第481話 生還と宴Ⅶ

 まずは、バックステージで演奏を任されている数名の内の一人のピアノの前奏からイントロが始まった。40秒後程にはミクちゃんがゆっくりと口を開いた。ミクちゃんの歌声からはとれる感情は悲しみだった。大切な人を失った者にしか表現できないだろうこの曲は、ミクちゃんの豊かな表現力によって昇華されていた。またサビになると、ミクちゃんとアリスの二人でこの曲の見せ場を作り、コーラスは森妖精エルフ達の、心が安らぐような心地の良い高音と裏声ファルセットで、ミクちゃんとアリスの歌声を支えていた。


「皆、歌上手いね」


 ルミエールはそう言って涙を流していた。


「大切な人を失った者の曲だな」


 ルミエールが涙を流しているのは両親の事だろう。ヴェドラウイルスによってルミエールは一度命を落としている。そこでルミエールの両親は、自分たちのユニークスキルの掛け合わせで、ルミエールを復活させた。その代わりにルミエールの両親は自分達の命を落としたのだ。


「ミク殿の声を聴いていると、何故か涙が止まらない」


 俺はそう呟くルミエールの肩に手を置いた。するとルミエールの涙は溢れ出すように流れていた。


「クロノスもガブリエルも何百年とカーネル王に仕えている。そのなかでもルミエールは最高のカーネル王と言っているんだ。それは、ルミエールに対して尊敬と愛情の二つを全力で注いでくれている証拠だ。それに俺もいる。少し思い出したかもしれないけど大丈夫だ」


「そうだね――ありがとう」


 ルミエールはそう言って涙をハンカチで拭っていた。


「あまり泣いているとご自慢の純白の紳士服が汚れるぞ?」


「分かってるよ。でも本当にいい曲だね」


「ああ」


 一番の歌詞の内容は、大切な人があの世へ行ってしまって悲観する曲だった。しかし二番は前を向こうとする歌詞の内容で、最後の大サビは大切な人の事を忘れずに、大切な人をあの世へ送り出す――そんな内容の歌詞だった。ミクちゃんは誰を思い浮かべているのかは分からないけど、その圧倒的な歌唱力と表現力で、ステージを眺めている国民を泣かせていた。


 それから三曲続いてパフォーマンスが行われた。そして――。


「最後の曲となります。この曲は私が大好きな曲です。聞いてください」


 これもまたピアノの前奏から始まるバラードだった。数十秒ほどしてから、そのピアノの癒されるような音と共に、ミクちゃんの優しい歌声に寄り添うのは、アコースティックギターの優しく軽やかなリズムと、ハープのアルペジオだった。


 ピアノ、アコースティックギター、ハープ。この三つの楽器に負けずに、ミクちゃんはただならぬ想いを乗せて――そして涙を流しながら、透明感のある歌声を披露していた。


 そしてサビ。


「会えてよかった 会えてよかった

 いくつもの嫌な事乗り越えた ご褒美だね?

 ありのままの私を受け止めてくれる

 君がいたから 私はここにいるよ」


 そんな歌詞だった。この曲のサビを歌っているとき。ミクちゃんはずっと俺を見てくれていた。それはミクちゃんから俺に届けたいメッセージのようだった。


 俺は、ミクちゃんが前の世界でどんな顔をして過ごしていたかは分からない。姉と比べ続けられて、親には「産むんじゃなかった」と罵声を浴びせられた事もある。当時付き合って彼氏からは否定的な事ばかり言われた事もあった。


 生きるのがしんどい。


 そんな毎日を繰り返していたミクちゃんに訪れた放火事故で一度ミクちゃんの命は奪われて、この異世界で新しい人生を歩み始めた。そして俺と会った――。そんな出来事にミクちゃんは感謝していた。


「会えてよかった 会えてよかった 会えてよかった」


 ピアノ、アコースティックギター、ハープの演奏がゆっくと止むと共にミクちゃん一人が口を開いた。


「大好きだよ」


 曲の最後の歌詞だ。涙を浮かべながら俺を見てそう優しくそう歌え終えた。


 そのミクちゃんの優しい歌声が終わると、合唱団の華やかな歌声を祝福するかのように三つの楽器の演奏が始まり、20秒程の演奏が終わると曲は幕を閉じた。


「皆様。ありがとうございました!」


 ミクちゃんとアリスがそう言って一礼をすると、コーラスを担当していた森妖精エルフ達も一礼を行った。皆からは「ミク様~!」と野太い声や、「ミク様、アリス様素敵!」と言った黄色い声が飛びながら、会場は温かい拍手に包まれた。


「ミク殿。ナリユキに届けた歌だったね」


 ルミエールはそう言って笑顔を零していた。


「そうだな」


 ミクちゃんの歌声は何度か聞いたことがあるけど、ここまで感情がのっている曲を聴くのは初めてだった。ミクちゃんの声も、普段の時とは少し違った印象で、まるで聖女――。いや本当の女神のような存在感と歌声で、色々な感情が入り混じった俺は、気付けば頬に涙が伝っていた。


「何度か聞かされた事があるんだよ。俺に会えて本当に良かったって。でも、アーティストの曲をまるで自分が作詞作曲をした曲のように歌うのはズルいよな」


「え!? この曲はミク殿の曲じゃないの!?」


「違うよ。俺達がいた世界にあったアニメのエンディングテーマさ」


「そうなんだ。いい曲だね」


「そうだな。本当に」


 こうして俺の復活祭は、星空の下で行われたミクちゃん達合唱団による歌のパフォーマンスでフィナーレを迎えたのだった。

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