第172話 語り継がれる噂Ⅰ

「マカロフ卿。思いつめておりますね」


「それはそうだろ」


「ガープ様の事ですか?」


「確かに残念だと思ってはいるが仕方ないことだ」


 私は屋敷の窓から、雷雨が降り注ぐ外の景色を眺めながら、赤ワインを飲んでいた。すると、メリーザがそのように話しかけてきた。正直なところ、ガープがナリユキ・タテワキにスキルを渡しのが気に食わないが、一番は奴の死が目に見えていたのに、助けることができなかったことだ。立場上、皇帝と手を組んでいたがそれはあくまで上の命令だ。奴はうちの上顧客だったからな。


「それにしては悔しそうな顔をしております」


「そうか。しかしまあ私は上の判断のうえで動いているだけだ。こういった情も時間が経てば消える」


 私は赤ワインを持ったまま、後ろにあるテーブルの方へ移動して腰をかけた。ここは私一人だけの為に用意されたテーブルだ。


「今はこうして時間を忘れるとしよう。私がいくら案を考え提案したところで、上はアードルハイム帝国が壊滅して冷静な判断ができないからな」


「ナリユキ・タテワキはどうするのですか?」


「恐らく戦うことになる。私達にとってマーズベル共和国は邪魔になるからな。しかし、今の私では奴に勝つことはできん」


「私達の全兵力を使っても難しいと思いますか?」


「そうだな。相手の戦力はハッキリ言って強すぎる。うちの兵力じゃどう考えても足りん」


「それにしては焦っていないように見えますが」


「そうだな。理由は噂が本当だったからだ」


「なんの噂でしょうか?」


「カーネル王国にあるカルベリアツリーのダンジョンは知っているな?」


「勿論です」


「それと似たような場所がもう1つあっただろ?」


「――。もしかしてゾーク地下大迷宮のことでしょうか?」


「そうだ。知っての通り、カルベリアツリーのダンジョンは人工的に造られた建造物に対して、ゾーク地下大迷宮は自然に造られたものだ。しかしながら、書物でしかその存在は知られておらず、行ったという人間は誰一人していないので伝説の存在として語り継がれている――が。最近レイがそれを見つけて来た」


「お呼びでしょうか」


 と、名前を出す突如と姿を現す私の部下のレイ。黒装束に身を纏い、いきなり姿を現すことから、日本に昔いたと言われているニンジャを彷彿させる。背中には小太刀を二本備えていることから、日本が好きな外国人なら、サムライ! ニンジャ! と騒ぎ立てるだろう。昔、そんな部下がいたものだ。


「メリーザにアレを渡せ」


「ハッ」


 私の指示で出したアレとはタブレット程の大きさをした精密機械だ。メリーザが右端にあるボタンを押すと、ホログラムでとある国のマップが映し出された。


「ここは!」


 映し出されたのは、私達がいるログウェルと隣国のセガール。そのちょうど境目のセガールに、リベリア遺跡と呼ばれている場所がある。


「そうだ。私の屋敷から50km程のところにゾーク地下大迷宮がある」


「しかし、この辺りに住んでいる凶悪な魔物と、その魔物を従えている戦闘民族が縄張りにいているので近づけなかったはずでは?」


「リーダーであるレイの戦闘数値は4,800。そして従えている部下達は3,000前後だ。合計9人の部隊だが負けるはずがなかろう。そうだなレイ?」


「はい。奴等はすでに私達の配下です。族長に関しては手強かったですが、それでも4,500程。私の相手ではありませんでした」


「流石ですね」


 メリーザはそう小さくレイを称えていた。確かにドルドッフ族の族長は最近就任したばかりで、若いが故に攻撃時の勢いが凄く、リベリア遺跡に近付く者はより減ったという。


「それで、リベリア遺跡にそのゾーク大迷宮があるのですか?」


「そうです。こちらを見て下さい」


 レイがそう言うと、映し出されたホログラムは、リベリア遺跡にある井戸を映し始めた。そしてその井戸の中へ入って行く。100m程下に行くと、巨大な扉が目の前に現れた。その扉には古代文字のようなものが彫られていた。


「行き道はここしかない。普通の人間なら落下して死ぬのがオチだ」


「そういう事だったのですね。例え行けたとしても戻る方法が無ければ」


「餓死して死ぬな。だから見てみろ」


 私がそう言うと、ホログラムは地面を映した。


「これは――」


 メリーザは思わず口を覆ったのだった。何故なら地面には骨が大量にあったからだ。


「ここは元々レンガ造りの地面だったらしいがこの有様だ。レンガの質感は全く見えず、全て人間の骨で埋め尽くされており、骨の地面と姿を変えているようだ。話を聞かなかったのは単純に生きて帰った人間がいないからだ。皆、入る前に死んでいる」


「それだと迷宮に入るのは危険なのでは? カルベリアツリーのダンジョンでは駄目なのですか?」


「駄目だ。カルベリアツリーのダンジョンはカーネル王国の管理下にあるので、気付かれる可能性がある。それにカルベリアツリーのダンジョンに入ったところで、ナリユキ・タテワキやミク・アサギのようなスキルを取得するだけだ。ならば、まだ誰も踏み入れたことが無い大迷宮でスキルのほうが、未知のスキルを習得できる可能性があるだろ?」


「確かにそうですが――」


「なあに。心配ない。メリーザも良かったら付いてくるがいいさ」


「いいのですか?」


「ああ。戦力を強化しないとな」


「かしこまりました。いつ頃出立するのでしょうか?」


「明日だ。上に報告した後に向かう。ワイズとスーにもそう伝えておけ」


「かしこまりました」


「なら、下がっても良いぞ」


「失礼致しました」


 メリーザとレイはそう言い残してこの部屋から出て行った。ナリユキ・タテワキ。いくら強くなっただろうが、ゾーク大迷宮で経験値を積んだ私となれば勝負はどうなるか分からんだろう。平和ボケをしている暇ないぞ。

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