玄武の守護者

「お主がワシの守護者か!これはまた面白そうな顔をしておるのぅ!」

「……?」

「相変わらずワシの守護者は無口じゃのぅ!もっと話に花を咲かせたいんじゃがのぅ!」

「だれ、だ……?」

「ワシの名は玄武、このジパングの北を守護する神じゃよ!」

「……玄、武……。」

「詳しい話は彼奴から聞くがよいのじゃ、彼奴はこの世界の事に詳しいからのぅ!ふぉふぉふぉ!」

「……?」

「まあまた語る日がすぐに来るじゃろう、それまでは我慢しておくかの!ふぉふぉふぉ。」

「……。」


「……。」

「あ、大地さんおはようございます!」

「……、竜太か……。」

「そうです、こっち来たら大地さんが寝てたんでびっくりしましたよ。」

 僧衣に草履という服装の大地が体を起こすと、そこは寺に似た木造の建築物の中だった。

 しかし、寺とは大きさ全く違う事にすぐ気づき、自分が何処か違う所にいるという認識をする。

「……、ここは?」

「ディセントのジパング、北の玄武の祠ですよ。」

「……。」

 玄武、それは先程の声の主の名前だっただろうか。

自分は玄武の守護者の家系だと、父親から聞かされてきたからなんとなく理解出来る。

「……、ここが異世界という事か……。」

「そうなりますね、僕達のいた世界の裏側です。」

「……、お主も元居た世界の住人なのか?」

「えぇ、聞いたことありませんか?魔物の討伐者一行って。」

「……。」

 大地はあまりテレビを見ない。

朝のニュースを少し見るくらいしか、俗世間とのふれあいがない。

 しかし、確かニュースでもやっていた覚えがある。

 1年程前だっただろうか、ディンという男が率いる「討伐者」一行が魔物という悪しき存在を滅し、世界に平和をもたらしたと言っていたのは。

「……、あそこにお主もいたというのか……?」

「はい、僕もその討伐者一行の一人ですよ。」

「……、その年で……。」

 ある種畏怖の念を覚える大地。

 魔物はテレビのニュースで見たことがあるくらいだが、それは恐ろしい形を成していたのを覚えている。

 人間のような形から植物、動物、異形。

様々な形を成していたが、どれもテレビ越しに見るだけで恐ろしいと思ってしまう程だった。

 それと竜太が戦っていた。

それは同行者としては頼もしいが、恐ろしくもある。

「……、竜太よ。」

「なんでしょう?」

「……、恐ろしくは、なかったのか……?」

「怖かったですよ、ずっと。でも、守りたいものがあったから。」

 恰好をつけている訳ではない。

本心からそう言っているのだろうと、大地はそう感じた。

「……、強いのだな、お主は。」

「そんなことないですよ。」

「……、いや強い。お主の実力は知らぬが、その心は強靭なのだろう。」

「褒めても何も出てきませんよ?」

 竜太は笑って返すが、大地は至って真剣だ。

自分より実力も、精神も強いと感じる。

 それと同時に、自分がまだ未熟だと言う事も。

「あ、そうだ。これ、セレンさんからのプレゼントです。」

「……、これは……?」

「鉄心の入った六尺棒だそうです、大地さんなら使いこなせるだろうって。」

 竜太がそういえばと取り出したのは、大地が普段使っているのとあまり変わらない六尺棒だった。

 しかし持ってみるとずっしりと重く、確かに中に何か入っている気がする。

「それは魔力を放出するのに役立つらしいです。あ、魔力って言うのは魔法みたいなもので…。」

「……?」

 魔法、と言われてもいまいちピンとこない。

俗世間とほとんど交流のない大地にとっては、聞きなれない単語だ。

「えーっと、仏様の神通力みたいなものって言えば良いのかな?」

「……、仏の、神通力?」

「まあこの世界では似たようなものだって事です、使ってるうちにわかってくるだろうって父ちゃんは言ってました。」

 成る程、と大地は首を縦に振る。

そう説明されればなんとなくわかる、恐らく人ならざる力の事なのだろうと。

「それじゃ、そろそろ行きましょう。僕達、結構遠いですから。」

「……、儂らは何処へ向かうのだ?」

「まずは外園さんっていう精霊さんの居る所に向かって、そこからマグナっていう敵の居る所に向かう予定らしいです。」

「……、わかった、行こう。」

 二人は祠を出ると、まずはとすぐ近くにある村へと足を向けた。


「……、これは……。」

「まさか、そんな……!?」

 二人を出迎えたのは、御使いを待っている村人達ではなかった。

