第四六話 遺跡



 精霊樹のもとにたどり着くと、汚染度の調査を終えたらしいベルンハルトさんに声をかける。



「ベルンハルトさん、実はご相談したい件ができました」



「おぉ、ロルフ君か。相談したいことかね。ああ! 馬車の仕立て代なら、心配する必要はない。私が後からきちんと商談するつもりだ。もう少しくらい値段を下げられるはずだ」



「実は、馬車代はタダという提示されてまして……」



「タダかね?」



 タダと聞いたベルンハルトさんの顔が曇る。



 きっと、僕が交換条件を持ちかけられたことを察したのだろう。



「条件は?」



「グラグ火山の溶岩が流れなくなった原因の調査依頼の受諾です」



「ふむ……。まぁ、出されるであろうとは思っていたが……」



「でも、ご相談したい件は別でして」



「ん? 別の件?」



「レイモンドさんから、例の緑の外套の2人組の情報を提供して頂きました」



 僕の言葉を聞いたベルンハルトさんの表情が厳しいものに変化した。



「レイモンドが、2人組の素性を知っていたのかね?」



「はい、緑の外套を着た2人は神殿から派遣された遺跡調査の担当者でした」



「神殿? ドワイリス様の神殿から派遣された者か……」



「ええ、それとその2人組は、白金等級の冒険者らしく、レイモンドさんがチラリと外套から見えた容貌が、僕の行方不明の両親に似ているんです」



「本当なのかね⁉」



「頬の傷や、手首のドワイリス様の聖印の入れ墨を見たという話なので、似た別人って可能性もあるんですけどね」



 できれば、別人であって欲しい……。



 僕の尊敬している両親が、街に迷惑をかけるようなことに関与していたとは思いたくない。



「例の2人組がロルフ君のご両親かもしれないとなると、彼らが向かったグラグ火山の調査依頼を受けるしかあるまいな……」



「受けるかどうかは、ベルンハルトさんの判断にお任せします。それで、レイモンドさんのところで2人が見せて欲しいと言った運河の設計図とご先祖様の文献をお借りしてきました」



 僕はレイモンドさんから預かった設計図と文献をベルンハルトさんに差し出した。



 受け取ったベルンハルトさんは、文献のページをめくり中身を読んでいく。



「300年前の運河の建設中に、創世戦争時代の遺跡が発見されてたみたいだ。2人組は、神殿からの依頼で、その遺跡を探して秘密裏に行動しているということかな」



「そのようです。炭焼きの森に起こったことが、2人組の行動の結果なのかは分かりませんが……」



「……受けるしかない。ただ、グラグ火山の調査の前に、こちらの文献に書かれている創世戦争時代の遺跡を調べたいと思う。森で起こったことの原因は、2人組の行動ではなく、この遺跡かもしれないからね。ロルフ君のご両親が関わっているかもしれないとなると、そこだけは、明らかにしておかねば」



 魔素汚染を引き落とした原因が、300年前に見つけられた遺跡だということだろうか。



 でも、原因が遺跡だったら、両親かもしれない2人組は、森の件に関しての疑惑が晴れる。



 ベルンハルトさんは、本当にいい人だ。



「配慮ありがとうございます。だけど、遺跡の場所とかって分かります?」



 ベルンハルトさんは、運河の設計図を地面に置き、文献のページをめくると指を差した。



「温水を運ぶ運河に、水温調整用の水を送るための水路と、点検用の地下道が作られており、遺跡の入口は、水源の近くの地下道を掘っている時に発見されたと記されている。つまり、そこの泉だな」



 ベルンハルトさんが、新しく指差したのは精霊樹を植えた場所の近くにある泉だった。



「え? でも、水路なんてどこにも見えませんよ」



「300年でグラグ火山が何度か噴火し、灰が何度もこの炭焼きの森を覆ったことを知っているかね?」



「灰で水路が埋もれてしまったということですか?」



「そのとおり。だから、2人組も入口の場所が見つけられず、グラグ火山側からこの場所の地下を目指そうとしてるのかもしれない。水路には点検用の地下道が併設されているらしい」



