第七話 正しい選択とは

 ※ベルンハルト視点


 ロルフ君たちと別れ、彼のご両親の行方を調べるため、ヴァネッサとともに冒険者ギルドに向かっていた。この宿場町モートンは何度も利用しているが、これほどまでに混みあっているのは初めてだった。



「ベルちゃん、人も多いし、わたしが抱っこしようか?」


「無用だ。人前で女性に抱っこされる歳でもないのだし、人くらいは避けられる」


「もう、つれない言葉ねぇー」



 ヴァネッサが頬を膨らませて抗議したそうにしているが、人前で抱きあげられるのは私の尊厳に関わる行為なので自重してほしい。



 私を抱きあげられなかったヴァネッサが、こちらを見てため息を吐く。



「はぁ~、またギルドのお偉いさんと会談かー。堅苦しいから肩が凝るのよねー」


「なるべく早めに終わらせる。大事な仲間のご両親のことだ。我々にやれることは協力を惜しまない」


「はいはい、そうでした。そうでした。ベルちゃんは仲間想いだしねー。わたしも散々お世話になりましたから、ロルフちゃんたちにもしてあげないとね」



 再び歩き出したヴァネッサが、懐かしそうに周囲の様子を見回す。



「この宿場町を使うのも久しぶりね」


「ああ、前回ベリアに行ったのは三年前くらいか?」


「たぶん、それくらい」



 ベリアの街に触れた時、いつも明るいヴァネッサの顔が少し曇った。



「ちょっと、気になってるんだけど……。仮にロルフちゃんのご両親が、ベリアより北の街に向かってたらどうする?」


「ベリアより北の街に向かってたらか……。できれば、そこまでに出会いたいが……。ベリアより北に向かうとなれば、王国の外に出ることになるし、何よりもあの場所を通ることになるので我々が無事に通してもらえるとは思えない」



 ベリアより北にある他国の街は、私とヴァネッサが出会った場所でもあるが、その国からはお尋ね者として指名手配をされている身の上だった。



「だよねぇ。今回も向かった先が、王国内のベリアの街だったから、ロルフちゃんのご両親を探すのに賛成したけどさ」


「ベリアより北に向かったのが判明した場合は、我々が同行できない理由をロルフ君らに話すしかあるまい」



 ヴァネッサの表情が一段と険しくなった。



「できれば、知られたくないなぁって思うのはわがままかな?」



 ヴァネッサが表情を険しくする理由は、彼女の過去が関係してるわけだが。

 もちろん、彼女の過去に自分も関わっている。



 自分がとても未熟だった時代に犯した大きな間違いだ。そのため、できればロルフ君たちには知られたくない類の話である。



 未だに私もヴァネッサもあの時、自分たちが下した選択を後悔している。



 もっとうまくできたのではないか、もっとよい解決法があったのではと、ふとした瞬間に後悔が浮かび上がってくるのだ。



「できれば、あの時に戻って、別の選択をしたいわ。今でも、夢に見ることがあるしね」


「私たちが選んだ結果はもう変わらないって話し合っただろ」


「分かってるって」



 十数年前の話であるが、若く見識も浅かった駆け出しの冒険者と、魔法の才に溺れ、周囲の大人を見下し蔑んでいた少女が出会ったことで起きた惨事。



 人死にこそ出なかったが、経験も見識の浅かった我々の誤まった選択により、生活の糧を得ていた森を消失させてしまい、多くの住民が転居をよぎなくされた事案によって隣国で、我々は指名手配されている。



 以来、隣国での冒険者活動はできず、逃げるようにこの国に流れてきて、失敗を糧にして冒険者としての経験と実績を積み上げた。



 もちろん、稼いだ金の一部は、今も隣国の迷惑をかけた人たちへ補償として匿名での送金を続けさせてもらっている。



 私たちがロルフ君たちに興味を持ったのは、再生と破壊というスキルの力の巨大さに気付いたことが大きい。だが、それ以上に二人が自らの持つ力に振り回され、自分たちと同じように誤った選択をして欲しくないとの思いが強いため、こうして一緒に旅をしていた。



「でも、ロルフちゃんたちを見てると、あの二人は『正しい選択』ができたわたしたちになれるかもって思うしね」


「たしかにな。私らがやるべきことは、彼らが自分たちの持つ強大な力に振り回されないよう助力してやることだと思ってる」



 あの時の私たちは、自分たちの力を理解せず、自らの選択を正しいと思い込み、結果、いろんなものを変えてしまったわけだしな。それにロルフ君たちが持つ力は、我々のものよりもさらに強力なものだ。力の行使への誘惑は、私たちの比ではない。



 幸いにして、ロルフ君もエルサ君も、今のところは力の行使への誘惑をあまり感じずに済んでいるが、誘惑は時を選ばずに起きる。



 もし、そのような事態になれば、その時は、私らが彼らを力の行使の誘惑から覚まさせてやらねばならん。できれば、そうならないことを神に祈りたい。



「はぁ~、やっぱ北に来るんじゃなかったかも。なんか心が寒くなってきちゃった」



 隣を歩いていたヴァネッサが、急に私を抱え上げると、抱きかかえ始める。



「こら、ヴァネッサ、放さないか。人前では抱きかかえるなとさっき言ったはずだろう?」


「だってさぁ~。こう、心が寒いとベルちゃんをぎゅっとしたいなぁって思うわけよ。はぁ~、温かいわ~」


「この際だから言っておくが、最近、私を抱き枕にする頻度が高い! あれはナグーニャの教育に悪いのでやめてもらおう」


「なんで~、家族三人一緒に寝てるだけじゃない~」


「便宜上、ナグーニャの養父、養母となっているが、私はまだヴァネッサと婚姻をしたわけでは――」


「ひ、酷い! これはナグーニャちゃんに報告しないと! ベルンハルトパパは、大事な娘を認知してくれないって!」


「違う! ナグーニャは娘だが――」


「ナグーニャちゃんが娘なら、養母のあたしはベルちゃんの奥さんだから!」



 ヴァネッサの声に、周囲の街の人の視線がこちらに突き刺さる。何かあらぬ誤解を受けていそうな気がしていたたまれないのだが!



「その件については、後でちゃんと話し合おうではないか!」


「酷い! 娘を持ったのに奥さんにしてくれないなんて!」



 周囲のザワザワが大きくなり、こちらに向けられる視線がさらに増えた。

 これはマズい……。とりあえず、ここで周囲の人に釈明しても理解してもらえない。ここは逃げの一手。



「あっ! ベルちゃん!」



 ヴァネッサの手から逃れると、私は冒険者ギルドに向かって一目散に駆け出した。



 その後、冒険者ギルドでギルドマスターと面会し、いろいろな情勢とロルフ君の両親らしき冒険者たちの動向を手に入れることに成功した。

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