#7 ジョン

 翌週、ディキンソン卿が招待に応じて、クロンプトンに訪れる前日になった。どうやら彼は、道中汽車を使わず、車で来たらしい。

 オルヴィス侯爵の領地、クロンプトンは、首都キャティリィから汽車に乗って半日かかる。それを、まだ市民層に広がっていない、貴族や富豪の持ち物とされた車で移動するのは、かなり無理があったようだ。


 妹のウィレミナに対して、姉のセラフィーヌは少し口を尖らせていう。

 セラフィーヌは今、クロンプトン手前の街、オークターコイドから出されたディキンソン卿の手紙を広げている。

 そこは朝の間で、家族はいつも通り、そこで朝食をとっていた。


 「車で来るんですって。汽車でさえ大変なのに、車でよ?きっと新しい車は違う色になっているわ」


 正面の席でそれを聞いていたウィレミナは苦笑して、紅茶をすすった。


 「心配ないよ。ジョンに洗車を頼めば良い」


 「良い迷惑だわ」


 侯爵に聞こえないようにセラフィーヌが顔を背けて言うが、侯爵には聞こえていたらしい。


 「セラフィーヌ、彼の仕事だよ」


 

***


  その日の日が高くのぼり、使用人たちが階上での仕事を終えて、階下での仕事に切り替えた頃、ジョンは自分で作った手持ち付きの木箱に、洗車用の道具を綺麗に詰め込んで、裏口から外に出た。


 「やぁ、ジョン坊や。洗車かい?真面目だね」


 車庫に向かうまでに、ジョンは村にひとつしかない、村一番の食料品店『ケラー食料品店』のジャック・ケラーとすれ違った。ジャックは彼の兄、ネッド共に食料品店を経営している。


 「はい、そうです。ジャックさん」


 「俺はシンガーさんに届け物だよ。今日客が来るんだって?」


 「そうみたいですね」


 ジョンは相槌を打つ。


 「またいつでも良いから、うちに来な。首都にいる甥っ子から、また新しい雑誌が届いたんだ」


 新聞でもいい、とりあえず文字を読むのが好きなジョンにジャック・ケラーの話は毎度魅力的だった。

 


 ジョンはジャックとわかれて、車庫をあけて車を出した。車から降りようと、ドアを開けると、そこにはさっきまでいなかったウィレミナが両手を後ろにして、にこにこと立っていた。


 「お嬢様!すみません。気づかなかった」


 慌てて車を降りてジョンはウィレミナに向き直った。ボンネットをかぶっていないウィレミナを初めてみたジョンは、小さな動機を胸の中で感じた。

 ウィレミナは金色の彼女のかみを後ろに流していた。


 「久しぶりね」

 

 「えぇ、そうですね」

 

 ジョンの声は浮ついていた。


 「こんな所になんの御用ですか?車を使いますか?」

 

 ジョンが問うと、ウィレミナはそのまま首を横に振った。


 「ディキンソン卿が来たら、車を洗うことになりそうよ。そうしたら、この時間にここで洗うの?」


 「あぁ、お客人は車でいらっしゃるんですね。そうしたら、いらっしゃったあとすぐに洗いますよ。

 僕の仕事ですから」


 ジョンが言うと、ウィレミナがクスリと笑った。

 ジョンは何か変なことを言ってしまったかと、顔を赤くした。


 「今朝、お父様も同じことを言っていたわ」

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