焼け焦げた匂い、残り火の燃ゆる音、朽ち果てた村。

「まさか……!」

「……。」

「こんなことって……!」

 ダッシュで村に飛び込む竜太と、それを追いかける大地。

 村のあちこちに残り火上がっていて、襲撃か何かからまだあまり時間が過ぎていない事を示す。

「……、魔物の、仕業か?」

「いや、魔物は村に入ってこれないはずなんです。魔物除けの結界が張られてるから……、だからきっと人間が……。」

 考えたくはないが、恐らく近隣の村と何か争いがあったのか、それとも別の何かか。

竜太にはそれはわからなかったが、しかし魔物の仕業ではないと言う事だけは理解出来た。

 村の中央付近にあった、魔物除けの結界は機能したままだったからだ。

「襲撃……、まさかマグナ……?」

「……?」

「大地さん達の敵がいる国の名前です、神々が縛れている国マグナ。そこに住んでる人間は確か縛られてなかったはずだから、もしかしたら…。」

 一つの可能性。

 マグナの神々が戦争をしていて、それが世界に広がろうとしている。

それを是としない、四神の祀られている祠のある村を襲うのは、理にかなっている。

「とにかく、生存者を探しましょう!」

「……、わかった。」

 二人は手分けをして、生存者を探し始めた。


「おーい!誰か居ませんかー!」

 焼け焦げた匂いの漂う村の中を走りながら、竜太は生存者を探す。

しかし、その声に応える者は居なかった。

 いるのは焼き尽くされ炭と化した、元村人達だけだ。

「誰か……!」

 わかっている。

こんな所に生存者は残っていないだろう、この有様では襲撃者達は容赦なく村人達を殺したのだろうと。

 しかし、諦めてはいけない。

自分達はこれを止める為に、ここにいるはずだ。

「誰かいませんか!聖獣の使いです!」

 しかしやはり、応える者はいない。

竜太の心を、徐々に絶望が塗りつぶす。

「……。」

 目線を周囲に回すと、あちこちに焼け焦げた死体があった。

それらは苦痛に身もだえるような様子で、倒れていた。

 我が子を守るかの様にうずくまっている死体、それに包まれた小さな死体。

何かをかばう様に立ったまま焼かれた死体、見ればきりがない程の死体。

 まさに死屍累々、屍の村。

「っ……。」

 見ていられない。

 まだ13歳の竜太には、厳しすぎる現実がそこにはあった。

 それでも、探し続ける。

何処かに生存者がいる、そう信じて。


「……。」

 その頃大地も、生存者を探していた。

竜太のように大きな声を上げる事はなかったが、耳を澄まし生存者が居たらと構えている。

 人の焼け焦げた匂いというべきか、タンパク質の焼けた匂いが充満する村の中。

大地は、骸達に目を向ける。

「……。」

 死体自体は見慣れている、寺での修行の一環で葬儀に参列して経を上げていたから。

しかし、ここに居るのはどれも葬儀に出てくるような、綺麗な死体ではない。

 匂いも相まって、吐き気がしてくる。

「……?」

 吐き気を我慢しながら探索をしていると、小さな音が聞こえた。

何かが動いた様な、そんな音が。

「……、誰かおるのか……?」

 そちらを向くと、そこには大きな家が。

恐らく村長の家であろう、他の家よりも大きな木造建築。

「……。」

 慎重に、敵であった場合迎撃出来る様にと、六尺棒を握る手に力が入る。

 焼け落ちてしまったその家の中に入り、周囲を見回す。

「……、誰かおるか……?」

 慎重に、慎重に。

足を一歩一歩踏みしめながら、大地は声を出す。

 カタリ。

「……?」

 音が鳴る、大地はそちらを向く。

そちらには、何かを抱える様にして息絶えていた骸の姿があった。

「……。」

 ちらりと抱えている物が見える。

それは木箱の様だったが、しかし何故か燃えていなかった。

 その態勢のまま焼け焦げる程の炎に包まれ、木箱だけ無事というのはどう考えてもおかしい。

「……、済まぬ……。」

 何かに惹かれるかの様に、その木箱に手を伸ばす。

 骸のすぐ近くまで寄っていた為、酷い匂いがする。

吐き気と戦いながら、申し訳ないと思いながら。

 大地は、その骸から木箱を引き剥がした。

バキッと言う音と共に、骸の腕が折れて落ちてしまう。

「……、許してくれ……。」

 木箱に触れてみるとわかる、ほんのりと暖かい事に。

焦げている所か、傷一つついていないその木箱。

「……。」

 六尺棒を地面に置き、開ける。

簡単に開いたその木箱の中には、黄色い勾玉が入っていた。

