【第ニ話】スキルと職業 ②

朝がきた────。


この牢屋では明暗の違いはないが、恭司は体感でそれを分かっていた。


昨日散々吐きまくって叫んだこともあって、かなり熟睡したようだ。


おそらく疲れていたのだろう。


元々カザルは自殺する手前────正確には自殺した時の状況だったのだ。


精神的に追い詰められていたのは間違いないし、今日処刑されるという恐怖に耐えられなかったと見える。


今となっては恭司の精神だけが表に出ている状態だが、その直前まで、カザルはずっと苦しみ続けていたのだ。



「まぁ、そのおかげで今の俺にチャンスが生まれたわけだが…………」



恭司は立ち上がって、体の調子を確かめてみる。


よく寝たおかげで、体調自体はそれなりに万全そうだった。


これなら、体力の続く限りは動き回ることが出来るだろう。


ただ…………



グゥ~~~〜〜~…………



腹の虫が鳴く。


色々あったせいで、腹は減った。



「いつも食事は兵士がここまで持ってくるんだったな。といっても…………いつもくるのは固いパンと野菜クズだらけのスープのみで、正直、あまり美味しくはなかったが…………」



恭司はカザルの記憶を辿って、いつもの食事と味を思い出す。


すると、


前に見えている石造りの階段から、足音が聞こえてきた。


噂をすればという奴だろう。


朝ごはんの時間だ。



「おい、起きているか…………?」



現れたのは予想通り兵士だった。


トレイを片手で持ち、その上に皿が置かれている。


だが、


その皿の上にある物はいつもとは少し違っていた。


新鮮な肉や野菜が豪勢に盛り付けられている。


元の世界のものと比べてもかなり良い部類に入るだろう。


今までのカザルの記憶には全くなかったものだ。


流石に処刑当日で毒ということもないだろうし、純粋に豪華で美味しそうな食事に見える。



「この朝飯はお前にとっては最後の晩餐になるからな…………。特別、いつもより良いものを持ってきてやったぞ…………?『スバル』様のご恩情だ。ありがたく頂くんだな」



兵士はそう言うと、トレイを持っている方とは逆の手をポケットに突っ込み、鍵を取り出した。


そして、


何の警戒心もないままに、牢屋の鍵を開ける。


恭司はその様子を、ずっと見ていた。


恭司のいた世界では考えられないほどの愚行────。


これから処刑当日の囚人を相手にするというのに、呑気なものだ。


おそらくは『無能者』相手だからと油断し尽くしているのだろう。


兵士は今、片手をトレイに塞がれたまま、もう片方の手は鍵を持っている。



(わざわざ両手を塞いだまま無防備に開けてくるとは…………。舐められたものだ)



「さぁ、よく味わって……」



グキィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッ!!



一瞬のことだった。


恭司は兵士が近づいてきた瞬間に、素早い動きでその喉を潰したのだ。


非力なカザルの体でも、全力でやれば喉くらいは潰せる。


カラン────と、トレイの落ちる音だけが響いて、兵士は前のめりに倒れ込んだ。



「あ、アガ…………ッ!!ガァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!」



低い呻き声が牢屋に充満する。


突然やって来た痛みと息苦しさに、兵士は思わず首を押さえてうずくまった。


まるで予想外だったのだろう。


目をカッと見開き、驚きと疑問に満ちた表情だ。


未だに、何が起こったのかすら分かっていない。


上目遣いに恭司を睨み付け、ただ言葉にならない声を上げるのみだった。


恭司は悪魔的な笑みを浮かべる。


豪華な食事に、間抜けな兵士────。


出だしとしては好調だ。


今日はとても、運がいい。



「カザルの体では素手で殺るのはちょっとキツかったからな…………。バカで助かったよ。しかも…………こんな良い物まで用意してくれて…………」



恭司はそう言いながら、兵士の腰の剣を奪い取った。


刀身を抜き放ち、上に高らかと振り上げる。


銀色の刀身がキラリと光って、なかなか高級な武器を使っているようだ。



「あ、アガァァァァァァァァァァァッ!!ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…………ッ!!アアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!」



