少佐

「無事に出産を終えられたのか? ありがとう、ビアンカ」


「少佐♡」


疲れ切って寝てしまったノーラを赤ん坊と共に寝床へと移動させ、出産の痕跡の後始末をしていたところに少佐が帰ってきて、私は思わず声が弾んでしまいました。


少佐。総合政府直轄太陽系統括軍木星方面隊から出向してきた生粋のエリート軍人である彼の名前は、


久利生遥偉くりうとおい


惑星探査チーム<コーネリアス>の防衛主任でもあり、私と相堂しょうどう伍長の直属の上官で、私がこの世で一番、尊敬し、信頼し、敬愛している方です。


なのに、彼は、


「ビアンカ。僕は<少佐>じゃないと何度言ったら……と言っても無駄なんだろうね」


少し困ったように微笑みながら言いました。そんな彼に私は、


「いいえ! 少佐は間違いなく少佐です! 誰がなんと言おうと少佐なんです……!」


普段は、<遥偉とおい>と呼ぶように言われているんですが、私は今でも内心では『少佐』と呼んでいて、気持ちが高ぶったりするとそれが口に出てしまうんですよね。


ちなみに相堂しょうどう伍長のことも、幸正ゆきまさと名前で呼ぶようには言われているのですが、こちらは、少佐とは逆の意味で『相堂しょうどう伍長』としか呼びたくないなというのが正直なところです。


少佐は、そんな私の気持ちにも配慮してくれる、本当に器の大きい方です。


だけど、私は知ってるんです。彼が本当は、内気で人見知りをするタイプだっていうことを。立場上、毅然としていないといけないから、まるでロボットのように超然と振舞うことを心掛けているだけだっていうことを。


それがまた、こう言ってはなんですけど、『可愛く』て……♡


だから私は、彼のことが好きなんです。


正直、相堂しょうどう伍長は私にとっては少佐との暮らしに紛れ込んだ<お邪魔虫>ですね。


でも、相堂しょうどう伍長がいなければ、今の私達もなかったであろうことは事実なので、それについては認めないといけないのは分かってるんですが……


けれど、今はとにかく少佐が帰ってきてくれたことで私の心は満たされていました。


「うん、母子共に健康そうだ。君のおかげだよ」


ノーラと赤ん坊の様子を確かめて、少佐はそう言ってくれました。それがまた嬉しくて、


「えへへ♡」


頬が緩んでしまいます。


なのに、


「がはは! 帰ったぞ~っ!!」


品のない大声。嫌々そちらに視線を向けると、背は決して高くないものの毛むくじゃらでいかにも頑健そうな男性と肩を組んで歩いてくる、相堂しょうどう伍長の姿が。


肩を組んでいる<毛むくじゃらの男性>は、相堂しょうどう伍長と<勝負>をしていたであろう、猪人ししじんの<ブオゴ>なのでした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る