第五二話 再生の炎


「これは、キマイラと同じ黒い瘴気!」



 光を失っていた鳥の魔物の目に赤い光が宿る。



「キェエエエ!」



 どす黒い瘴気が吐き出されるとともに、斬り落としたはずの羽根も新たに生えてきた。



「ロルフ君! 離れたまえ!」



 鳥の魔物に突き立てた守護者の剣を引き抜き、後ろに下がって距離を取る。



「また、復活してますね!」



「ああ、最悪なことに、また溶岩まで食べ始めた」



 目の前の鳥の魔物が放った瘴気が、溶岩を引き寄せ、鳥の魔物の口に運んでいく。



 再び、鳥の魔物の身体に炎が噴き出すと、今度は黒い炎だった。



「再生したうえ、黒い炎まで……」



「倒すには、またエルサさんの破壊の力が必要になりますかね……」



「だが、炎をどうにかせねば……。エルサ君も近づけない」



 溶岩を食べ続ける鳥の魔物は、こちらが与えた傷をドンドンと癒し、身体にまとう黒い炎の勢いは一段と増していた。



「ロルフ、さやがひかってるよー」



 柱の陰に隠れていたナグーニャから、自分の腰に差している鞘が光っていることを告げられる。



 鞘が光ってる? ああ、本当だ! 鼓動みたいに明滅してるな。



 けど、なんで? さっきまでこんな光はまとってなかったはずだけど!



 ベルトから金属製の鞘を引き抜いた。



 金属製の光る鞘を見た鳥の魔物が、突如してこちらに駆けてきた。



「キェエエエ!」



 鳥の魔物がまとった黒い炎は、先ほどとは比べ物にならないほどの高熱の炎で、近づいて来るだけで鎧が焼けていくのが分かる。



「くそ! 近づかれるだけでこの熱さ! 触れられたら火傷で済まなそう!」



 近付いてきた鳥の魔物は、鋭いくちばしで、僕の身体を貫こうと狙ってくる。



 ギリギリかわせた! けど、身体が焼けるように熱い!



「ロルフ君! 逃げて!」



 エルサさんが援護のため凍結の矢を放つが、黒い炎が凍結の矢を蒸発させ、身体に突き立つことはなかった。



「ロルフちゃん! 動きなさい! 止まったら狙われるわ!」



「は、はい!」



 執拗にこちらを狙う鳥の魔物のくちばしをかわしていくが、黒い炎に炙られた鎧が熱を持ち、鎧に触れた肌が火傷して激痛を発する。



「キェエエエ!」



 くちばしが当たらないことに怒りを見せた鳥の魔物が、羽根をはばたかせ始め、黒い炎が竜巻のように変化した。



「ロルフ君、あれはマズい」



「ええ、マズいですね……」



 黒い炎が竜巻にまとわりつき、こちらに向かって放たれた。



 ヴァネッサさんの氷属性の魔法とエルサさんの凍結の矢が、黒い炎の竜巻に触れるが、一瞬で蒸発して消え去る。



 だめだ! 止められない!



 黒い炎の竜巻は、こちら向かってものすごい速度で近づいてくる。



 逃げようにも速度が速すぎて安全そうな場所に逃げ込む前に巻き込まれそうだった。



「ロルフ君! 逃げて!」



「ロルフちゃん!」



「ロルフ君!」



 逃げられないと察した僕は、防具に付与された魔法をすべて発動させていく。

「受け止めます。その間にベルンハルトさんは、下がってください!」



「無理だ! かわしたまえ!」



 すでに黒い炎の竜巻は目の前に迫っている。



 かわしている時間は残されていなかった。



 黒い炎をまとった竜巻の直撃を受ける。



 高熱の炎が身体を焼きつくしていくため、激痛が身体中を巡った。



「ぐぅ!」



 全身を焼かれる痛みで膝が崩れ落ちる。少しでも気を抜けば、そのまま気を失いそうだった。



 耐えられる! 耐えるんだ! 耐えろ!



 黒い炎が身体を焼いていく中で、手にしていたままの金属製の鞘がさらに眩い光を放つ。



 こ、この鞘、もしかしてこの黒い炎を喰ってるのか⁉



 痛みで歪む視界の中で、光を放つ鞘が黒い炎を取り込むのが見えた。



『鞘』、『炎』、『斬るものにあらず』、『まとうものなり』って書いてあったな。



 激痛に思考が途切れそうになる中、鞘が突き立っていた石碑に刻まれた文字を思い出す。



 炎は斬るんじゃなくて、まとうのか。何にまとう……。



 まとう、何に……。



 薄れゆく意識の中で黒い炎を取り込み続ける鞘が目に入った。



 鞘か! 鞘にまとうって意味か!



