第30話 忘れないんだよ

 「あれ、ルーシャちゃん、どこに行ってたの?」


 自分たち志願兵が寝泊まりをしている天幕近くまでルーシャがくると、同じく志願兵のセシリアがルーシャを見つけて駆け寄ってきた。


「風の精霊にお花をね……」


「……そっかあ」


 セシリアはいつものように、ふにゃっと笑いながら大きく頷いた。


「ルイスもゴーダさんも解き放たれるといいよね」


 セシリアの言葉に今度はルーシャが頷く番だった。セシリアの言う通りだった。ルイスとゴーダがこの現世に残してきた思い全てから解き放たれればよいとルーシャは心から願った。


「あれ? でもルーシャちゃん、嬉しそうだね。なにかいいことがあったのかな」

「えっ? そんなことないよ。何もないんだよ」


 ルーシャは慌てて首を左右に振った。


「えー? 何かその感じが怪しいんだな」


 セシリアが尚もそう言ってくる。


「本当だよ。何もないよ」


「んーそっかなあ?」


 セシリアがルーシャの顔を覗き込んでくる。


「ほ、本当だよ」

「あ、何か赤くなった。何、何?」

「もお、何でもないったら。怒るよ、セシリア」

「えー? はーい」


 セシリアはそう言うとそれ以上は追求してこなかった。どうやら自分で思っている以上にボルドと話したことで気分が高揚していたようだった。

 話したといっても大した話をしたわけではなかったのだけれどもとルーシャは思う。


「またお前らふざけているのか?」


 ルーシャの背後からラルクの声が聞こえてきた。ルーシャが振り返るとラルクは呆れたような顔をしている。

 全くもって緊張感がないとでも言いたげな顔だった。


「えー、だってルーシャちゃんが顔を真っ赤にして嬉しそうだったから」


 セシリアは両頬を膨らませて唇を尖らしている。


「そ、そんなことしてないよ」


 ルーシャはセシリアの言葉を慌てて否定した。


「いい加減にしろって。不謹慎ってやつだぞ」

「あー、ラルクってば、またそんな難しい言葉を使って」


 セシリアはそう反論したもののそれ以降は口を噤んだ。不謹慎と言われればその通りなのだ。


 先のジルク補給基地攻防戦でもラルクやゴーダさんを含めて多くの兵士が犠牲となった。これから始まるダリスタ基地奪還作戦でも同様に多くの兵士が犠牲となるのだろう。


 でも、セシリアは敢えてはしゃごうとしているのだ。ルーシャにはそう思えた。そう遠くはないであろうその時まで、可能な限りは楽しく過ごしたい。せめて表面上だけでもそうしておきたいとセシリアが考えているように思えてならなかった。


 ラルクにしてもそれは十分に分かっているようだった。い加減にしておけよと言い残してラルクはその場を後にするのだった。


「えへっ、またラルクに怒られちゃったね」


 セシリアはそう言って、ふにゃっと笑う。

 可愛らしい女の子だ。戦争などがなかったらこうして友だちと笑って、いつかは誰かと恋をして、そして結婚して……。


 そんな人生が普通に待っていたはずだった。セシリアだけではない。ルーシャ自身にしてもラルクにしても、死んでしまったルイスにしてもこれから待つ様々な未来があったはずだった。


 何でこうなってしまったのだろうか? 戦争のせいなのだろうか? 三等国民だからなのだろうか? 人族だからなのだろうか?


「……ルーシャちゃん、大丈夫だよ」


 セシリアがそう言ってルーシャの首に両腕を巻きつけて抱きついてきた。ルーシャの顔に浮かんだ翳りを敏感に感じ取ったのだろうか。


 セシリアの黒色の髪がルーシャの片頬をくすぐった。溢れ出そうになる思いや感情をルーシャは押し留めて無言で頷く。


「私、忘れないから。ルーシャちゃんのこと、絶対に忘れないよ」


 ルーシャは再び無言で頷く。口を開くと嗚咽が漏れてしまいそうだった。


「風の精霊になっても、生まれ変わっても絶対にルーシャちゃんのことは忘れないんだよ……本当なんだよ……」


 涙を堪えるルーシャにセシリアはそう優しく語りかけるのだった。

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