兵士の声は恐怖と怨嗟に満ち満ちていた。


しかし、


喉が潰されていてはそう大きくも高くも声を出すことはできない。


恭司は笑う────。


昨日からずっと体が疼いて仕方なかったのだ。


恭司は笑いながら、その刃を兵士の心臓近くに突き立てる。



「ァ、ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…………ッ!!」



何度も────。


何度も刺した。


ザク……ッ!!ザク……ッ!!と、刃が体に刺さる音が何度も牢屋に充満し、男の声にならない声がそこに重なる。


それは何度も続いた。


せっかくの初陣なのだ。


カザルの受けてきた屈辱と痛みは、恭司にとっては一応『自分』のことになる。


痛みも恥辱も悲しみも怒りも全て体感的にも記憶しているのだから当然のことだ。


耐えられたのは、単に転生した恭司がそういった経験に強かっただけに過ぎない。


だから…………


最初くらいは、遊んだっていいだろう。


他の兵士に異変を気付かれるリスクを負ったとしても、これくらいは許されるだろう。


なんせ、10年も虐待され続けてきた怨みなのだ。


恭司もそれを我が事として体験させられたし、その程度は構わないはずだ。


そして…………


突き刺し始めて約5分────。


兵士はとうとう、息絶えるに至った。



「あぁ、でも…………食事は落ちる前に確保しておくべきだったな…………」



あまりに大チャンスだったために思わず実行してしまったが、せっかくの豪華な食事が地面に落ちてしまっていた。


良質な肉や野菜が、無惨にも下に転げ落ちてしまっている。


トレイから下向きに盛大に落ちたから、埃や汚れが多分に付いてしまっているだろう。


だが、


それでも食えないわけじゃない。


恭司は落ちた料理を拾うと、その場で食事を始めることにした。


昨日自分の吐き散らした牢屋の中で、兵士の死体を横にしながら、平然と肉や野菜を頬張る。


これから大事な行事が待っているのだ。


こんな状況でも、エネルギーは少しでも多く摂取しておかなくてはならなかった。



「ふぅ…………。これからどうするかねぇ…………」



食事を終えると、恭司は一人呟く。


このまま黙って処刑されてやるつもりは勿論ないし、今までカザルに酷い仕打ちをしてきた奴らに復讐もしてやらなくてはならなかった。


自分の前身をこうまでやってくれたのだ。


お返しは全てキッチリやってやらないと気が済まない。


しかし、


今それを成すには、カザルの体はあまりにも貧弱すぎていた。


恭司がいくら前世の技能を覚えていたとしても、それを扱う土台が無ければ宝の持ち腐れだ。


せめて…………かつての自分の『基本技』くらいは、使えるようになっておかなければならない。



「というか…………この体だと、剣を持つのすら辛いんだが…………。15歳にもなって剣1本マトモに持てないとか有り得ないだろう…………。体作りはこれからの最優先事項だな」



恭司はそう言うと、既に息絶えた兵士の懐を漁り始めた。


剣だとこの先難しそうだ。


他に、扱いやすい武器が必要になる。



「おっ、あったあった」



そう、ナイフだ。


このカザルの体でも扱えて、尚且つ武器としても優秀な力を発揮できる。


他にもお金や装備品など、カザルでも持ち運べそうな物は何でも頂いた。


防具だけは口惜しかったが、この体だと身に付けただけで押しつぶされてしまう可能性が高いし、何より動いた時の音が邪魔だ。


今はとりあえず捨て置くしかない。



「まぁ…………防具は前世の時の俺もあんまり身につけてなかったしな」



そうして────。


恭司は兵士からいただける物を全て懐にしまうと、立ち上がった。


喉を潰したから声は響いていないと思うが、そろそろこの兵士が戻らないことを不審に思われてもおかしくない。


それに、


この兵士程度のレベルならナイフだけでも十分に対処できるはずだ。


恭司は牢屋から出ると、階段を上り始める。


とうとう、ここを出るのだ。


当面の目標は、『ここから脱出し、生き延びること』────。


今はとにかく体制を整えなければならない。


復讐は、そこで準備を完全にしてからだ。



「さぁ…………開幕といこう」



恭司は悪魔のような笑みを浮かべながら、地下を出て、1階へと上がっていった。



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