第59話 宴会Ⅰ
地上に上がるとベルゾーグさんは、ハアハアと息を切らし、タツオさんは白目を向いて失神していた。
「何て小娘だ!」
と、どこぞのお笑い芸人ばりの大声を地面に向かって放っていた。
「えへへ。ごめんなさい。でもほら! アリスちゃんは嫌がっていないので結果オーライですよ!」
「いや、ミク殿? アリスはキョロキョロして不安そうなのだが?」
私の服を控えめに摘まんでいた。恐らく魔物で若い方だから、外に出たことが一度も無かったと推測した。
「ああ。もう面倒くさい!」
と、私の口調が荒くなったので、ベルゾーグさんとアリスちゃんがビクっとしていた。あ――ごめんなさい。
「ど――どうされましたか?」
アリスちゃんは顔をふるふるさせて、涙目になりながらジトリと見てきた。
「申し訳ないです。もう何かアリスちゃんに丁寧語を使うのがじれったくて。崩して喋りますね」
「はい! 全然いいですよ!」
と、表情が明るくなったので、
「それではベルゾーグさん。お願いします」
「何をしろというのだ?」
「上に乗せてください」
「……」
「だって、アリスちゃんがいるんですよ?」
「拙者のことを召使いか何かと勘違いしていないか?」
「ベルゾーグさんって体長20mくらいあるじゃないですか。だから歩幅が大きいから着くの早いと思ったんですよ」
「……効率という事か」
「そうです」
えっへんと威張った私にベルゾーグさんは渋々
「タツオも連れ行くぞ。というか巻き込んだんだから、美味しい料理でも提供しようじゃないか」
「あ、そうですね。気絶していますけど」
私はタツオさんを持ってベルゾーグさんの背中に乗った。「大丈夫か?」という質問に応じると、ベルゾーグさんは走り始めた。屋敷までおよそ3kmほどなのであっと言う間に着いた。
ナリユキさんの指示を受けて動き始めてから2時間半くらいは経っていたので陽は沈んでいるけど、屋敷周辺の景観は全くの別物になっていた。
「流石ナリユキさん。もうこんなに家を建てたんですね。それに
「手から何でも出せるというのは凄いな」
その声に反応し、こっちに向かって軽く手を挙げて無言の「よう」とサインを送ってくれるナリユキさん。
感触では屋敷はもっと奥だったはずだけど、湖の近くにまで、ナリユキさんは家を建ていた。当然辺りの木は無くなっているので、見晴らしがいい。そして、驚く事に高さ50mくらいはありそうな巨大な時計塔まで出来ている。一見、生産性が無さそうだけれど私には解る。この時計塔はその圧倒的な存在感は嫌でも目に止まる。つまり、観光客がここの時計台を観光スポットと断定してしまうので、先日に出していた風車と同じ効果を発揮する。
「凄いですね」
と、アリスちゃんは目を光らせていたので、ベルゾーグさんの背中から降りることにした。
ベルゾーグさんも配慮してくれたのか、直ぐに
「成程。その女の子が
「始めまして、アリスと申します」
アリスちゃんはぺこりと可愛らしく挨拶をすると。
「始めまして。ナリユキ・タテワキと申します。お忙しいなかご足労頂き誠にありがとうございます」
ナリユキさんはそう紹介した後、ニッと笑みを浮かべていた。
「凄く自然で物腰が柔らかい人ですね」
嘘を見抜くことができるアリスちゃんとっては驚きだったのだろう。嫌々とか、相手の事を実は下に見ていると、話し方で違和感が出てくるので、アリスちゃんならそれを見逃すはずがない。何故そのような事態が起きるかと言うと、容姿が童顔だから、可愛いくて妹的な第一印象を受けてしまい、挙動にどこか違和感が出る。そう私にみたいに――。しかし、ナリユキさんは営業をしていたから、相手を敬い接しているので違和感が無い。
このように自然にできる大人はやっぱり格好いい。
「で? 他の
「いないですね連行してきたので」
「連行? 無理やり連れてきたのか? らしくもない」
「まあ。色々とあったんですよね。そのうち追いかけてくるかも」
「あらら。アリスさんはそれで大丈夫なんですか?」
「はい! 私は一度お会いしたかったので! あと、一度もお外に出たことが無かったので、私としてはこのような機会を頂き大変嬉しく思っています」
「そうでしたか! では宴に参加していただけませんか? 人間、獣人、
「タツノオトシゴ?」
ベルゾーグさんとアリスちゃんは首を傾げたが、気絶しているのは一名だけなので、ベルゾーグさんがおんぶで背負っているタツオさんの事を言っているのは皆分かっていた。なのでタツオさんに皆の視線が集まっていた。
「さあ行こうぜ。今日もよく働いた。定時だ定時」
そう言ってナリユキさんは背を向けて時計台の方へ向かいながら、「さあ宴をするぞ!」と、余った木を片付けている人間、獣人、
「いい人ですね」
アリスちゃんがそう言ってくれたので、私は何とも言えない高揚感に包まれた。
「でしょ? さあ行きしょう!」
アリスちゃんの手を引っ張りながら夕陽に向かって走り始めた。
ロクな学生生活を送っておらず、世間一般でいう青春を謳歌していなかった私からすれば、今はまさに人生で一番青春しているのかもしれない。
今なら言える。辛いことばかりじゃないんだよって。火事で苦しみながら死ぬかと思えば、気が付くとここに来ていた。一度死んだお蔭で楽しめているんだ。そして何より、ナリユキさんに出会えたことが凄く凄く良かった。
そう思うと、幸せな気持ちでいっぱいになった。
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