 痛む身体を必死に動かし、守護者の剣を鞘に納める。



鍔の飾りを押し込むと、目の前に変化が起きた。



 >再生の鞘で武器をアップデートしますか?



 アップデート⁉ この鞘も守護者の剣の部品だったのか!



 すぐに了承を意識する。



 >守護者の剣へ再生の炎を付与します。



 金属製の鞘ごと守護者の剣が変形していき、大剣のような長さにまで伸びた。



 そして、伸びた刀身がものすごい勢いで黒い炎を吸い込み始める。



 ど、どうなってるんだ! これって、さっき鳥の魔物が回復したのと同じやつか?


 守護者の剣を通して、白くなった炎が身体を包むと、全身の火傷の痛みが遠のいていく。



 白い炎は僕の身体の傷をドンドンと癒していった。



「キェエエエ!」



 白い炎を身体にまとった僕を見た鳥の魔物は、怒り狂い黒い炎の熱線を撃ち出してくる。



 黒い炎の熱線は、白い炎をまとった守護者の剣によって吸収され、霧散する。



「すごい! ロルフ君! 倒せちゃうかも!」



「ありえない剣になってるわね。意味が分からないわ!」



「ロルフ君の守護者の剣は、やはり神の剣なのか……」



「分かりませんけど! とりあえず、あいつの黒い炎は、僕の剣で食らいつくします! その隙に攻撃を仕掛け、キマイラと同じようにエルサさんの破壊の力で魔結晶を破壊するしかないと思います!」



「あ、ああ! 分かった! それで行こう! ロルフ君が黒い炎を食らいつくしたら、もう一度総攻撃をかける!」



「はいはい! とっておきの最後の一発かましてあげる!」



「あたしは、前に出ます!」



「やっちゃえー!」



 不利を悟ったのか、飛び上がろうとした鳥の魔物に近づくと、羽根を白い炎をまとった守護者の剣でぶった叩く。



 刀身が鞘になっているため、切れ味はなく、大剣のようなかたちだけど、鈍器だった。



 羽根の付け根から、めきりと骨が砕ける音がすると同時に、鳥の魔物がまとっている黒い炎を刀身が吸い込んでいく。



「もう一撃!」



 今度は反対側の羽根の付け根を叩き折った。



 飛び上がれなかった鳥の魔物は地面をのたうち回る。



 黒い炎はすでに守護者に剣に吸い込まれて綺麗さっぱり消え去った。



「今だ! 攻撃をしかける!」



「はいはい! 特大一発いくわよー!」



 ヴァネッサさんが詠唱を終えると、上空に巨大な氷柱が出現し、落下先にいた鳥の魔物の身体を貫く。



「危ないので、口も閉じさせてもらう!」



 静かに忍び寄ったベルンハルトさんが、自身の短剣を鳥の魔物くちばしが開かないよう深く突き立てる。



 叫びたくても叫べなくなった鳥の魔物は、ベルンハルトさんを振り落とすと、溶岩に向かってひょこひょこと歩き出す。



「これ以上、回復はさせない!」



 先回りして、足もとに飛び込むと、両足に向けて守護者の剣を打ち付けた。



 足の骨が砕けた鳥の魔物は、ズリズリと這いずりながらも溶岩に向かう。



 いつの間にか、飛び出して来ていたリズィーが、大きく口を開くと、這いずる鳥の魔物の羽毛を焼き尽くす。



「ロルフ君、とどめ行くよ!」



「はい! お願いします!」



 手袋を外したエルサさんが、鳥の魔物に手を触れる。



 すると、鳥の魔物がバラバラに分解され、キマイラと同じような黒い瘴気を噴き出し続ける金属片と魔結晶が組み合わさった物が跳び出した。



「ロルフ君、今!」



「はい! 壊れろぉおおおっ!」



 振り下ろした守護者の剣が、魔結晶に触れると眩い光を放つ。



 >守護者の欠片で武器をアップデートしますか?



 僕はすぐに了承を意識すると、そのまま剣を振り抜いた。



 >守護者の剣は、守護者の剣Ⅱにアップデートされました。



 光が納まると、魔結晶は砕け散り、鳥の魔物は黒い灰になって消え去った。



「はぁ、はぁ、やった!」



 剣を杖代わりにして膝を突いた。



 身体や剣にまとっていた白い炎が消えると、変形していた守護者の剣から大量の蒸気が噴き出し、もとの鞘に戻る。



「ロルフ君! 大丈夫!」



 駆け寄ってきたエルサさんが、僕を抱きとめてくれたところで、ドッと疲労感が出て、ものすごく眠気が襲ってきた。



「す、すみません。ちょっと、立てられないくらいねむいれす」



「ロルフ君⁉ ロルフ君、起きて! ロルフ君!」



 体を揺するエルサさんの声が遠くなっていくと、睡魔に負けて意識がなくなった。

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