【第八話】スラム街 ⑤

「今から────このメンバーで団を組み、この街のありとあらゆる食料を掻っ払う。黙って指示に従え」



場が、シン────ッと静まった。


皆口を半開きにして、信じられなさそうな、小馬鹿にしたような顔をしている。


あまりに突然で、何もかもの一切合切の全てが意味不明だからだ。


経緯も理由も説明していない中でそんなことをいきなり言われれば、誰だってそうなる。


いかにリーダーとなる人間から呼ばれたとはいっても、初対面の、それもこんな見窄らしい格好をした男にいきなりそれんなことを言われた所で、従う義理など毛頭なかった。


そして、


男を除く7人の内の1人が口を開く。



「ふ、ふざけんなよ、お前……ッ!!い、いきなり来て、何を意味の分からないことを……ッ!!」


「なら死ね────」



ザシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!



一瞬だった。


恭司は一瞬にしてその一人との距離を詰めると、流れるようにその首を斬ったのだ。


あまりに早くて速い、人の心の隙間を狙ったが如き、神業のような瞬殺技────。


首から大量の鮮血が宙を舞い、残されたメンバーは皆して言葉を失っている。


何が起きたのか…………まるで分からなかった。


それほど、あっという間だったのだ。



「お、お前…………い、一体……何を…………」



恐怖に体を震わせながら、メンバーの一人が口を開く。


事態が急展開すぎて、誰も状況が理解できていないのだ。


恭司を連れてきたリーダーすらもが、口をパクパクさせて驚きに目を大きくしている。


まさか、いきなりこんな展開になるとは思っていなかった。


恭司に頼まれたから連れてきたにもかかわらず、その自分の仲間の一人をこうもアッサリと殺してしまうなんて、流石に予想外だったのだ。


恭司はそんな中、何も動じず、何も感じず…………まるで何でもなかったかのように、ジックリと残りのメンバーの反応を窺う。


殺されなかった残りのメンバーは、このあまりの事態に理解が追いていない様子だった。


何をどうすればいいのかすら分からなくているのだろう。


そもそも『殺人』自体が、彼らからすれば『非現実』そのものなのだ。


恭司は笑う。



「なるほど…………。これはこれで、良いデモンストレーションになったな。逆らえばこうなるということを相手に効率よく伝えることが出来ただろう。犠牲が一人で"良かった"」



恭司は一人でウンウンと頷いた。


"恭司からすれば"、上出来の成果だ。


だが、そこに…………


残りのメンバーの内の一人が震えながら口を開く。



「よ、"良かった"…………?"良かった"だって…………?アンタは今、仲間に勧誘した人間を、自分の意にそぐわないからと言って無慈悲に殺したんだぞ…………。そいつと共にやってきた、お、俺たちの…………め、目の前で…………」



その声には恐怖と同時に、怒りも混じっていた。


こんな理不尽が罷り通っていいはずはないのだ。


男たちも普段から決して良いことをしているわけではないし、犯罪もしょっちゅう犯してはいるが、流石にここまで酷いことはしていない。


指示に従えと言われても、こんな形で言われれば信頼も何も無いのだ。


反発するのは当たり前と言える。


しかし、


恭司はそれを聞いて、ただただ無機質で冷徹な表情を浮かべていた。


そして────。


事態はまたしても急展開を迎える。



「それがどうかしたか…………?結局、お前も反発ってことなんだろう…………。あいにくだが、俺にはここで悠長に説得なんてしてる時間はないんだ────」


「え………………?」



ザシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!



