ホラーゲームに転生させるとか、神は俺を嫌っているようだ(Re)
かげはし
プロローグ ゲームはまだ始まっていない
第零話 ■週目の紅葉
今は確か……高校入学式の最中だったはずだ。
何故かは知らないけど、まだ入学したばかりで見慣れていないはずの校内の景色が懐かしく感じた。
何かに頭をぶん殴られたかのような衝撃が襲ってくるせいか、眩暈がして床に倒れたらしい。
「先生ェェェ!! 紅葉さんが倒れているんですけど!」
「早く保健室に連れていけ!」
グルグルと吐きそうなほどの知識量に意識を失う。理解できたのは先生たちの心配そうな声のみ。身体が浮いて、誰かに運ばれる感覚の後、しばらくしてから目が覚めた。
消毒液の独特な香りとベッドに眠らされている状況から察するに、どうやらここは保健室のようだった。
起き上がってみると、近くで座っていた男子学生が笑いかけてきた。
「良かった。目が覚めたんだね。気分はどう?」
「……はい」
黒髪黒目の可愛らしくも格好いい少年。
きっとこのまま成長したら美しくなるのだろうなと思えるぐらい将来性が感じられる容姿をしている。
倒れる前の私だったらきっと、二人っきりの室内で美少年に心配されたことを自慢し騒いでいただろう。入学式の初めから良い出会いをしたと思って、倒れたことすら忘れて彼と仲良くなろうとしたに違いない。
……でも今はちょっと、この少年と話す余裕はなかった。
どうやら私は青ざめた顔をしているらしい。首を傾けた少年が私の額に手を当てる。
熱でも確かめているのだろうか。
「熱はないみたいだけど……。気分はどう?」
「えっ」
呆然としていた私に対し、彼は苦笑する。
「頭がぼーっとする? それとも眠い?」
「あ、の……その、少し頭が痛くて……」
「そう、分かった。ちょっと待ってね。先生を呼びに行くから」
「は、はい」
保健室から出ていく彼の背を眺める。……そうして、その姿が見えなくなってようやく一息つくことができた。
ベッドに寝ころび、腕を上げて顔を隠す。
周りが静かなせいだろうか。消毒液の匂いが気になるが、考えてしまう。
(転生しても現代とか、やってられない。せめてハッピーエンドが約束されてるファンタジー世界とかが良かったな……って、そういう問題じゃないよね……)
あの少年について私は何も知らないはずだった。
胸ポケットに桜の札がついているのできっと私と同じ新入生。
見た目も含めて格好良くて、私を心配するさりげない優しさに、何も知らなかったら私はきっと彼を好きになっていたかもしれない。
「知らないはず……なのに……」
寂しげな声が響く。
このまま帰れるなら帰りたい。学校を転校したい。そう心の底から望んでしまうぐらいには、全身が震えていた。死ぬかもしれない恐怖に怯えていたのだ。
私は彼の名前、トラウマ。あの爽やかそうな笑顔の裏に隠された本性を知っている。
この高校、教室、そして俺と同じく入学してきた生徒達の名前。
全員覚えている。初めて会った人もいるはずなのに、何故か全員記憶の中に残っているのだ。
私が倒れた原因は前世の記憶を思い出したから。それも最悪の事実を。この世界が前世において人気の高い最難関ホラーゲーム『ユウヒ―青の防衛戦線―』にあった、通称『夕青』の世界にそっくりだと気づく。
夕青は入学式直後に妖精が強制的にゲームを始めて、そのゲームに出てくる化け物達から生き残るために逃げたり隠れたりとするアクションホラーゲームのようなもの……だったはず。
私こと紅葉秋音という存在もそうだ。ホラーゲームのキャラクター。化け物に対し遠距離で攻撃を仕掛けることのできるアタッカー。
でも性格は悪くて、ゲームのルート次第によっては主人公であるあの少年――――神無月鏡夜を妨害する悪女。生き延びるための手段を奪う行動もする嫌な奴だったはず。
でも私は、こんなことを思い出した私が神無月鏡夜を邪魔するわけがない。彼を邪魔すればみんな死んでしまう。ホラーゲームを生き延びるためには、神無月鏡夜が生きていなかったら意味がないのだから。
(でもわたし……私は帰りたい……こんなところ、居たくない……)
ここがファンタジー世界だったら諦めがついたかもしれない。でもここは現代に似た世界。妖精や化け物、幽霊や神様以外はファンタジーも何もない、死んだらそれで終わりな現実だ。
このまま入学式が始まって、その途中で不可思議な恐怖が来るのではないかと怯える。
「あ、れ……でも、待って?」
上体を起こし、時計を確認した。現在時刻11時半。もうとっくに入学式が始まって……終わってもいい頃のはず。
それなのに、何も異変が起きない。入学式の最中に妖精の声が聞こえて、それであの死と隣り合わせな恐怖のゲームが始まるというのに。
「待って……私が倒れたのって入学式が行われていたあの時、だよね……何で、なんで何も起きないの?」
もしかしたらこの世界は私が知っているのとは違うかもしれない。
そう思うと気が重くなっていた心が少しだけ楽になる。
もしかしたら名前だけ似ていて、それ以外は何もない。そうだよね。だってこの世界は現実で。現代で。私の知っているあのホラーゲームはファンタジーでしかないもんね。
でも……でもやっぱり、この学校に通うのが怖い。
「お母さんに相談して……ううん、それかなるべく……ホラーゲームの、妖精が私達を集めようとする日に学校を休んでしまえばいいか……」
もしも何か異変があったら、その時は学校を転校できるかいろいろ調べよう。私は無理だ。戦えない。だって私は普通の人間。争いごとだって何もしたことがないから、まだ出会ったばかりで友達でも何でもない人たちの事を助けるだなんて、そんなことできるわけがない。
不意に廊下の先から音が響いて我に返った。
誰か来たのだろうか。周囲が静寂なせいか足音が異様に響く。
そうして、保健室前の扉のすりガラスに人影が写った。
扉に手がかけられ、ゆっくりと開かれる。
あの神無月鏡夜が呼んでくれた保健室の先生でも来たのかと思って――――。
「――――えっ」
そこにいたのは、大きくて黒くて。奇妙な人型をしている人間じゃない存在で爪が私にわたしいたい痛い痛痛痛いたいいたいたい口開かれてたべられ
「な、んで……」
なんで、だってまだ――――妖精の声がしてな
「あギッ────」
《あーあー。失敗ですか》
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