「大地さん、他の生存者は……。」

「りゅ、竜太か……。」

 そこに、竜太がやってきた。

 村中を駆け回り生存者を探したが、しかし見つからなかった。

 唯一共鳴探知という魔法で引っかかった生体反応、それを大地の物だと判断しやってきたのだ。

大地は急に話しかけられた事に驚きながら、その勾玉を見つめていた。

「それ……、デイン叔父さんの力を感じる……。」

「……?」

「多分、父ちゃんが言ってた勾玉だ。大地さん達の力をブーストさせる、デイン叔父さんと四神が作ったっていう。」

「……、これが、儂の為の物と言う事か……。」

 ならばこれを守っていたのは、やはり自分達の仲間であろう人物だったのだろう。

戦争に巻き込まれてしまった哀れな骸、その骸が最期まで守ろうとした物。

 それがこんな小さい勾玉だとは、誰が予想出来ただろうか。

「大地さん、着けてみてください。」

「……。」

 木箱を床に置き、勾玉の首飾りを首にかける。

ふわりと風が吹いた様な感覚と共に、力が湧いてくるのを感じる。

「やっぱりそうだ。っていう事は、この人が村長さん……。」

「……。」

「もう少し早かったら、助けられたのに……。」

 唇を噛む竜太。

悔しくてたまらない、助けられたはずなのに。

 そういった感情が、顔を険しくさせる。

「……、こうなってしまったものは仕方がない……。」

「大地、さん……。」

「……、彼らに報いるのならば、儂らが戦争を鎮めなければならぬ……。そうなのだろう……?」

「……。そう、ですね。」

 二人は村長と思しき骸へ手を合わせると、村を出て南へと向かった。


「……。」

「兄ちゃん、どうしたの?」

「いや、竜太には荷が重いなと思ってな。」

「何が?」

 外園邸の寝室にて、ディンは眉間に皺をよせていた。

「村人達を助けたかったって竜太は思うだろうな、それが出来なかった事を悔やんでもいる。」

「どういう事?」

「竜太と大地君の向かった村はな、マグナの使者の手で滅ぼされてるんだ。」

「そ、そうなの!?お兄ちゃん、止められなかったの!?」

 蓮が驚く。

 ディンの力があれば村一つ救うのくらい容易いはずなのに、何故それをしなかったのかと。

「俺達指南役はな、必要以上に干渉しちゃいけないんだ。例えば人間同士の争い、元々起こるはずだった神様達の争い。そういうのに手を出してしまったら、全部がおしまいになっちゃうんだ。」

「そ、そうなの……?でも竜太君、可哀想……。」

 竜太と蓮は年が近い、だから一番仲良くしていた。

 だからどういう性格かもなんとなくわかっているし、どういう反応をするかもなんとなくわかる。

「仕方がない事なんだ、竜太にはそれを理解してもらわないといけないな。」

「でも……。」

「蓮、ごめんな。お前にするような話じゃなかったよ。」

 眉間の皺を伸ばし、蓮の頭を撫でる。

が、蓮の表情は曇ったままだ。

「竜太君、悩んじゃうんじゃないかなぁ……。」

「……。俺達はな、そういう悩みとも戦わないといけないんだ。じゃないと、本当に守りたいものを守れなくなっちまうから。」

「そう、なんだ……。」

「蓮はやっぱり優しいな、竜太の心配までしてくれて。でも大丈夫、竜太はきっと乗り越えるよ。」

 父として、信じている。

そんな響きが、ディンの言葉には含まれている様だった。

 違う、乗り越えなければならないのだ。

この先、自分が死んでしまった時に跡を継ぐ者として。

「でもこれで、全員がスタート切ったってわけだ。」

「誰が一番に来るかなぁ?」

「順当にいけば清華ちゃんと修平君だろうな、俊平君と大地君は距離があるから。」

 話を切り替え、にっこりと笑うディン。

 蓮は、それにつられて笑い、わくわくする。

「どんな人達なんだろう?」

「修平君と清華ちゃんは真面目って感じだな、俊平君はちょっとおちゃらけてて大地君は……。彼、ほとんど喋らないんじゃないか?」

「色んな人がいて面白そう!みんなと仲良くできるかな!」

「出来るさ、大丈夫だよ。」

「やった!」

 蓮はにっこりと笑い、ベッドに潜る。

「楽しみだなぁ……。」

 そして、わくわくしたまままどろみの中へと意識を投げ、眠りについた。

「さて、俺も動かなきゃな。」

 ディンは小さく転移と呟くと、その場に魔法陣が形成され、消えた。

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