第四一話 生命の木


「さて、周りに人はいないみたいね」



 探知の魔法を周囲に放ったヴァネッサさんが、そう答えると、エルサさんが背負っていた背嚢から、例の精霊樹の苗木を取り出した。



「伝説品質で通常の精霊樹の30倍の速さで成長するらしいですけど、どんな感じなんですかね……」



「精霊樹じたい、樹齢何千年ってやつもあるしね。精霊樹の根から生えたって言われてるやつもあるし、成長速度は植えてみないと分かんないわね」



「1日で大木にまで育つなんてことはないだろうから、徐々に土中の魔素を浄化して生育していくと思うが」



「こうしている間にも、森の木が白化してますし、早いところ埋めませんか?」



「エルサのいうとおり、早く掘る! リズィーもお手伝いしてー」



 小さなスコップを持ったナグーニャが地面を掘り始めると、リズィーも前足を使って器用に地面を掘り返し始める。



「そうだね。植えてみるしかない」



 僕も手にしたスコップで、地面を掘り返し始めた。



 しばらくして、苗木を植えるのにちょうどいいくらいの深さに到達する。



「じゃあ、植えますね。危険はないと思いますけど、いちおう下がっておいてください」



「ロルフ君、気を付けてね。何か起きたら、あたしが破壊するから」



「大丈夫ですよ。危ないと感じたらすぐに逃げます」



「ベルちゃんも気を付けてよー」



「ああ、問題ない。ロルフ君、植えるとしよう」



「はい!」



 苗木を地面に置くと、根っこの上に土をかけていく。



 根っこが土に覆われたところで、苗木が強い光を放った。



「ちゃんと根付いてくれますか――」



 光を放っている精霊樹の苗が、見る間に太くなり、背丈を伸ばしていく。



 こ、これって、ヤバい感じがする。



「ベルンハルトさん、いったん退避しましょう!」



 ベルンハルトさんも同じ感覚を感じたようで、頷くとみんなのいる方へ走った。



「すごーい、一気におおきくなっていくよ」



「ちょっと、汚染度を調べてみるわ」



 ヴァネッサさんの杖が光ると、精霊樹の植えた部分は青く光り、周囲に広がり続けているのが見えた。



「ものすごい勢いで浄化してるわね。さすが、伝説品質の精霊樹ねー。ぶったまげるほどの浄化力よ」



 青く光る部分は、精霊樹が大きくなるほど、広範囲に広がり、白化して枯れていた木が灰になって消えていく。



「枯れて白化した木が消えてっちゃうね……」



 枯れているとはいえ、森の木だったものが消え去る様子をエルサさんが寂しそうに見つめていた。



「エルサ、精霊樹の根元みてー!」



 いまだに大きく成長し続ける精霊樹の根元をナグーニャが指差す。



 見ると、そこには、新たな木の芽が生えて出していた。



「もう、木の再生が始まってるの⁉」



「がんばれー。もっと、もっと生えてー!」



 ナグーニャの応援に応えるよう、青色に変化した土地からは次々に木の芽が芽吹き出した。



 すごい、これが精霊樹の力か……。死んだ森が生き返っていく。



「予想以上の魔素が土中に存在してるため、成長速度の早まった伝説品質の精霊樹も異常な生長速度を見せているというところか」



「創世戦争時代のおとぎ話みたいなことが起きてるわね……。大いなる獣の放った闇によって、汚染された土地を、ドワイリス様の植えた精霊樹が一夜にして浄化し、巨木ができたって話のやつ」



「ああ! それ知ってます! 生命の木とか言われるもっとも古い精霊樹の話ですよね! 神殿にあった本で見ました」



「そう、それ。今、ここでそれが再現されてるわ」



 ひょろひょろの苗木だった精霊樹は、今や見上げるくらいの巨木となり、根も広く張り、枝や葉を大きく茂らせるようになっていた。



「フィード殿も、トッド殿もミーンズの街の人たちも驚いているだろうな。急に巨大な精霊樹が生えたわけだし」



 ベルンハルトさんも、顎に手を当て、精霊樹を見ていた。



「でも、おかげで土中の汚染度は激減してるし、仮にこれが生命の木と同じものなら、葉や枝は魔物を殺す毒になるはずよ。最古の精霊樹のある森はドワイリス様の墓所なわけだし、魔物がいっさい近づけない聖域になってるわ」



