第14話 山の珊瑚
片割れ月は山の
クロエはゆっくりと新しい
「呆れたな。懲りずにまだ山にいるなんて」
彼女は僅かに首を回し、肩越しの視線をイリソスへ寄こす。それは流し目のように
「のぞき見?」
淡白な一言に彼が
「冗談よ」
それを聞いたイリソスは怒気をあふれさせた。
「はぐらかすなよ! 君も入ったきりになるところだったんだ。それじゃ、復讐も何もないじゃないか。デイアネイラが山の中にいるわけじゃないだろ!」
激しい声は月影に乱反射したかに響いた後、不穏な静けさを連れて来る。その静謐にクロエは動ずる気配もなく、変わらず目の端で彼を見ていた。イリソスは苛立ちを募らせ、言葉を継ぐ。
「何をしたいにしても君は金持ちなんだから人を雇えば良い。自分が入らなくたって済む」
本心を吐き出し、イリソスが顔を背けた瞬間、凛とした声が通り抜けた。
「デイアネイラと同じことをしろ、と言うの?」
「……それが賢いやり方だよ。今だって君は奴隷を連れて行ってるじゃないか。君が一緒かどうかなんて大した差じゃない。ただの自己満足だ」
強情なまでの意思を宿らせた彼女の視線を受け、イリソスはどこか弁解するように言い返す。それを黙したまま、横目にとらえていたクロエはやおら彼へと向き直った。
「知ってるでしょう? 奥の坑道は細いって。私だから行けるの。少年奴隷を買え……なんて、あなたは言わない人でしょう?」
その声音と目線に含まれる僅かな
「そんなに銀が欲しい?」
しかし、クロエは即答した。
「欲しいわ」
「今あるだけでも一生、暮らして行くのに不自由はしないだろ?」
「私が欲しいのは、死ぬまで暮らして行ける生じゃない」
彼の追及にクロエは小揺るぎもしない。その迷いのなさがイリソスには苦しかった。彼女とイリソスは見る景色も、望む人生もまるで違う。
そんな心情を見て取ったか、クロエは表情を和らげ、彼へと歩み寄った。
「心配してくれるのは嬉しいの。私を本気で心配する人なんて滅多にいないもの。だから……一つ、私の秘密を預かってくれる? 少し前に珊瑚を見つけたわ」
「珊瑚? 山で?」
「坑道の奥で、尾を
クロエはイリソスの胸に掌を当て、寂し気に微笑む。
「あんな所、男の人は入れない。せめてもう一度、その珊瑚に辿り着くまでは山を下りたくないの……わかって、お願い」
彼女の額がイリソスの肩に乗り、濡れ髪が垂れて彼の服を湿らせて行った。
――君は大事なことは伝えない。
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