第三十四話 初商談


「ロルフ君、これならいいかな?」



 試着室から出てきたエルサさんが、新しく装着した既製サイズの鋼鉄の胸当てをくるりと回ってみせてくれていた。



 大きめのやつにしてもらったから、胸もとが人目を引くようなことにはなってないな。


 あれなら、変な人に声をかけられることも減ると思う。



「それなら、大丈夫だと。僕も色々と安心できますから」


「そうね。ロルフちゃんとしたら、エルサちゃんのことは大事にしまっておきたいものねー。でも、たまには綺麗に着飾るための服も贈ってあげた方がいいわよ」



 隣でエルサさんの装備を一緒に見ていたヴァネッサさんの助言を心に留める。



 なるほど、エルサさんも綺麗な服とかに興味があるだろうし、そっちは依頼成功した時のお金で買うことにしとこう。


 エルサさんは身長もあるし、色々な服が似合いそうな気もする。



「その時は、ヴァネッサさんに助言を求めさせてもらいますね。女性の好む服ってあんまり知らないですし」


「任せて、エルサちゃんはわたしと同じく、色んな服を着ても見栄えする子だから楽しみ。今回のお仕事終わったら街の服屋に行くのもいいわね」


「ロルフ君、あたしは別に普通の服でも大丈夫だから――」


「エルサさんの欲しい服くらい、簡単に買えるよう稼がせてもらいますから大丈夫です!」



 着飾ったエルサさんを見てみたいしね。


 そのためには、今回の再調査をしっかりと終わらせ成功報酬を手に入れたり、再生スキルでお金を稼いでいかないと。



「エルサ君のは、それだけでいいのか? 支給したお金はまだたくさん余っていると思うが?」



 新調した鋼鉄の胸当ては五万ガルドの品で、武具屋の既製品でもわりと防御力が高い品になっていた。



「僕は、あっちの品物をあるだけ購入したいのですが」


「中古品か? ああ、そうか。その方がロルフ君にはちょうどいいか」



 再生スキルの事を知っているベルンハルトさんは、中古品を大量に購入する意図を即座に理解してくれたようだ。


 昨日までの僕が、中古品を大量に購入すれば使途を怪しまれて、能力のことに気付かれる可能性があったけど、『冒険商人』に加入したことで大量の中古品を購入する理由を付けられるようになった。



「ちょうど、武具の中古品の買い付けも頼まれていたな。あるだけ購入して荷馬車に積むとしよう」



 ベルンハルトさんは中古品の買い付けも依頼されていたと言ってくれたが、それは武具屋の人に中古品を大量購入することの意味を悟らせないための方便だった。



 ベルンハルトさんのおかげで、中古品を再生スキルで再生して新品にして販売できるし、高品質化にも挑戦できるぞ。



「丸ごと購入で割引してもらえないか、店の人と交渉してきますね」


「それはいい案だ。ロルフ君は商売の才能もあるかもしれんな。私の名前を使ってもらってもいいので、なるべくいい条件を引っ張り出してみたまえ」


「分かりました! 頑張ります!」



 ベルンハルトさんから、愛用の算盤を貸してもらい、こちらの様子を窺っていた店主に話しかけた。



「すみません、あちらに積んである中古の武具を丸ごと買い取りさせてもらいたいのですが」


「ああ、聞こえてた。正気か? あそこに積んである中古品は品質もまちまちだし、商品価値としてはほとんどない物ばかりだぞ。武具の買い付け依頼を受けてるようだが、あっちの商品は、品質の保証ができない物だ。どうせなら、新品を納入したらどうだ?」



 武具屋の店主はベルンハルトさんとのやりとりを聞いていたようで、中古品の買い付けは危険度が高いから、新品の納入をした方がいいと忠告してくれていた。



 まぁ、基本的に耐久度も不明の武具に命を預けようなんて思う人はほとんどいないよな。


 冒険者は稼いだ金を装備代にかなり注ぎ込むし、常に新品を好む傾向がある。


 だから、格安の中古の武具を納入するとしたら、領主貴族の私兵や街の衛兵隊くらいしかないよな。



 商品価値の低い中古品の買い付け依頼を怪しまれないよう、現実味を持たせるため、ベルンハルトさんの名前を出し、依頼主を貴族にすることにした。



「分かってます。ただ、ベルンハルトさんの伝手に、中古武具を大量に買い集めたい貴族様がいるようでして。予算的にはけっこう渋いのでなるべく安く仕入れたく」


「貴族様……ああ、私兵向けの装備か……。私兵の装備に金をかけないのは、どこの貴族様も同じだな」



 格安の中古武具の買い付けをベルンハルトさんに依頼した先が貴族だと言うと、店主は納得した顔をして頷いていた。


「ええ、相手は予算内で数を多く揃えると喜びますので。ベルンハルトさんとしても、大変懇意にしている取引先の貴族の方なので、なんとか予算内でできるだけ多く買い集めたいのです」


「貴族への伝手があるベルンハルト殿も大変だな。まぁ、うちとしては店の一角を占拠してる中古品が在庫一掃できるならありがたいが。問題は値段だな。うちとしてはこれくらい出してもらえるとありがたい。新品の購入費に充てたいからな」



 自分が差し出したベルンハルトさんの算盤を使い、店主が希望する金額を弾く。



 丸ごと買い付けで七五万ガルドか……。


 ざっと中古品をみてたけど、鎧関係が二五着、盾が五個、武器が五〇個、それ以外の物が二〇個ほどあるけど、値段的に強気に出てきてる気がする。


 折り合い先を見つけるために、かなり少な目に提案してみるかな。


 今のところ中古品を大量購入する人は、僕たち以外いないだろうし。



 店主が出した七五万の算盤の数字を五〇万に弾き直す。



「予算からだと、これくらいが限界でして……。折り合わないようでしたら、他の街に行って買い付けるしか」



 他の街に行くと言われて、店主の顔に焦りが見えた。



「五〇万か……それはいくらなんでも。だが、他に行かれても困る。精いっぱいの値下げをしてこれでどうだろうか?」



 新たに提示された額は六五万だった。



 一〇万ガルドの値下げか。


 この値段が、店主が普通に売却を考えてた値段だろうな。


 もう少しだけ値下げできるはずだ。



「六五万では予算を超えてしまいます。即金でお支払いしますので、これくらいでなんとかなりませんか?」



 算盤の数字を五五万に弾き直した。



「いくら商品価値が低いからといって、それは買い叩きすぎだろう。分かった。即金で払ってくれるならここで手を打つ。これ以上の値下げはしない」



 店主は五五万の数字を六〇万に直した。



 一五万の値下げか。


 これくらいが限界かな。


 あまり買い叩いて、変な噂をたてられてもベルンハルトさんに悪いし。



「ありがとうございます。六〇万でいきましょう。よい取引ができたと思います」


「ロルフは冒険者よりも商人になった方がよかったんじゃないか。こちらとしても、いい値段で落としどころを作ってもらったと思ってる」



 こちらが取引成立の握手を求めると、店主は同意を示すように手を握り返してきた。



「では、支払いを。エルサさんの鋼鉄の胸当て分も一緒に支払います」



 革袋から六五万ガルド相当の金貨を支払う。



「毎度あり。すぐに納品一覧書を作るから少し待っててくれ」



 店主が慌てて手近な紙を手に取ると、中古品の積み上がっている一角に行き、僕が買い付けた品物の一覧表を作り始めていた。

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