 たしかそんな話が書いてあった気がする。



 大いなる獣との戦いに勝利し、戦いの傷を癒すため天なる国に戻られたドワイリス様の肉体を生命の木の墓所に封じてあるって話。



 この精霊樹がそれと同じ効果を発揮するなら、炭焼きの森は魔物からの被害を負わずに済む。



「その生命の木かどうかは、成長仕切ってからしか分からんな。今のところは警戒してもらうに方がいい」



「ま、そうね。わたしでもさすがに生命の木を作り出しちゃいました。って言うと、いろんなところから身柄拘束されないしね。精霊樹にしときましょう。うん、それがいいわ」



「みんな、しー。ないしょー。これはじんこうてきに魔法で作ったせいれいじゅー」



「うんうん、ナグーニャちゃんの言う通りね。これはわたしが開発中の環境再生魔法による人工精霊樹にしときましょう」



「その方がいいですね」



「あたしもそう思います」



 みんなでもう一度、巨木になった精霊樹を見上げる。枝や葉はまだまだ成長を見せていた。



 その日は、成長を続ける精霊樹の近くで野営をして過ごし、翌朝、目覚めるとカムビオンの街の近くにあった精霊樹と同じような白い巨木が目の前に生えていた。



「成長はいったん止まったみたいですね」



「周囲の土壌の汚染を浄化しつくしたみたいね。白化して枯れてた木の残骸が根こそぎ消えてるみたいだし」



 周りを見渡すと、白くなって立ち枯れていた木々が姿を消し、森があったとは思えないほど見通しのいい平原になっていた。視界の奥の方に少しだけ残った元の炭焼きの森が見える。



「でも、これで木々は再生できるよ。芽も出てるしね。生育が早まれば、数年で森になっていくと思う」



 地面から生えた新たな芽を見ていたエルサさんの背後で、ヴァネッサさんが、魔法を詠唱して杖を光らせた。



 地面は前日の真っ赤な土地ではなく、どこまでも青く染まった土地になっていた。



「うん、問題はなさそう。これだけ、一気に汚染度が下がるとは思ってなかったけど、これなら人が住んでも問題ないわね。でも、いちおう経過を観察ということで1週間は様子見かしらね。ベルちゃん」



「そのように、フィード殿とトッド殿には伝えた方がいいな」



「とりあえず、炭焼きの森の方は、これでなんとか目処が立ちますかね」



「ああ、あとはフィード殿がなんとかしてくれるだろう。それよりも、森をこんな状態にしたのが誰かという方が気になるな」



「例の男女の二人組冒険者ですね」



「ああ、状況からして、その2人が何らかの関与をしているはずだ。追うという手もあるが、何者なのかまずは知っておきたい」



「犯罪組織に加担してるとかですかね。ミーンズの街は大打撃を受けたわけですし」



「そういう可能性も含め、彼らが何者か知りたいところではある。ロンドリミア王国以外の国が雇った密偵ということもあるし」



 外国の密偵⁉ 下手すると、戦争に発展するって意味も含んでませんか、それ⁉



「そう驚いた顔をしないでくれ。ロンドリミア王国は巨大国家だが、他国の妨害工作がないわけでもない」



「そうね。戦争の火種はどこにでも転がってるわけで」



 今回の2人は、そういった任務を帯びてた人かもしれないってことか。


 何か情報が得られるといいな。グラグ火山の件もあるし、まだ安心はできないや。



「まぁ、2人の情報が得られなかったら、2人が向かったグラグ火山に行くしかあるまい。そうしなければ、ミーンズの街の問題は完全解決とはならなそうだしね。だが、森の土壌汚染は解消し、人工の精霊樹の状態は安定したと見て、そちらの依頼は完遂だ。フィード殿たちに報告に戻ろう」



「はい」



「あい! お片付けー!」



 片付けを終え、僕たちはミーンズの街に戻った。

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