第43話 勇者エルネストの没落 その4
エルネストは、衛兵によって薄暗い地下牢へ連れて来られた。
通路の両脇に並ぶ牢屋の中からは、強面の囚人たちが、エルネストの方へじろじろと視線を向けている。
「ここだ、入れ」
衛兵は、通路の突き当たりにある牢屋の扉を開けながら、そう命令する。
エルネストは不服そうな表情をしながらも、命令に従い牢屋の中へ足を踏み入れた。
その瞬間、背後でがしゃんという音が鳴る。どうやら、衛兵が牢屋の扉を閉めたらしい。
「……こんな狭い場所に二人か」
そう呟くエルネスト。
牢屋の中には先客がいた。
「あー…………」
隅の方に座り込み、口を開けたまま天井を見つめている、放心状態の老人だ。
「そうじゃなー……そっかー……」
エルネストは、独り言を呟き続ける老人を無視して、その場に座り込んだ。
――なんとか、ここから出る方法を考えなければいけない。思考のくびきを外せ。常識を捨て去るんだエルネスト。クリエイティブなアイデアは、あの老人のようにただ口を開けて待っていては降ってこないぞ。
意識高そうなことを考えながら、脱獄方法を思案するエルネスト。
「F**k…………」
その時、近くから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ゴルドム……? いるのか?」
思考を中断し、ゴルドムの姿を探すエルネスト。
「Jesus……!」
「お前……ゴルドムなのか……!?」
よく見ると、向かい側の牢屋に居るひどく憔悴しきった様子の男がゴルドムだった。
たった数日見ない間に、げっそりとやせ細っているゴルドム。
「ど、どうした!? 一体何があったんだ!?」
エルネストは鉄格子をがしゃがしゃと揺らしながら問いかける。
「……悪魔だ」
「悪魔だと……?」
「……悪魔が……よってたかって俺のことを……うぅっ……!」
そう言ったきり、ゴルドムは頭を抱えてうずくまってしまう。
「ま、まるで意味が分からないぞ……」
しかし、ここにこうして捕まっている以上、ゴルドムの計画が失敗したことだけは確かなようだ。
「クソ……どうなっている……!」
エルネストは怒りに任せて鉄格子を蹴とばす。
「何か……ここから脱出する方法はないのかッ!」
「――あるぞい」
「あ?」
エルネストの声に答えたのは、放心状態で座り込んでいた老人だった。
「そこにあるベッド、どかしてみるのじゃ」
「…………?」
老人の指示に従い、牢屋の中にあったベッドをずらすエルネスト。
「これは…………!」
そこから出現したのは、人が一人入れるくらいの小さな穴だった。
「捕まってここに入れられてから……十年かけて掘った。実に長く、苦難の連続で、気の遠くなるような時間じゃった」
過去を思い出すように、そう語る老人。
「この穴は……どこに繋がっているんだ?」
「この町の下水道じゃよ。…………昨日、掘り当てた」
「それは随分とタイムリーだな」
その時、エルネストの脳裏に、ふとある疑問がよぎった。
「――それではなぜ、貴様はここにいる?」
その問いかけに対し、老人は俯く。そして、肩を震わせながらゆっくりと答えた。
「昨日……下水道を掘り当てた時、ワシはとても嬉しかった。やり遂げたことに対する達成感に満ち溢れておった。しかし、まだ油断してはいけない。ワシは一度牢屋へ戻り、適切なタイミングを見計らってから脱獄しようと思った。……じゃが、その時……」
老人は、一呼吸置いた後、悔しそうに目を閉じて続けた。
「釈放を言い渡されたのじゃ…………」
そして、あまりにも残酷な事実を打ち明ける。
「看守から……模範囚として……。今日、これから出られるらしい。お前さんと入れ替わりで」
「おぉ…………」
あまりにも生産性のない結末に、ぞっとするエルネスト。
「ワシの……ワシの十年間の苦労は……一体何だったんじゃあああああ!」
「お、落ち着け! 今騒いだらばれるぞ!」
老人がわめいたその時、遠くの方から看守の足音が聞こえてきた。
「くっ…………!」
エルネストは、慌てて脱出用の穴をベッドで隠す。
看守は、やがてエルネストが入っている牢屋の前までやって来ると、ゆっくりと息を吸い込んで、感慨深そうにこう言った。
「囚人番号四十三番! ……おめでとう、釈放だ! よかったな!」
「………………」
その言葉を聞き、よろよろと立ち上がって扉の前までやってくる老人。
「――お前は出るなよ。逃げようとしたって無駄だからな!」
「……わかっている」
看守は、エルネストを牽制すると、牢屋の扉を開けて老人を外へ出した。
「今日は素晴らしい日だな! もう二度とここへは戻って来るんじゃないぞ!」
「……はい」
「元気がないな。せっかく外に出られるんだ。もっと喜べ!」
「嬉しくないわけじゃ……ないんっすけどね……もっとこう、タイミングを考えてほしかったというか……」
「どうした? 何か言ったか?」
「スゥー……なんでもないっす…………」
老人は看守に連れられて、がくりと肩を落としながら牢獄の外へ出ていくのだった。
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