第四十八話 婚約



 翌日、エルサさんとリズィーを連れて借金のカタとして取り上げられていた実家に来ていた。



「ここがロルフ君の生まれた家かぁ。リズィーは入らないの?」


「祖母と去年まで暮らしてたボロ家ですけど、一年人がいなかっただけでかなり痛みましたね」



 久しぶりに玄関を開けたところ、家の中は埃とカビの匂いが充満している。


 埃とカビの匂いに辟易しているのか、リズィーは玄関の前で座り込むと動こうとしなかった。



「リズィーはそこで待ってていいよ。誰か来たら吠えて呼んでくれるかい?」



 入りたくないリズィーは、『分かった』と言いたげに元気よく吠える。


 リズィーを玄関に残し、エルサさんと二人で室内に入ると、ある物を探し始めた。



「フィガロさんへ借金を返すため、両親の装備とか装飾品はすぐに売っちゃったんですよね。ほとんどの物は金に換えちゃいましたから、家の中はガラガラですけど」


「でも、ロルフ君が大事に残してたおばあちゃんの形見は、家の中に残ってるんでしょ?」


「ええ、売った覚えはないし祖母が亡くなってバタバタしてる間に家の中で失くしてしまったようで……。その後、探そうと思ったんですが、ここが差し押さえられてしまって」



 おばあちゃんが亡くなった時は、本当に色々とバタバタしてて、今思い返しても何をしていたのか記憶が定かではなかった。


「で、おばあちゃんの形見って何?」


「あ、はい。指輪です。銀製の台座にルビーの石が付いたやつです。二つ一組になってて、無くさないように銀製の鎖が付いている物なんですが。祖父母の婚約指輪で、父が母に婚約を申し出た時に渡したものでもあるんで。僕にとっては行方不明の両親の形見でもあるんです」



 冒険者でもあった両親は、依頼中に婚約指輪を紛失しないよう祖母に預けて旅に出ていた。


 その二代続けて受け継がれた婚約指輪をいつも大事にしていた祖母は、『ロルフが嫁にしたい子を見つけたら、この指輪を渡してあげなさい』と常に言っていたのを思い出していた。



 エルサさんに、あの婚約指輪を渡したら喜んでくれるかな?


 僕のことを運命の人だって言ってくれたし、これからずっと一緒にいようと思うし、あの指輪を渡しても大丈夫なはず。



「ロルフ君、どうかしたの? 早くその大事な形見の指輪を探さないと」



 白い手袋をしたエルサさんは、腕まくりをしてやる気に満ち溢れていた。



「は、はい。そうですね。祖母の寝室から探してみますか。こっちです」



 ベッドだけになった祖母の部屋に入ると、一番怪しそうなベッドの下を二人で覗き込む。



「ロルフ君、ある?」


「いや、ちょっとなさそうですね。祖母の部屋以外ですかね」



 おばあちゃんの部屋にないとなると、自分の部屋だろうか?


 ほとんど私物がないとはいえ、自分の部屋をエルサさんに見られるのは恥ずかしい気がする。


 できれば他のところを先に探して、自分の部屋は最後の最後にしておきたい。



「こっちの部屋は入っていいの?」



 祖母の部屋に指輪がないと見たエルサさんは、すでに隣にある僕の部屋のドアを開けようとしていた。



「そ、そこは最後でいいんじゃないですかね! うん、最後にしましょう。台所とかにあるかも」



 特にみられて困る物はおいてないけど、やっぱり自分の部屋は最後にしたかった。


 その後、台所、両親の寝室を探したがやはり指輪は見つからず、結局自分の部屋を探すことになった。



「へぇ、ここがロルフ君の部屋かぁ。指輪があるとしたらあとはこの部屋だけだね」


「べ、別に何か珍しいものがあるわけじゃないですよ」



 やましいことはないのに、室内をキョロキョロと興味深そうに見て回るエルサさんの姿を見ると焦る自分がいた。



「ベッドの下とかに紛れ込んでるのかも」


 エルサさんはすぐにベッドの下に潜り込んでもぞもぞとする。



「んー、あっ、これって」



 ベッドの下でもぞもぞしているエルサさんが何かを見つけたらしい。



「ありましたか?」


「たぶん、これだと思うけど」



 ベッドの下から這い出したエルサさんが、手にしていたのは鎖で繋がった銀製の土台にルビーが付いた形見の指輪だった。



「こ、これです! これ! ありがとうございます!」


「よかった。ロルフ君の大事な形見の指輪だものね」



 長らく人の出入りがなく、掃除がされていなかったため、エルサさんの綺麗な黒髪や顔は埃と蜘蛛の巣で汚れていた。



「エルサさん、蜘蛛の巣と埃で汚れてますから」



 綺麗なハンカチを出すと、エルサさんの髪の毛と顔に付いた汚れを拭いとる。



「ありがとう。猟師をずっとやってたから汚れるのには慣れちゃってるんだけどね。村じゃ誰もあたしのことを気にしなかったけど、これからはずっとロルフ君の隣にいるんだから少しは気にしないといけないね」


「エルサさんが汚れたら、僕がずっと綺麗にしますから安心してください」


「それって――」



 僕の言葉に反応し、エルサさんの顔が赤く染まっていく。


 ハンカチをしまうと、エルサさんから受け取った形見の婚約指輪を鎖から外し、目の前に差し出した。



「僕でよかったら、エルサさんの婚約者にしてもらえませんか?」



 差し出された婚約指輪を見たエルサさんの眼からは涙が零れ落ちていた。



「あ、あたしなんかでいいの? ほら、歳上だし、田舎育ちだし、色々と知らないし。ロルフ君ならもっといい子に出会えると思うんだけど」


「僕の運命の人はエルサさんしかいませんからっ! 受け取ってください」



 自分の中に伴侶として迎えたいと思う人は、エルサさん以外誰一人としていない。


 エルサさんがずっと一緒にいたいと言ってくれたことへの自分の返答が、差し出している婚約指輪だ。



「本当にあたしでいいの?」


「はい!」



 エルサさんはしばらく無言で差し出した婚約指輪を眺めていたかと思うと、おもむろに口を開いた。



「ロルフ君、あたし指輪をつけられないわ! どうしよう!」



 え? それって、婚約はできないってこと!? 嘘、なんで!?



「ぼ、僕じゃダメですか?」


「ち、違うの! そうじゃないの! ほら、あたし破壊スキル持ちだから、手袋を介してしか指輪をつけられないの!」



 こちらの表情を見て慌てたエルサさんが、つけられない理由を教えてくれていた。



「そ、そうでした! 素手のエルサさんに指輪はつけられませんでしたね! 僕としたことが忘れてました。だったら、こっちを首飾りとしてつけてくれます?」


「う、うん! そっちなら破壊スキルで壊すことも失くすこともないだろうし、安心できるかも」



 銀製の鎖のついた方の婚約指輪を改めて差し出した。


 受け取ってくれたエルサさんは、首から婚約指輪を垂らすと嬉しそうに眺める。



「ロルフ君には、あたしがはめてあげるね。ほら、貸して」


 手袋をした手でもう一つの婚約指輪を手にしたエルサさんが、僕の指に形見の婚約指輪をはめてくれた。



「これからもお願いします」


「うん、ずっと一緒だね」



 二人で婚約指輪を見てニコニコとしていたら、玄関でリズィーが吠える声が聞こえた。



「誰か来たみたい」


「ベルンハルトさんたちかな? 用事が終わったらこっちに寄るって言ってたし」



 僕たちは二人でリズィーのいる玄関に向かうことにした。

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