 埋もれてる水路を掘り起こすのは大変だし、目立つから、水路の併設された遺跡にも繋がっている地下道の入口に向かったということか。



 そっちは地下だから埋もれてないって判断なのだろう。



「だったら、掘ってみます? ほら、あたしの破壊スキルで地面は簡単に掘れますよ。入口のありそうなところ掘ってみるのは、そこまで手間じゃないと思いますし」



 話を聞いていたエルサさんが、白い手袋を外して、話しかけてきた。



「それがよいだろう。エルサ君の破壊スキルで地面を掘って、入口を見つけた出してみるとしよう」



「は、はい。じゃあ、エルサさん、お手伝いお願いします」



「うん、ベルンハルトさん、どこからやります?」



 設計図と泉をにらめっこしていたベルンハルトさんが、おおよその位置に検討を付けたようで、泉から数十歩離れた位置に移動した。



「ここから始めるとしよう」



 それから、僕たちは何度か破壊スキルで土を破壊し、地面を抉ると、地下道の上部が見えてきた。



「これって地下道ですよね。叩くと響くので下に空洞があると思います」



「おお、それだ。それ。地下道はここで折れて運河の方へ曲がるようになっているんだが。エルサ君、上部を破壊してくれるかね」



「じゃあ、破壊しますね」



「下がどういう状況か分からないから、油断はしないように。闇が溜まって魔物がいるかもしれないからね」



「はい、エルサさんは破壊したら下がってください」



「うん、分かった」



 僕は、すぐに対応できるよう、腰に差した守護者の剣と短剣に手を掛ける。



「いくよ。ロルフ君」



「はい!」



 エルサさんが地下道の上部に触れ、破壊スキルを発動させる。



 地下道の石材は破壊され、ぽっかりと闇が広がった。



「光よ」



 鞘から抜いた鉄の短剣に付与された力を発動させると、空洞の中を照らし周囲を確認する。



 魔物はいなさそうだ。



「ちょっと先に降りますね」



「私も行こう。エルサ君はここで待っててくれ。もうじきヴァネッサたちがリズィーの散歩から戻ってくるはずだ」



「は、はい。じゃあ、ここで待ってますね。何かあったら呼んでください」



「ああ、分かった。行こうロルフ君」



 ベルンハルトさんと一緒に、穴から地下道に降りると、すぐに石の扉が見えた。



「扉ですね。文字が刻んであるけど、これって――」



 神語だ! アグドラファンのダンジョンで見たのと同じような文字が刻み付けてある。



「神語だ。これが、文献に書かれていた入口だろう。地下道を掘っていたら発見したが、どうやっても扉が開かなかった。そのままにしたと書かれていた」



 ベルンハルトさんが見やすいよう、光源の短剣を扉にさらに近づける。



「なんて書いてあります?」



「拾い読みくらいしかできないが……。『証』を示せと書かれているようだ」



「証ですか?」



「ああ、ここを見てくれ」



 ベルンハルトさんが指で示した場所には、剣を掲げた者が描かれている。



「剣が証ってことですかね?」



「戦神でもあらせられるドワイリス様の遺跡となると、武具が証であってもおかしくないな」



 もしかして、僕の剣が証になるってことはないよね? 



 でも、神語で刀身に装飾文字がはいってるし、エルサさんの破壊スキルも通じない武器なので、もしかしたらドワイリス様の遺跡への証なのかも。



「ベルンハルトさん、ちょっと試したいことがあるんでいいですか?」



「試したいことかね?」



「ええ、僕の守護者の剣が証にならないかなって思いまして」



「おお、それは大いにありえるな。ロルフ君の持つ守護者の剣は、エルサ君の破壊の力を無効化する物だし、ドワイリス様の残した証という線はありえる。やってみたまえ」



「はい!」



 僕は短剣をベルンハルトに渡すと、腰から守護者の剣を引き抜いた。



 剣が共鳴してる? 微かな振動が手に伝わってきてるぞ。



 引き抜いた守護者の剣を扉に近づけると、手に伝わる振動が強くなる。



 そして、剣先が扉に触れると、守護者の剣が眩い光を放った。



「ロルフ君! 大丈夫かね!」



「ええ、光ってるだけです!」



 光が終息すると、先ほどまであった扉が綺麗に消え失せていた。



「扉が消えたようだ。ロルフ君の剣が証だったようだな」



「だとしたら、この守護者の剣はドワイリス様の加護を受けてる剣とかですかね?」



「神の加護……。それはありえるな。刃こぼれも、切れ味も、破壊もされない剣であるのだし」



 光が収まった守護者の剣を二人で見ていたら、上から声がかけられた。



「ベルちゃーん。こんなところ、大きな穴を掘ったら闇が溜まって魔物が出ちゃうわよ」



 穴から顔を出したのは、散歩から戻ったヴァネッサさんだった。



「ヴァネッサ、それよりか、創世戦争時代の遺跡の扉が開いた。森の白化現象の原因が子の遺跡かもしれんので、探索しようと思うが、どうだろうか?」



「は⁉ 創世戦争時代の遺跡⁉ なんで、そんなものがここにあるの⁉ ここは、大きな戦いなんてなかった場所よ」



「アグドラファンの街も大きな戦いはなかったと記憶している。だが、あそこの近くのヴァン湖には、ドワイリス様の眷属を葬った墓所があった」



「つまり、ここもドワイリス様の眷属を葬った墓所と言いたいわけ?」



「それは分からんが。ロルフ君の持っていた守護者の剣が開かない扉を開いた。何らかの関わりがある場所と見る方が自然だと思うが」



「まぁ、たしかにね」



「それに、神殿からこの遺跡の調査依頼をされた者が、森で見られた2人組だそうだ」



「神殿関係者だったの⁉」



「ああ、しかもロルフ君のご両親かもしれない」



「は?」



 あまりにびっくりしたのか、穴から顔を出していたヴァネッサさんが、地下道に落ちてきた。



 すかさず、ベルンハルトさんが抱きかかえる。



「そういうわけで、レイモンドのグラグ火山の調査依頼を受ける前提として、この遺跡を先に調査しようと思っていてね。扉も開いたことだし、森が白化した原因もこれかもしれない」



「だったら、すぐに馬車に戻って準備しないとね」



「すぐに準備にとりかかろう」



 僕たちは、いったん冒険者ギルドにより、レイモンドさんの依頼を受ける旨を伝えてもらい、その予備調査として、炭焼きの森の下にある創世戦争時代の遺跡を調査することの許可をフィード様にもらった。

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