シシリアとジューシーな侯爵さま

来栖もよもよ

18にして天涯孤独の無一文ハードモード。

「……ど、どういう事ですの?」

 

 

 両親が馬車の転落事故で他界し、先週葬儀も終わったばかり。屋敷に現れた父の親しかった仕事相手は申し訳なさそうにシシリアに、

 

「屋敷が売りに出されるので、月末までに荷物をまとめて出ていって欲しい」

 

 と告げたのだ。

 

 

 

 

「シシリアには伝えてなかったんだろうけど、彼にはかなり借金があってね……あ、いや彼の名誉のためにこれだけは言っておきたいが、決して賭博などで散財をしたなどという疚しい話ではなくてね──」

 

 

 我がアーク子爵家の領地では、去年の大雨でかなりの畑の収穫に甚大な被害があり、食べるには困らないもののさほど裕福でもなかった我が家は大打撃を受けた。

 

 そして、長い付き合いの仕事相手に借金をし、肥料や苗を購入。今年の収穫から随時返済をする流れになっていたらしい。

 

「伯爵家だったらね、まだシシリアが後を継いで婿を貰って領地を守り、代わりに借金を返して行くという方法もあったんだけどね。

 1代限りの子爵家だし、領地は国に返納される。

 残るのは屋敷と屋敷の中の家具ぐらいだ。

 全額は戻って来なくても、売ってお金にしないと私たちもさほどゆとりがある生活ではないからね」

 

 

 お金を融資してくれた人たちは、別に悪魔でも何でもない。貸したお金が返って来ないというのは辛い。

 それも逃げ出したのならともかく、亡くなったのであればどうしようもない。

 

 本来なら平民になる私だって娼館に売ってお金に変えたいところだろう。

 

 だが、流石に真面目で人情味のあった父である。

 自分たちが辛い時期に助けて貰った事もあったので、両親を亡くして天涯孤独になった娘にまで責任を押しつけるのは非人道的であると、8割方は回収出来るであろう屋敷と家財道具の売買のみで手を打ったという話らしい。

 

 申し訳ないがこちらとしては大変有り難い話だ。

 亡くなった父の日頃の行いには感謝しかない。

 

 

 だが、月末までと言われても、あと2週間ちょっとなのである。

 

 住み込みの仕事を探すにしても、果たして元貴族のろくな技術もないような女を喜んで雇ってくれる所がすぐ見つかるだろうか。

 

「あの、お話は分かりましたけれども、直ぐに住み込みの仕事が見つかるか分かりません。せめて来月末ですとかにはなりませんでしょうか?」


 少しは両親と暮らした家に別れを告げる時間も欲しい。だが、ルーツのおじ様は首を振って、

 

「済まないシシリア。

 家は直ぐに売れる物でもないし、リフォームなどが必要な所は業者を入れて、なるべく早く高く売りたいのだ。これでもギリギリ延ばしたのだよ」

 

「……そうでしたの。

 お気遣い誠に感謝致しますわ。

 それでは早急に荷物をまとめ、仕事を探して出ていきますわね。あ、でも使用人は……」

 

 小さな屋敷ではあるが、メイドとコックと執事の3名は雇っている。

 

「大丈夫だよ。仕事の取引先で人手が足りてない伯爵家があったから、シシリアが出ていってから、そちらで雇ってくれるよう話はつけてある」

 

 1人残された18歳の世間知らずの娘に出来る限り力になってくれようとしたのだろう。小さな頃から可愛がってくれたルーツおじ様は本当にいい人だった。

 

「お手を煩わせてしまい申し訳ございません。

 他の方々にもお詫びをしたいのですが……」

 

「いいよいいよ、私に一任されているから。

 シシリアはまず自分の生活を優先にしないとね。

 私が職業斡旋所の紹介状を書いてあるから、行ってごらん。何かしらは仕事を紹介してくれる筈だよ。

 これくらいしか力になれず申し訳ない」

 

 そう言うと居間のソファーから立ち上がった。

 

「ありがとうございますおじ様」

 

 外まで見送り、ルーツおじ様の乗った馬車が見えなくなるまで頭を下げていた私は、心配げに見守っていたメイドのイライザに笑顔を見せた。

 

「良かったわ、あなたたちが路頭に迷わなくて済んで」

 

「シシリアお嬢様……」

 

「お別れまであと少しだけど、それまでお願いね」

 

 涙もろいイライザは目を潤ませて頷いた。

 

「ちょっと部屋で休むわ。これからの事を考えないといけないし。夕食まで一人にしておいてくれる?」

 

「かしこまりました」

 

 

 私は自室に戻ると、ベッドに腰掛けて、深く深く溜め息をついた。

 そして、余りに目まぐるしい現実に頭からざーっと血が下がるような感覚がして、一気に視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

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