恭司は素早く、その男の首を斬った。


たった2回の、会話が少しも進んでいない中でのやり取り────。


男の首から勢いよく血が噴射され、廃屋の中が男の血で真っ赤に染め上げられていく。



「「「う、ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!」」」



残り5人となった彼らは、その光景を見て、恐怖に身を震わせた。


これで2人目────。


さっきから、恭司は人を殺すことに躊躇が無さすぎる。


葛藤も覚悟も快楽も狂気も、何もない────。


ただただ普段の『日常』であるかのような仕草で、殺人を犯しまくっている。


恭司は本当に…………"何も感じていない"のだ。


人を殺すことに対して、何も感情が動いていない。


普通なら色々と考えるものだろう。


人殺しに葛藤を抱えたり、その業を背負うと覚悟したり…………


あるいは、


人殺しをエンターテイメントとして楽しむ者や、狂気に走って行う者もいるだろう。


だが…………


恭司はそのどれにも当てはまらない。


食事や排泄と同じ────。


極々当然に、日常的な普通の風景として、何一つ心動かされぬまま恭司は当たり前のように人の命を奪うのだ。


壊れている。


倫理観が、価値観が、全てが────。


同じ人族を相手にしているとは到底思えなかった。


別に感情を失っているわけでもない以上、単に心からどうでもよく思っているのだ。


恭司はそんな中、次の言葉を発する。



「他に…………何か物申したい奴はいるか…………?」



恭司は再び彼らを見回した。


ここで一気に篩にかけるつもりだ。


しかし、


彼らは皆が皆、露骨に目を逸らし、恭司に意識を向けられないよう全力で祈っている。


選択肢なんて…………あってないようなものだった。


こんな状況でマトモに正論などぶつけられるわけがないのだ。


歯向かったら即座に殺されるこの状況で、言いたいことがあっても言えるはずなどない。


あまりに横暴で────。


あまりに残虐で────。


あまりに一方的で、暴力的────。


人としてはあからさまなほどに最悪の行為だった。


こんなもの、認めていいはずがない。


コレを認めてしまっては、既に殺された仲間たちにあの世で顔向け出来ないのだ。


すると…………



「あ、あの…………。恐れながら、ひ、一つだけ…………よ、よろしいですかい…………?旦那…………」



このメンバーのリーダーである男が、恐る恐る手を上げた。


この状況の中での発言はなかなか勇気のある行動だ。


自分の仲間をここに連れてきた者として責任を感じているのかもしれない。


とんでもないモノを、連れてきてしまった────。



「ん…………?あぁ、お前か。別に構わないぞ…………?この短期間で5人も人を集められたのはお前のおかげだからな。多少の無礼は許してやる」


「あ、ありがとうごぜえやす…………。あの、実はさっき…………仲間を呼び集めている時に、騎士の奴らが街中を走り回ってるのを見たんですがね……。その騎士曰く、『ロアフィールド家で兵士や騎士を"100人以上"殺して脱獄した奴』を追っているってェ話だったんです…………。ま、まさか…………まさかとは、思いやすが…………」



男の言葉に、恭司はニヤリと笑った。


冷えるような空気感に────。


体中を震え上がらせる絶望感────。


恭司は殺意と狂気を顔面に貼り付けると、冷たい殺気と共に、言葉を発する。



「あぁ、そうだ…………。俺が、『カザル・ロアフィールド』だ────」


「「「ひ…………ッ!!!!」」」



そこにいた全員に、緊張が走り回った。


ロアフィールドの屋敷で、兵士や騎士を100人以上殺してきた男────。


呼吸が荒れ、状況の理解に頭がオーバーヒートする。


ロアフィールド家は、それこそ『四大貴族』と呼ばれるくらいには世界有数の大貴族だ。


そんな貴族に勤めている兵士が、低レベルであるはずがない。


『縦斬り』や『横斬り』は勿論、他のスキルやステータス補正を身につけていたとしてもおかしくないだろう。


そんな兵士たちを100人以上殺して脱獄してきたなど、およそ人としては考えられないことだった。


今、男たちの目の前にいるこの人物は、それほどのことを成してきた怪物なのだ。


逃げることなど出来るはずもない。


顔もしっかりと覚えられてしまったことだろう。


騎士たちに通報すればいくらかのお金は手に入るかもしれないが、仮にそんなことをした場合、自分たちの身の安全が心配だった。


恭司がそのままやられてくれればいいが、もし、生き延びた場合────。


騎士から逃げおおせてしまった場合────。


自分たちの命が、今後どうなるかは分かったものではないのだ。


本当に命懸けとなる。


仮に恭司が生き延びて、裏切ったことへの復讐に動かれでもすれば、ここにいる全員がなす術もなく皆殺しにされてしまうことだろう。


それほどの実力差だ。


自分たちに近しい者も殺されるに違いない。


集められたメンバーたちは結局、首を縦に振ることしか出来なかった。


命あっての物種────。


失敗すれば、一生背後を気にしながら生きなければならなくなるかもしれない。


そんな展開は嫌だ。


恭司はそんな彼らの様子を見ると、満足気に頷く。



「なら、とりあえず作戦会議といこうか────。俺はこの地に疎いから、色々と教えてくれ」


「「「…………………………」」」



恭司は彼らからこの辺りでターゲットになりそうな所を一通り聞くと、早速動き出すことにした。


おそらく街では今頃、上級職の人間が血眼になって恭司…………いや、カザルのことを探し回っていることだろう。


しかし、


それでも尚、関係ない。


もう我慢ならないのだ。


早く力を身に付けたくて仕方がない。


それに、


時間が経てば経つほど街の警戒も厳重になってしまうのは目に見えていた。


こういうことは早い方がいいのだ。


脱獄初日である今日の、総仕上げ────。


これから長い長い夜の、始まりだった。



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