中編・銀河の思い出

西暦4180年。

銀河歴1074年。


人類は大いなる飛躍を遂げていた。


24世紀に開発されたワープ航法により亜空間移動を可能にした人類は、

爆発的な探求心と冒険心で、太陽系を飛び出していった。


29世紀に入ると、

建設された植民惑星は1000を数え、

総人口は10兆を突破。


32世紀になると

統治形態の究極である銀河連邦が樹立。



人類は、

21世紀には想像がつかなかったような

発展と繁栄を手にしていたのである。



だが、光あるところにまた影もあり。


輝かしい栄光の裏では

深刻な問題も発生していた。


その一つが植民惑星の孤立化であった。


あまりに広範囲の宇宙に散らばり過ぎた人類は、

多くの植民惑星で孤立。


その長大な距離から、

銀河連邦と音信不通となり、

中には植民後、

数年も経たずに資源不足や内乱により、

全滅してしまうケースも出てきていたのだ。



そこで考案されたのが

「銀河光速道路」である。


「亜空間ゴリラ・システム」により

銀河中の植民惑星を網の目状に連結するこの一大プロジェクトは、

総距離5万光年、総建設費は10京リョウ。


莫大なコストと時間はかかるものの、

もし完成すれば、

惑星間の移動時間は、それまでの数十年からわずか数時間に短縮。


さらに銀河中のヒト、モノ、カネ、情報、資源、思念の往来が活性化され

その経済効果は毎年400穣リョウを超える、と言われていた。



まさに銀河人類、夢のプロジェクトであった。



だが、建設に際し、新たな問題も立ち塞がった。



「惑星立ち退き問題」だ。


巨大な銀河光速道路建設予定座標には数多の惑星があり、

建設の際、それらの星々は破壊しなければならない。


大気の無いアステロイドならば、

連邦自慢の工事機械「スペース・ユンボ」で問答無用に粉砕してしまえばいい。



だが、中には人が居住している星もある。


そういった星を住人ごと破壊してしまうわけにはいかない。


そのため、銀河連邦は解決策として、

彼らが今まで居住していた星とそっくりな惑星「コピー星」を建設し、

そちらへの移住を提案。


さらには巨額の補償金も用意したのだ。


当然、予算は跳ね上がったものの、大抵の住民は、カネで納得。


立ち退きに応じてくれた。


これで万事解決……


という訳にはいかなかった。


中には、立ち退きに一切応じない者もいたからだ。



アフマド老人である。


銀河連邦は、再三にわたり、立ち退きを求め続けたが、アフマド老人は断固拒否。


徹底的に星住権を主張し、星に居座り続けたのだ。


「コピー星を準備します」

「嫌じゃ」


「2億リョウを用意します」

「嫌じゃ」


「銀河行政統治法に則って処罰しますよ」

「やれるものならやってみろ!銀河最高裁判所まで持ち込んでやるわい」


「お願いですから出て行ってください。あなたが出て行かないと私の単身赴任が終わらないのです」

「嫌じゃ」


このような押し問答が、いつ果てることなく

銀河連邦とアフマド老人の間で続けられ、そうこうしているうちに、

20年もの月日が流れてしまっていた。



「アフマド爺さん。何を好き好んでこんな星で一人死んでいったんでしょうね?」


ログハウスから、拠点の住居型宇宙船へ帰る道中、

しばらく沈黙していたアキヤマとモウリであったが、

先に口を開いたのはモウリであった。


歩きながらも、モウリの頭からは、メモに遺された謎の言葉『葬式』が離れなかった。


(なぜアフマド老人は死んだあとのことを頼んだのか? 死んだあとのことは自分では確認できないのに…)


