第49話 足手纏い

「大丈夫か?」


 ぱらぱらと砂塵や小石が降りかかってくる中、ボルドは自分の下にいるルーシャにそう声をかけた。ボルドの胸の中でルーシャが無言で頷いた。


 目を白黒させている様子が可笑しくて、ボルドはこんな状況にもかかわらず少しだけ微笑を浮かべた。次いで声を張り上げる。


「タダイ、ダネル、斬り込むぞ! イェンス少尉、後は任せます。俺たちが塹壕を制圧したら、後に続いて下さい」

「おい、ボルド少尉!」


 イェンスがそう言った時、既にボルドは塹壕から飛び出していた。


「ボルド少尉!」

「少尉!」


 ルーシャとハンナの声が背後から聞こえた気がした。

 ボルドは片手に長剣を握り、口には短銃を加えて今も爆発で舞い上がっている砂塵の中を駆け抜けた。背後にはタダイたちがついてくる気配がある。


 舞い上がる砂塵の中、一つ目の塹壕は跡形もなく吹き飛んでいた。二つ目の塹壕も半ば以上が崩れ去っていて敵兵の姿は見えなかった。


 ……残る塹壕は後一つ。


 舞い上がる砂塵が消えかかる前方に最後の塹壕が見えた。


 敵兵は何人だ? 

 五人、七人か? 

 確認している暇はなかった。

 ボルドは舞い上がる砂塵の中から勢いよく飛び出すと、そのまま塹壕の中に飛び込んだ。そして、飛び込んだ塹壕の中で一番近くにいた敵兵を肩口から下に向かって斬り伏せる。


 その瞬間、脇腹に焼けつくような痛みと衝撃があったが、ボルドは気にせずに背後の敵兵も一撃で斬り伏せる。


 次いで長剣を投げ捨てると、咥えていた短銃を手に取って引き金を引いた。正面から斬りかかろうとしていた敵兵が仰け反るようにしながら後方へと飛ばされる。


 膝に力が入らない。そう気づいた時には既にボルドは片膝を地面につけていた。次の瞬間、タダイとダネルも塹壕内に雪崩れ込んできた。

 塹壕内が短銃の音や斬撃音、そして悲鳴などで満たされる。


「負傷した者は?」


 荒い息以外の音が静まった後、ボルドはそう尋ねた。


「大丈夫です」

「無事ですよ」


 タダイとダネルがそう答える。


 ボルドは大きく息を吐き出すと、腰を下ろして塹壕の壁にもたれかかった。


「イェンス少尉に合図を送ってくれ。ここからが正念場だ」


 タダイはボルドの言葉に頷くと、背後のイェンスに前進せよとの合図を送る。


 後は城門を突破できれば……。

 いよいよだな……。


 ボルドは下腹部に力を込めると、上半身を捻って背後に見える巨大な城門に視線を移した。脇腹に痛みと衣服が肌に貼りつくようなねっとりとした感覚があるが問題ない。

 力は込められる。少しだけ体を休めたのならば、立ち上がれるはずだとボルドは思う。


 やがて、イェンスが率いる重装歩兵の小隊がルーシャたち第四特別遊撃小隊を援護しながら、ボルドたちが潜む塹壕内に辿り着いた。


「ボルド少尉」


 塹壕内に着くと通信兵のマークがボルドの下へ駆け寄ってきた。


「通電です。司令部より一五四五、第一、第二、そして第四特別遊撃小隊はイ号作戦を同時に実行。城門を突破せよと」

「……分かった」


 ボルドは頷くと、志願兵のルーシャとラルクに視線を向けて口を開いた。


「ここは俺が行く。ジェロム軍曹、援護を頼む」

「……任せて下さい」


 何か言いかけた言葉を飲み込むような素振りを見せた後、ジェロムがそう返事をした。


「そして、ラルク……」


 ボルドに呼びかけられてラルクが少しだけ身じろぎをしたようだった。


「出撃だ……」


 その言葉にラルクが小さく頷いた。横にいるルーシャの大きく歪む顔が見える。それを見ていられずボルドはタダイに視線を移した。


「後は頼む……ここから先は俺の指揮なんかよりも、戦闘能力の高い者が残った方がいい。片腕の俺では足手纏いだ……」


 ボルドがそう言った時だった。ボルドは明るい灰色の頭を叩かれる。


「イェンス少尉……」


 ボルドは非難めいた視線を自分の頭を叩いたイェンスに向けた。


「馬鹿が。何を言ってやがる。お前たちを城門に連れて行くのは、俺たちだと言ったはずだ」

「もう十分ですよ。イェンス少尉たちは城内突入後にまた力を貸してください」

「駄目だな。突入してからは時間との戦いになる。足が遅い俺たちでは役に立たない」


 イェンスはそう反論しながら言葉を続けた。


「こいつらの隊長はお前だ、ボルド少尉。途中でその任務を放棄することは許されんぞ。それに……」


 イェンスはそう言って、ボルドの下腹部に視線を向けた。確かにイェンスの方に分がある意見だった。


「……分かりました。ここは任せます」


 ボルドの言葉に頷きながらも、イェンスは探るような目でボルドを見ていた。

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