第18話 もう一人の候補者

少しばかり、時間軸を遡りさかのぼり―――ニンゲンの王が、魔族の王を討ち平らげたよりも以前にして、かの『四義姉妹』達が“契り”を交わしたよりも後の事にて。


        * * * * * * * * * *


“その者”――の固有領域には、種々様々な草花そうか―――植物が咲き乱れ、植生していたものでした。


小さく可愛らしい“花”……    花びら大きく見目麗しい“花”……

匂い香かぐわしい“花”に―――    世にも珍しい希少性のある“花”―――


しかし、花には、こうした好印象のモノばかりではありませんでした。


なかには、他の者を“捕食”する“花”や―――毒性の強い“花”……はたまたは、“疫病”にもにた効果をもたらせるモノまで―――


そう……一口に“花”とは言っても、その種類は千差万別―――天文学的な数値に至るのです。


そんな“花”達の特徴を捉え、自分の“智”としていた『魔女』こそ―――


「少し……宜しいですかな―――【東】の……」


「(あら……)あなたは―――どうしたのです、また珍しい……」


【東の魔女】を訪ったおとなった者こそ、【西の魔女】その人でした。

しかしそう、西の魔女が東の魔女を直接訪れたというのも―――……

以前、西の魔女自身を含める4人と『義姉妹』の“契り”を交わし、それからすぐ後にまた2人……

そして今回、“最後の一人”を―――とした時、その候補の一人として挙げられたのが東の魔女だったのです。


それに、西の魔女と東の魔女―――彼女達2人は互いに共感し合う処が多かったと見られ、その結びつきは既に2500年を経ようとしていたのです。


「それ―――で? 今日はまた、どうしたご用向きで?」


「うむ……少しばかり話しがございまして―――な。」


「“話し”―――とは?」


「うむ、そなたはもし今代が斃れたおれられたとしたら、その身の処し方―――いかがされるおつもりかな?」


「“もし”―――つまりそれは、仮定でのお話しですね?」



ここ最近の話題の一つとして、今代の行く末はそんなに長くはない……事が、もう既に見通されつつある―――

今、西の魔女は“もし”と言ってはいるが、遅かれ早かれ“そう”なることは想定されている事なのだろう……

それに聡いさとい者は、既に“次代”を狙ってのその活動を始めている者すらいると言う……。


そう―――このわたくしの様に……。



東の魔女も、“次代”を狙う者の一人でありました。

それに、その動機もどうやら―――……


「わたくしは、“次代”の候補に名乗りを上げる所存に御座います。」


「(ふむ……やはり―――な。)して……なぜなのですかな?」


「西の魔女……あなた程の方でも、この現状に満足なのですか?」


今までは、懐かしき友を迎え入れる時の優しき相好―――だったものを、次代の候補の名乗りを上げる動機を聞いてきた時、鋭い眼差しを返してきた―――

しかして、そう……東の魔女の動機と言うのは―――


「このまま……醜い争いが続けば、明るい未来は巡ってくるどころか、この世界はいずれ滅んでしまう事になるでしょう……。

わたくし達の“誰か”が、今ここで動かなければ、こうした状況はこれからも変わることなく続くと思います。


けれど……そう、“誰か”がやらなければ―――しかしもう、他人任せにしても何も変わりはしないでしょう……。

だからこそ、その“誰か”こそ、わたくしがやらなければならない……そう思っただけです。」


自分の……固い意志とも取れる、「所信表明」を聞いてもらった時―――西の魔女の口角は、少し上がっていました。



まるで、笑っている―――……

そうでしょうね……今までも変わってこなかった―――現状維持の魔族かわってこなかったわたくしたち……

それを、わたくしは変えようとしている―――

けれどあなただけは、そんなわたくしのことを理解わかってくれている……そう思っていましたのに―――残念です……。



その時の西の魔女の表情は、少し笑っているかのようにも見えました。

そう……確かに、“笑”ってはいたのですが、何もそれはユリアの固い意思を“笑”って”いたのではなく……


「フフフ―――なるほどな、さすがは東の魔女殿じゃ……妾の見込みに、狂いはなかった……。」


そう……西の魔女は、東の魔女の『次代になろうとしている意志』を“笑”っていたのではなく……その志を、賛同しているかのようだったのです。


ところが……次の西の魔女の言葉に、我が耳を疑うこととなるのです。


「が……しかし―――その意思表明、今は取り下げてもらえぬじゃろうか。」


「(えっ……?)何故です―――先程あなたは、わたくしの志をお認めになったではありませんか!?」


「そうじゃな……確かに妾は、そなたの『次代にならんとするその意志』に、賛同はした……」


「それでは―――?!」


「じゃが……な、ならばこそ―――妾はそなたの志を支えてやれぬのじゃ。」


なんと……西の魔女の口からは、東の魔女が次代の魔王に成ろうとしている事から身を引くように促してきたのです。

けれどそう……その言葉とは裏腹に、西の魔女は東の魔女の志を、他の誰よりも認めていた―――にも拘らず……。


ではなぜ、東の魔女に『身を引く』ように促してきたのか―――……


「そなた―――“次代”に就いたとして、始めに何を為そうとしておるのじゃ。」


「それは―――……このわたくしに備わる“固有能力”―――『フィトン・チッド』を使い、わたくしの下す命への服従を誓わせます。」


「(……)ほう―――して、従わぬ者には……?」


「“安らかなる死”を―――」