モヤモヤと考えがよぎるモウリにアキヤマが答える。


「奥さんとの思い出を大事にしたかったんじゃないかな……」

「理解できませんよ。思い出に浸りたいなら、連邦のデータバンクに脳をつなげば幾らでも浸れるじゃないですか?」


「爺さんが言ってたよ。『データバンクはコピーだ。本物とは違う』とな」

「……」


しばしの沈黙の後、再びモウリがアキヤマにたずねる。


「『葬式』とやら。どうします?」

「最後の望みくらい、聞いてやろう」


「『葬式』ってやつをするんですか? どんなものかも分からないのに?」

「調べることくらいは出来るだろう?」


そう答えると

アキヤマは立ち止まり、宇宙服の腕にあるスイッチを押した。

と同時に、腕から空に向けて赤いレーザーが発射され、

これまで見えていた大草原と青空の景色はみるみる変わっていった。


現われたのは、濁った黒茶色の太陽と分厚い雲に覆われ澱んだ灰色の空。


青空はどこにもなく、

あるのは、植物も虫も水も一切ない、どこまでも続く一面岩だらけの荒野であった。


「大草原に美しい青空。あの風景も、バアさんとの思い出だったんですかね?」

「おそらくな」


先程までの牧歌的な景色は、アフマド老人の装置による擬似空間だったのだ。

まだこの星やアフマド老人の妻が生きていた頃の……


「もう生物も海も無くなったこの星で死にたかったなんて。何を考えていたんだか……。俺には理解出来ないっすね」


二人の瞳にはどこまでも続く荒れた世界が広がっていた。




日が沈むと、この星は漆黒の闇と化す。

空全体を覆う雲のせいで、星々の瞬きは一切見えない。

見えるのは、二人の宇宙船が放つ小さな光だけだ。



船内では、任務を終えたモウリが、

疲れを癒すため『オンセン』に入るところであった。


裸となり40度ほどの湯に浸かる古代よりのリラックス術『オンセン』。

これだけが、不満だらけのモウリの心と身体を癒してくれた。


「ここは楽しいプロキシマの湯」


小一時間程、『オンセン』で温まり、

湯から出て自室へ戻ろうとしたモウリは、

コクピットから光が洩れていることに気づいた。


(また課長がクソ真面目に残業でもしているのだろう)


そう思ったモウリがそっと中を覗いてみると

案の定、アキヤマが物質化させた大量の資料と格闘の真っ最中であった。



「もういい加減、休んだらどうです?」


モウリが話しかけるとアキヤマは振り返る。


「どうしてもあのメモが気になってしまってな……」

「例の『葬式』ってやつのことですか?」


アキヤマは黙ったまま頷く。


「何か分かりましたか?」

「連邦のデータバンク。数千のコロニー。色々と問い合わせてみたよ」


「そしたら?」

「さっぱり……」


モウリの顔は「やっぱりか」という顔であった。


だがここでモウリはあることを思い出し、

提案をしてみることにした。


「でしたら、銀河連邦古代図書館で調べてみるのはどうでしょうか? もしくは、銀河連邦公文書館は? 大学時代の友人がいるので頼んでみますよ」


「そうか。ありがたい、助かるよ」

「任せてください。頑固爺さんの立ち退きよりはよっぽど楽ですよ」


「頼りにしてるぞ」


モウリはアキヤマに一礼し、自室に戻ろうとした。

だが、ふと見ると山のような資料の中に一枚の写真があることに気付いた。


「今時、平面写真とは珍しいですね。また課長のレトロ趣味ですか?」


モウリが手に取り見てみると、写真には、美しい女性と女の子、そしてアキヤマが並んで写っていた。


「あれ? これって…」

「ああ。妻と娘だ」


するとモウリはぼやく。

「こんなきれいな奥さんとかわいい娘さんがいる課長が羨ましすぎますよ。ああ、結婚したいなぁ」


妻と娘を褒められたアキヤマであったが、彼の返事は意外なものであった。


「もう思い出になってしまったけどな」


「思い出?」


アキヤマは寂しそうな笑顔になるとそっと呟く。


「二人とも亡くなった。もう何年も前にアルタイルの事故で……」


遠い目をするアキヤマであったが、

モウリは特段驚く様子も無く平然としたままたずねた。


「へえ。ならバックアップで復活した奥さんと娘さんと上手くいってないとかですか? たまに聞きますよね、そういう話……」


だがアキヤマは静かに首を振る。


「いや、バックアップは取ってない」


この時になって、

はじめてモウリは驚愕の声を上げた。


「えーーーーっ? 本気ですか? バックアップを取ってないって。そ、それって、奥さんと娘さんにもう二度と会えない、ってことじゃないですか!!」



モウリが驚くのも無理はなかった。


この宇宙開拓時代。

宇宙は未知の危険に溢れていた。


予測不能な事故はいつ起こるか分からないため、

死んだ時のために人間のバックアップを取るのは半ば常識となっていたのだ。


だからこそ、モウリは、

なぜアキヤマが家族のバックアップを取っていなかったのかが理解出来なかったのである。


「俺は本物の妻と娘を愛していた。たとえそっくりな妻と娘がいたとしてもそれは本物とは違う。だから俺自身もバックアップはいないよ」


「信じられないっすよ。この時代、いつ死ぬかなんてわからないんですよ。家族のためにもバックアップはとっとかなきゃ」


「お前の考えも分かるがな。だが俺達家族はそうはしなかったってことだ」


静かに語るアキヤマとは対照的に、

モウリは興奮を隠せないままであった。


「課長もアフマド爺さんも信じられないっすよ」

   

アキヤマは椅子から立ち上がると


「明日も早い。もう寝るぞ」


とだけ言い残し、部屋に戻っていった。


コクピットに残されたモウリは、

アキヤマと家族が映る写真を、しばし呆然と眺めていた。




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