除者の証である守護者の剣が渡るようにしたというわけだ」



 話しているドワイリス様の眼が、後ろにいるベルンハルトさんとヴァネッサさんに向く。



「それと、後ろの二人はお前たちが守護獣に倒されないよう、助力するよう仕組んだ者たちだ。私がこの時代に与えたスキルで優秀な物を持っているからな」


「わたしとベルちゃんも巻き込まれてたってことなの?」


「そうなるように、世界が勝手に動くようにしたというのが正解だと思う」



 僕たちが、ベルンハルトさんたちと出会ったのも、全て仕組まれたことだった。ずっとドワイリス様の思惑に沿って僕たちは動いていたってことだ。



 エルサさんだけでなく、ベルンハルトさんたちとの出会いも、お膳立てされたものと知り、動揺した僕に、ドワイリス様は話を続けてくる。



「そうそう、サティスの墓地にいたキマイラはそれなりに強い守護獣だったろ?」


「守護獣? キマイラは魔物ではなかったのですか?」


「それは正確ではないな。元は魔物ではなく、私らの住む世界の戦闘生物だったが、封じたはずの大いなる獣から漏れ出した闇に飲まれて、魔物に近い性質を得てしまったというのが正しい理解だ。キマイラは黒い瘴気を放っていたろ。アレは闇に食われた証拠だ。本来なら、守護者の剣を持つお前に倒されたら、配下として従うものだったがな。魔物に近い性質になったことで塵と消えてしまった。まぁ、でも封印は破壊されたので問題はなかったが」


「もしかして、金属片と魔結晶が絡み合ったやつが封印だったということですか?」


「まぁ、そういうことだ。魔狼がその魔結晶を喰いたがったのは、バラバラにされた本来の力を取り戻す行為だったということさ」


「ってことは……」


「ミーンズのフェニックスも、長きに渡ってキマイラの封印が効いていて、活動せずに休眠していたが、その間に闇に食われた。そして、お前らが先ほど倒したフェンリルも同じく闇に食われた守護獣のなれの果てだ。倒してくれてありがとうくらい言っておく。まぁ、でもこちらも封印の地へお前たちを誘導するのに、それなりの手間をかけたから、礼を言ってもらいたいくらいだがな」



 ドワイリス様の視線が、氷像のままの両親に向けられた。



「お前の母は私の嘘を混ぜた神託を信じ、よく働いてくれた。父もな。息子のためとはいえ、あそこまで必死に働いてくれるとは……。人族は本当によく分からんやつらだ」



 自分だって、妹のように可愛がっていた女神を助けるため、とんでもない手間と労力をかけてるのに、どうして、そんな言葉が出てくるんだろう……。



 それに嘘の神託は、僕とエルサさんのスキルを消す宝玉があるって話だよね。



 目的の達成のためとはいえ、僕を助けようと何年もかけて必死で探してた父さんと母さんを欺くなんて……酷すぎる。



「そう睨むな。お前らには全てが終わった後、今回の功績に応じた褒美をやる。今はこの特等席で結末を見届ければよいのだ」


「結末とは……ドワイリス様がリズィーを倒すということですか?」


「その質問には答えよう。ああ、そうだ。私があの獣を完全にこの世界から消滅させる! そして、あいつが飲み込んだ女神サティスの魂を器に入れ、我らが住む天界へ連れ帰るつもりだ」


「器?」



 僕の問いに怪訝そうな顔をしたドワイリス様は、戦斧の先を拘束されたリズィーの上に浮かんでいるナグーニャに向けた。


「お前らがナグーニャと呼ぶ、あの肉人形のことだ。サティスの魂を大いなる獣の魂から綺麗に斬り分けるには一度、人の身になる必要があるからな。そのための肉人形として私が用意したものだ。あれは人族の形をしているが、人族ではない」


「何を言ってるの! ナグーニャちゃんはちゃんとした人よ!」



 ナグーニャが肉人形って……。そんなわけないじゃないか……。ヴァネッサさんの言う通りだよ!



「記憶がないのにか? あれに記憶がないのは、人として生れた存在ではなく、もともと空っぽなのだ」



 たしかにナグーニャが精霊樹の森に囚われてた人たちのもとに来た時は、記憶がなかったという話だけど……。普通に話もするし、ご飯も食べるし、笑いもするし、一生懸命に勉強もしてた。なのに人間じゃないなんて思えるわけない。思えるわけないじゃないか!



「ナグーニャは、僕らと同じです!」



 僕の言葉に、ドワイリス様の眉が釣り上がる。



「お前らがどう思っていようが関係ない話だ。私の目的を終えれば、器は砕け散りこの世界に戻るだけの話。器の存在はなかったことにされ、お前らの記憶にも残らんから安心しろ」



 めんどくさそうな顔をしたドワイリス様が再び指を鳴らすと、何者かに身体を押さえつけられた。



 振り返ると、僕たちを拘束したのは白い羽根を持ち、顔には真っ白な仮面を付け、頭の上に輪を浮かべた人だった。



「放せ!」



 僕を拘束している人は何も答えない。しかし、拘束している力を弱める気配はなかった。



「説明は以上だ。これ以上話すことはない。お前らは部下たちと一緒に、そこで大人しく見ておれ」



 ドワイリス様が戦斧を肩に担ぐと、ゆっくりと拘束されたリズィーのもとへ歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る