第7話 特別遊撃小隊
イ号作戦の名の下、帝都に志願兵として集まった人族は、男性が八割ほどを占める三十余名に上った。当然、皆がルーシャとほぼ同年代の十五歳前後である。
帝都に着いたらすぐに戦場へと送られるとルーシャは思っていた。実際、その覚悟もしていた。だが、予想に反して志願兵にはまず新兵としての訓練が半年に渡って行われた。
ルーシャたち三十余名は塹壕掘りから、それこそ行軍に至るまで兵士としての基礎を叩き込まれた。女性の身でありながら男性と同等の訓練についていくのは厳しかったが、ルーシャは必死に歯を食いしばって耐え抜いた。
そして、半年間という短期間ゆえの過酷な新兵訓練だったが、脱落する者は一人もいなかった。皆、それぞれが相応の覚悟をもって志願しているのだ。訓練がどれだけ厳しくても逃げ出すことは皆の選択肢にはなかったのだった。
半年間の新兵訓練の後、ルーシャたち三十余名は特別遊撃小隊という名の下に十の小隊に振り分けられた。ルーシャ自身は三等陸兵として第四特別遊撃小隊に配属されたのだった。
「小隊長、どんな人なんだろうね。やっぱり、怖い人なのかな?」
所属する小隊が各々に告げられた後、小隊ごとに別れてそれぞれの小隊長を迎えようとしている時、同じ小隊に配属された志願兵のセシリアがそう言った。
セシリアは純粋な人族に多い黒髪、黒の瞳を持つルーシャよりも一つ歳下の十四歳になる可愛らしい女の子だった。
「どうでもいいよ。どうせ魔族か亜人種だろう。興味ないね」
そう言ったのは同じくこの小隊に配属されたラルクだった。歳はルーシャと同じ十五歳になる。
「もう。ラルクはすぐにそう言う言い方をするんだからー」
セシリアがそう言って黒目勝ちな瞳をラルクに向けた。ラルクは子供のように少し頬を膨らませてそっぽを向いている。
ルーシャは仲間のこういった姿を見ると、自分たちはまだまだ子供なのだと実感してしまう。そして、そう思うとまた少しだけ悲しくなるのだった。
村を出てからもう数え切れないほど泣いたのだとルーシャは思う。体の水分全部がなくなってしまうのではと思えるほどに涙を流した。だからその時がくるまでもう泣かないようにとルーシャは何度となく自分で決めたのだが、それでもやっぱりふとした瞬間に悲しくなってしまうのだった。
「しっ! 来たぞ」
ラルクの言葉でルーシャたち三人は横並びで直立不動となる。顔を正面に向けながらも横目でルーシャは近づいてくる男を見る。
明るい灰色の髪と黒い瞳を持つ長身の男性だった。歳は二十代前半だろうか。肩にある階級章は少尉となっていた。
赤い瞳ではないので純粋な魔族ではないようだった。しかし階級が少尉である以上は人族でもないはずだった。となると亜人種か、それとも魔族と人族両方の血を引いているのだろうか。
そんなことを考えていたルーシャは少尉の左側にある服の袖が不自然なことに気がついた。少尉には左腕が、二の腕あたりから先がないようだった。それが戦争によるものなのかは分からないが、どちらにしても片腕のない兵士などは聞いたことがない。
少尉は三人の正面で足を止めると、背筋を伸ばして敬礼をする。少尉の三人に向けられた黒色の瞳からは何の感情も読み取れなかった。
「お前たちの第四特別遊撃小隊を指揮する、ボルド・テオドール少尉だ」
テオドール。
どこかで聞いた気がする姓だなとルーシャは思う。
「ラルク・ローレン三等陸兵です」
「ルーシャ・アスファード三等陸兵です」
「セシリア・アリシャス三等陸兵です」
少尉は軽く頷くと敬礼を解いて楽にするようルーシャたちを促した。
「お前たちの身を挺してまでの帝国への忠誠、賛辞に値するなどといった美辞麗句を並べるつもりはない」
意外なことを言うのだなとルーシャは思った。今まではことある毎にそのようなことを言われて志願兵の士気を鼓舞されてきたのだった。
「ただ一つ、約束する。お前たちの思いは必ず遂げさせる。必ずだ。だからお前たちはその時まで戦場で生き残れ。俺たちが全力でその身を守る。以上だ。次の命が下るまで自室で待機。解散!」
少尉はそう言うと再び敬礼をして踵を返した。少尉の姿が見えなくなるとセシリアが大きく息を吐き出した。そして、いつもそうするようにふにゃっと笑う。
「凄く緊張しちゃったよー。でも良かった、あまり怖そうじゃなかったよね」
セシリアは両手で胸を撫で下ろしている。
「そうだな。でも俺たちを守るなんて言ってたけど、あんな体でとうするつもりなんだ?」
ラルクが少尉に片手がなかったことを暗に指摘する。
「きっと大丈夫だよ。ボルド少尉以外にも小隊に人はいるわけだし、少尉は隊を指揮するのが任務なんだから」
小隊には自分たち志願兵以外に歴戦の兵士六、七名が配属されると聞いていた。
「任務だって。ルーシャちゃんってば、かっこいいー」
「おい、セシリア、ふざけ過ぎだぞ。俺たちは……」
「分かってるって。もう、ラルクは変なところが真面目なんだからー」
セシリアはそう言って、ふにゃふにゃと笑っている。
「でも、ルーシャちゃん、少尉って少し素敵な感じだったよねー」
セシリアがそう言って、またふにゃっと笑う。セシリアが言うように背も高いし、明るい灰色の髪に黒の瞳がよく似合っていて確かに少しだけ格好いいかなとも思う。黒色の瞳だからやっぱり人族の血を少尉は引いているのだろうか。そんなことをルーシャは再び思う。
「ったく、女はすぐにこれだからよ」
ラルクがそう言って宿舎に向かって歩き始めた。
「えー、だって一緒に戦うんだから格好いい方がいいでしょー」
セシリアもその後を追いながら、そんな反論をしている。これから本当に戦争に行くのだ。戦場に立つのだ。ルーシャは改めてそう思った。
ラルクもセシリアも微妙にその話題を避けているのが分かる。セシリアなどは敢えてふざけているのかもしれない。そして、そう振舞わざるを得ない二人の気持ちも痛いほどルーシャには分かっていた。それはルーシャも同じ気持ちなのだから。
そう考えるとまた少しだけ悲しくなってしまう。
でも、とルーシャは思う。自分はもう泣かない。そう決めたのだ。
最期の時まで精一杯、今を生きようと決めたのだった。あの少尉は自分たちの思いを必ず遂げさせてくれると言っていた。ならばそれを信じて前に進むだけだ。
ルーシャは改めてそう自分に誓うのだった。
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