第394話 異変Ⅰ

「させるか!」


 俺がそう叫んだと同時にバフォメットの両方の角を折った。バフォメットは悲痛の叫びをあげて地面に倒れこむ。勿論、放とうとしていたスキルは、放つ前にバフォメットに攻撃を仕掛けたので消滅していた。


「な――なんという速さ――! この僕ですら目で追う事ができないだと――!?」


 ――目で追われてたまるか。貴様はバフォメットより弱いだろ。


「さて――」


 バフォメットは数十秒もがき苦しんだ後、俺を鋭い眼光で睨めつけてきた。相当苦しかったんだろうな。何なら涎垂らしているし、鋭い歯を剥き出しにしているし。


「何だどうした? もう終わりか?」


 俺がそう挑発すると再びバフォメットが襲い掛かってきた。勝てないと分かっているのに向かってくるあたり――相当負けず嫌いなのか、はたまた馬鹿なのか――。


 襲い掛かってきたバフォメットは拳を振り上げた。恐らく仕掛けてくる攻撃は爪攻撃だろう。


 読み通りだった。バフォメットの爪にはただならぬエネルギーが集中していたので、近接攻撃のアクティブスキルを発動していたようだ。俺はその攻撃を避けて、そのままバフォメットの腹部に俺の爪がめり込んだ。


 先程と同じく紫色の血を鮮血をまき散らし、白目をむいて前に倒れるバフォメット。地面に倒れ込むと共に吐血を始めた。


「あ……圧倒的」


「あたし達――いらない感じ? 他の応援に行った方がいい感じがしてきた」


 アリスとフィオナはそう言って、再度目を丸くさせて驚いていた。まあ、人数が多すぎて攻撃を仕掛けづらいからな。行くとするならばいい勝負をしているエヴァのところだろうな。2人の援護があればバフォメットを倒すことはそう難しくない筈。だが、誤って殺してしまう可能性もあるからそれは避けたいところだな。


「2人はエヴァの所へ行って欲しい。あの状況ならより優勢に戦えるだろう」


「分かりました」


「任せて」


 アリスとフィオナはそう言ってエヴァの応援に行った。


「な――なんて強さだ」


 奴はそう言って冷や汗を流していた。後ずさりをしていることから怯えているようにも見える。案の定、奴の目を見ながら少し近付くだけで「来るな!」と叫んでいた。


「俺の事がそんなに怖いのか?」


 奴が怯える姿に俺は快感を覚えていた。そうだ。これだ。


 そう思うと俺は自然と口角が吊り上がっていた。そんな時だった。


「グアアアアア!」


 そう先程とは違う声色が聞こえてきた。バフォメットは頭を押さえながら苦しんでいたのだ。それも俺の攻撃を受けたから苦しんでいるという様子ではなかった。俺が傷つけた箇所って腹部だしな。


 しばらくするとその声は叫喚へと変わっていた。ただならぬ声量で、他の皆の動きが止まるほどだ。勿論バフォメットも同じだった。それほど俺が戦ったバフォメットの叫喚が異常だったのだ。


「ヤ……メロ……」


 嘘だろ!? バフォメットの姿で喋ったぞ!?


 その声を聞いて頭をフル回転させた結果、俺が考えた考察はこうだ。結論、このバフォメットは人間だった時の記憶を取り戻しつつあるんだ。理由としては俺から受けたダメージのショックが相当大きかったのだろう。


「俺から離れろ!」


 先程のバフォメットとは明らかに違う声だった。それにこの声――どこか聞き覚えがあるぞ――。


 思い出そうとすると、俺も突如として頭痛に襲われた。頭の中でガンガンとする強烈な痛みだ。俺は思わず膝をついてしまった。


「いいですね。思い出そうとすると頭痛が酷くなるのですね」


 奴はそう言いながら俺に近付いて来た。


 しかし俺が睨めつけると奴は退いて行った。雑魚はすっこんでろ後でたっぷりと料理してやるよ。


 俺はおもむろに ポーションを取り出し飲み干した。ついでだ。入っていた小瓶を奴の方に放り投げた。奴は首を傾けて咄嗟に避けたが、顔の頬に切り傷が出来ていた。


「この……」


 俺にそう殺意を向けてきた。


「来るなら来いよ。相手してやるよ」


 俺はそう言いながら立ち上がると、奴は拳を強く握り締めていた。


「誰か……俺を……止めてくれ……」


 頭痛がマシになったと思いながらバフォメットの様子を見ていると、バフォメットが俺の目を見てそう訴えかけてきた。


「自我が取り戻しつつあるな……」


「な――そんな馬鹿な――!?」


 そう言って目を丸くさせて奴は驚いていた。


「僕の指示を聞くのです! バフォメット! 奴を殺すのです!」


 奴がそう指示を行うと、バフォメットは再び苦しみ始めた。奴は先に抹殺しておくか――。


 バフォメットが苦しんでいる間に、俺は奴の後ろに回り込んだ。殺したい気持ちは山々だが、貴重な情報を得ることができない。不服だがコイツは気絶させておこう。


「なっ……!?」


 奴は驚いた表情を浮かべながら振り向いてきた。まあその滑稽な表情のまま殺したいところだがな。


 俺が奴の頭を掴んで地面に叩きつけるとそのまま気絶した。勿論、ご自慢の眼鏡も割れている。


「その声……もしかして……」


「もしかしてお前……」


 そう思った瞬間、俺の目から涙が溢れていた。そうだ。このバフォメットこそが、俺達が探していた子供――エヴァンスだ。そうだ。絶対にそう違いない。


「エヴァンスか?」


 俺がそう問いかけるとバフォメットも涙を流していた。「うん……」と声を漏らしながら小さく頷く。


「会えて嬉しいよ……随分と変わってしまったね。フォル兄もやっぱり……」


「そうだ。でも今は自我を取り戻す事出来ている。俺達と帰ろう」


 俺がそう言って手を差し伸べたときだった。自分の眼前に右腕が宙を舞っていた。状況が理解できない。


 痛いが――この状況はマズい。もう自我を失いつつあるんだ。だから、自分の意識とは反対に、俺の腕をバフォメットの強靭な鉤爪かぎづめで切断してきたんだ。


 再び、頭を押さえて空間全体を揺れ動かすかのような叫喚と共に、エヴァンスは再び姿を変えてしまった――。



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