第350話 噂を広げろⅡ

 ダイヤ侯爵に貸してもらう土地は街中にある宿の前だった。ダイヤ侯爵と3人で店主に挨拶をすると、決して快く受け入れてくれたという訳ではないが、深い事情を話さなくともお店の前のスペースを貸してもらえることになった。まあダイヤ侯爵というオーナーが同行しているんだから断れる筈もないんだけどな。


「それでは私とアーツ様は戻りますので、また何かありましたらお声がけください」


「申し訳ございません。色々とお世話になりました」


「いえいえ。私としてはスペード侯爵家は古くからの仲。少々ギクシャクするときもありますが冤罪というのであれば全力でご支援致します。私はこれくらいの事しかできないので、他国の国主様にこのような事をお願するのは大変心苦しいのですが」


「大丈夫ですよ。ではまた何かあったら念話で声をかけますので」


「はい」


 ダイヤ侯爵はそう言ってはにかんでくれた。


「くれぐれも気を付けるのじゃぞ? それに素顔は念の為隠しておいたほうがいい。何があるか分からんからな」


「色々とありがとうございます。仮面か何かを付けて素顔を隠すつもりですよ」


「それならば問題無かろう」


 アーツさんは何やら満足気だった。そして2人と別れた後はお金を払って宿の一室を拝借して準備を進めるのだった。


「お店のイメージはどんな感じにしているの?」


「そうだな。とりあえずお店の前っていう事だから大掛かりにはできないよな。だから横長のテーブルと、椅子2脚を置いて始めてみようかな。悪かったら変えたらいい」


「成程ね! 私に何かできる事ある?」


「じゃあ。これにお店の名前とキャッチコピーを書いてもらおうかな?」


 俺はそう言ってポスターサイズの紙を渡した。


「誰でも強くなれる嘘のような本当の話――かな。イラストは描けたっけ?」


「一応絵は描けるよ」


「じゃあポスターサイズの紙とそれに合う木のプレートを用意しよう」


 木のプレートとセロハンテープで紙を固定した。あとは予備の別の紙を用意して、ミクちゃんが試し描きできるように紙を用意。


「まずはその看板の絵のイメージだよね。ナリユキ君はどういうのイメージしているの?」


「最初に思い浮かんだのは、魔術師が手前側の人に対して念を込めている感じかな~」


「確かにそれだと潜在能力が上がりそうだよね。一回描いてみるね」


 と、ミクちゃんはスラスラと絵を描き始めた。下書きはものの10分ほどで出来上がったので速筆で驚いた。


「凄いな――」


 完成度の高さに驚きだ。


「私、動画撮っていた時は絵コンテを自分で描いたりもしていたらからね。まさかこんなところで役立つとは思わなかったけど」


 決して劇画タッチというわけではなく、ポップで少し可愛らしさも残っているけど、簡易的に描いたにしては満足がいく。


「ナリユキ君はどう思う? 先に私から感想言ってみようか?」


 と、ミクちゃんは俺に問いかけてきた。


「うん。描いた感想教えて」


「正直他にももっと伝えることができるイメージイラストがあると思う。一旦保留でもいいかな。一回私が考えたアイデア描いていい?」


「いいよ」


 俺がそう言って許可をすると、スラスラと書いたのは細身の男から、マッチョの男になったイラストだった。


「これだと目を引いて面白いと思うんだけど」


 そう満面の笑みで言われたのできちぃ。


「う~ん。それだと普通に肉体的に戦闘値が上がるイメージがないか?」


 俺がそう言うとミクちゃんは「確かに」と自分のイラストの下書きを見てぼやいていた。


「確かに目は引くけど、俺が行うのは対魔物の戦闘の立ち回りだからな~。知識が身に付けば、この魔物には何が効くって機転が作れるだろ? 普通の一般人はゴブリンでも手こずる。うちの国にいるような電黒狼ボルト・ウルフ、怪鳥、猪戦士オーク牛獣人ミノタウロスなんか出てみろ、絶対に太刀打ちできずに虐殺されて終わるぞ」


「確かに――」


 と、ミクちゃんは苦笑を浮かべていた。


「そう言った魔物にも対抗できるように知性を共有するんだ。戦い方さえ知っていれば、怯えることは少なくなるだろ? 誰かがやってくれる――なんて思わないはずだ」


「そうか。じゃあ全然イメージと違うね」


「インパクトは大だけどな」


 俺がそう言うとミクちゃんは嬉しそうに「でしょ?」と返してきた。


 そこから色々とイラストを描いてもらった。鎧を着た戦士の頭の中に様々な魔物のイメージが思い浮かんでいるものや、白いローブを着た男が、跪く市民に力を与えているところなどなど。結局これらは意味を成さずにゴーサインが出たのが――。


「これなら良さそうだな」


「本当に大丈夫?」


 ミクちゃんはそう心配していたけど、俺としては満足だった。確かに何人かに誤解を与えるかもしれないけど、イメージとしては一番近いかな。それに目にもつきそうだ。


「まあ、あれだったらまた描き直したらいいさ」


 そう言って俺が許可を出したのは、魔物に怯えていた剣士が、戦いの傷を頬に負っている精悍な顔つきをした剣士が魔物を斬り伏せている絵だった。戦闘値の上げ方の要素のほとんどが、戦闘による経験値と、スキルの種類の豊富さで決まり、小さい要素としては種族としての元々の潜在能力や、身体能力だ。つまりこのイラストならば、経験によって強くなったというメッセージを与えることができるので、俺のイメージとしてはピッタリだ。


「後はこの絵に対するキャッチコピーの配置とお店の名前だな」


 俺はそう言いながら新しく考えたキャッチコピーを眺めていた。


「力が欲しいか? ~簡単に強くなれる方法伝授します~か――シンプルだけど絵にあっているね」


「俺もシンプルだけどこれが一番いいかなって」


「そうだね! お店の名前は【授け屋】――随分と遠回しだね」


「キャッチコピーで何を授けるかが分かるから、お店の名前は逆にふわっとしていてもいいかな」


「成程ね。じゃあこれを入れて」


 そうしてお店の名前と、キャッチコピーを入れてミクちゃんのカラー作業が始まった。そうしている間に日は暮れてしまっていた。


「完成した!」


 ミクちゃんはそうやりきった表情を浮かべていた。俺も宣伝効果がありそうな看板が出来て満足している。


「今日は遅いから明日からにしよう!」


「そうだね! じゃあ晩御飯食べに行こう!」


「おう!」


 俺とミクちゃんは宿を出た。




 


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