第一一話 ナグ―ニャの秘密
「ナグーニャは、貴族に追われてるということか。しかも、このカムビオンの街の貴族プラテルラ家と何らかの揉め事を起こしているわけだ」
「だとしたら、衛兵のところには行きたくないわよね。確実に捕らえられちゃうわけで」
ナグーニャが、衛兵のところに行けない理由を看破され、不安そうにこちらを見た。
衛兵のところへ行きたがらないナグーニャが、貴族との間に問題ありなのは、ほぼ確定。
でも、身体に傷があったと聞いてるし、犯罪とかに巻き込まれた可能性は高いと思われる。
「ナグーニャ、なんで貴族に追われてるのか、教えてくれないかな。僕たちは、君の味方で力になってあげたいから話してくれないか」
ナグーニャの手を握ると、真っすぐに彼女の眼を見た。
昨夜、あれだけ悪夢にうなされてたんだ。
きっと、何か悪いことに巻き込まれて、不安と恐怖に苛まれてるはず。その不安と恐怖を少しでも取り払えるなら、いくらでも手助けしてあげたい。
それが、昨夜、ナグーニャの手を握ってあげた僕の責任だと思う。
「ナグーニャ、頼む。追われてる理由を教えてくれないか」
「うぅー。ロルフ、エルサ、ベルンハルト、ヴァネッサ、リズィーいい人たち。ナグーニャのお願い聞いてくれるかも……」
不安げに揺れ動く目とともに、独り言に似たつぶやきがナグーニャから漏れる。
みんなの視線が彼女に注がれた。
「ロルフ、紙と羽ペンちょうだい!」
決意した様子のナグーニャが、僕に向かって手を差し出した。
「え? あ、紙と羽ペン⁉ ちょ、ちょっと待ってね!」
近くにあった紙をテーブルに広げ、取引の書類仕事に使っている羽ペンとインクをテーブルに置いた。
「ほら、持ってきたよ!」
椅子の上に立ったナグーニャは、羽ペンを手に持つと、インクを付け、地図のようなものを描き始めていく。
「地図みたいだね。あたしが読めない文字みたい。共通語じゃないのかな?」
「ですね。僕も読めませんよ」
「あの形だと、古代魔法語でもないわね。この文字って……ベルちゃん」
「神語だ。たぶん、神語でも原典に近い神聖文字を使っているようだ。いったい、どこでこんな文字を覚えたのだろう。普通の人は使わないはずだが」
椅子に立ちテーブルに広げた紙に向かって、ナグーニャは一心不乱に地図を描き、その地図にいろいろと書き込んでいく。
「ベルンハルトさん、文字読めます?」
「ああ、文章は拾えないが単語くらいはいける。精霊樹、砦、監禁、悪者、採掘、絶望、死とか書かれているな」
ベルンハルトさんが、地図に書かれた単語を読み上げると、不穏な意味を示すものが多数含まれていた。
描いている地図は、このカムビオンの街の近くにある精霊樹の森っぽい。
精霊樹っぽい大きな木の近くに、砦みたいな施設と洞窟が描かれ、そこに人がいっぱい描かれて泣いている。
「できた! ナグーニャ、ここからきた! 悪い人に捕まって、みんな泣いてるの!」
地図を描き終えたナグーニャの眼から、涙が雫になって零れ落ちる。
「ナグーニャは、そこに囚われていたということかい?」
僕の問いかけに、目の涙を拭ったナグーニャは頷く。
「朝になると洞窟ほれーって言われ、夜はこわい人たちがいる檻に戻され、もらえるごはん少なくて、いっぱい土をほらないとおこられて、たたかれて、動けなくなったら、その人はどこかにいっちゃうの……」
自分が居た場所のことを思い出したナグーニャの身体は寒くもないのに、ガタガタ震えていた。
エルサさんが震える彼女を後ろからギュッと抱き締める。
「大丈夫、ここは安全だよ。安心していいからね」
とっても怯えているみたいだ。
身体に付いた傷は、言うことをきかせるために叩かれた傷で、腕や足の傷は手枷や足枷で付いた傷に違いない。
「昨日の昼間、ナグーニャが追われてたのは、そこから逃げ出したからで間違いない?」
「うん。みんながてつだってくれて、おりの隙間から逃げてきた。まっくらな森の中を抜けて、街に着いた」
「真っ暗なあの精霊樹の森を一人で抜けてきたの⁉」
「冒険者ギルドで、最近は精霊樹の森の魔物が狂暴化と巨大化してると聞いていたが、そんな場所をよく無事で……」
ヴァネッサさんもベルンハルトさんも、ナグーニャが精霊樹の森を一人で抜けてきたことに驚いた様子だった。
「街に着いたら、あいつらがナグーニャを見つけ出して、追ってきたの。だから、逃げた」
ナグーニャを追ってたのは、この街を統治する貴族家の紋章を付けた私兵。
たしか精霊樹の森を私有化してるって話を飯屋で聞いた。
つまり、ナグーニャが囚われて働かされていた場所は、領主の関与が疑われるってことだよな。
ベルンハルトさんも、ナグーニャの状況を認識したようで、困った顔を見せた。
「つまり、このカムビオンの街を領有しているプラテルラ家が、精霊樹の近くに砦を作り、人を監禁して酷使し、洞窟を掘っているという話で間違いないだろうか」
「状況を整理すると、それで間違いないと思います」
「ベルちゃん。だったら、あの話はきっとそういう話よね。うさん臭いと思ってたけどさ」
ヴァネッサさんは、怒っているのか、険しい顔つきをしていた。
あの話ってなんだろうか? 昨日はヴァネッサさんの機嫌が悪かったみたいだし、冒険者ギルドで何かあったのかな?
「ヴァネッサの怒りは分かるが、まだ断定はできん。軽率に憶測を口にするのは、君の悪い癖だぞ」
「けど、状況的にクロよ」
「ベルンハルトさん、あの話ってなんです? 聞かせてもらえませんか?」
ベルンハルトさんは、困った顔をさらに曇らせ、頭を掻く。
あんまり言いたくないって感じがするけど、このままナグーニャを放っておくこともできないし、彼女を助けるためにも情報は共有させてほしい。
「ベルンハルトさん、お願いします!」
もう一度、喋ってくれるように強くお願いをした。
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