「ふむ……して、服従をさせた上で、どうなされるおつもりか―――?」


「ニンゲンとの“決戦”を―――」


そう……魔族―――

この西の魔女よりも心優しいとしていた東の魔女でさえも、そうした判断しか出来なかった……。

それはそれで、『正しく』もあり、また……『間違い』でもあった―――

しかし、だからこそ西の魔女は―――


「フフ―――なるほどな……まことそなたらしい……。

その判断に至るまでは、さぞや苦痛を伴われたであろう。

だがしかし……じゃ、それではいかん―――」


「えっ……どう言う事なのです?」


「それではいかん―――それでは、ニンゲン共との戦争を、終わらせることなど出来はせぬ。」


「ならば、どうしろと―――?!」


「ならばこそ、妾はそなたを支えてやれぬ。

良いか東の魔女殿、そなたの志は誰よりも妾は理解をしておる。

―――が、そなたの志を聞く以前、妾はそなたよりも先征く者の志を聞いてしまっておるのじゃ。


その者はこう仰っていた―――『自分が魔王へと就いた暁には、ニンゲンとの戦争を回避するため、即時停止する』……と、な。」


それこそは衝撃―――それこそは、衝撃……でした。

この自分でさえ、自身が持ちうる顕現チカラを解放して、他の魔族への意思介入をし―――全魔族の“総力”を以てもって、対抗するニンゲンの勢力と最終決着をつけようとしていた……

それを、西の魔女が推薦しようとしている者は、魔王登極を果たした時点から戦争と言う愚かしい行為の即時停止―――

つまりは姑息的手段ではあるものの、かたちの上だけではそうしたものがなくなる……?


『その御方は―――』と、東の魔女が訊くと、西の魔女は何も言わず……しかし東の魔女の右手を取ると、その掌に“何か”を記したのです。


            * * * * * * * *


それからしばらくが経ち―――


東の魔女はある場所……街道外れの森の中にひっそりと佇むたたずむ、あの『お屋敷』に―――



ここに……西の魔女が支えんとしている方が―――

そして、このわたくしに対抗しうる候補の一人が―――



西の魔女が自分の固有領域を訪れた際、示唆された場所―――

そしてその屋敷の扉を叩く―――も……?


「(……あら?)―――留守なのかしら?」


西の魔女より自分の右の掌に落とされたモノを頼りに目的地へと着き、その屋敷に入る為の所作を教えられた通りに実行するも―――


屋敷の主人からは何の返事もなかった……


それで留守なのか―――と思い、少し失礼とは思いながらも屋敷の敷地内を巡っていたら……


「(お庭―――それに、手入れが良く行き届いている……。

しかもよく見てみれば、人の手での繁殖が難しいとされている『クレイン・シャクナゲ』がこんなにも……。)」


その屋敷の裏手には、ほんの気持ちばかりの“庭”があり、そこで自分と同じように植物の試行が行われているような雰囲気があった……

それに、自分でも最近その繁殖に成功していた“しゅ”が、自分以上に育てられていた……

東の魔女は、その事に嬉しくもあり、またねたましくもありました。



このわたくし以上に、植物の事に関して精通した方が居られるとは……



自分以上に、この世界の植物の事に関し詳しい者はいない―――そう自負していたからこそ愉悦に浸れたと言うのに……

そうした“羨望”“嫉妬”もまた、魔族の特権のようなものでした。

それに、そういうものが強く―――また自分を奮起する材料ともなれる……より深くの、知識を追い求める動機ともなれるのです。


それはそれとして、来客が来ている事をようやく知ったものか、この屋敷の主人が―――


「おや? 誰か訪ねて来られていたようだね。

いや、すまない―――ここ最近は、“この子”につきっきりでね。」


「いえ、わたく―――(!!!!)  そ……“それ”―――は??」


この屋敷の庭にある“小屋”から出てきたものと思われた“女性”―――その女性の手には、一つの“鉢植え”が……。

しかしその鉢植えの植物を見るなり、東の魔女は絶句してしまったのです。


『モウセン・ヒソクサリ』―――猛毒で知られ、花をつける時期になると周辺半径10km圏内にいる生物は、立ち待ちの内に死に絶えるのだとか……

しかもその芳香りかおりは生物を引き寄せる甘い芳香りかおりがし、本能では危険が判っておきながらも近づかざるを得ない……

この世界に於いての、特級の危険性植物―――その、猛毒で知られる植物が、花をつけている……、その“毒性”が―――??


「(信じ……られない……毒性を―――??)

そ……―――は……どうなされたのです……?」


「うん?ああ―――“この子”かい? うん……ちょっとね、この私が興味惹かれた論文があってね。

それを実証させようとして―――このたび成功した……いや―――大したものだ、この植物の猛毒性は私でも知っていたが、その論文を書いた人は、恐らく自分の身に降りかかる危険を省みず、まだその先にある「可能性」を求めたのだろうね―――」



この方は……正気なのだろうか―――?

あの論説は、学会に提出する期日が差し迫っていたため、まだ前提の論証もままならないままに提出したもののはずなのに―――

確かに毒性を中和させる“説”はいくらでもあった―――その“説”の論証が立っている部分だけを取り上げ、組み上げただけのもののはず……なのに―――


それを―――先んじて実行に移すなどと……



東の魔女は、その猛毒植物の危険性をよく知る“一人者”でもあっただけに、「学会」と言う智の権威に提出しただけで鵜呑みとし、この屋敷の主人に対し、さながらにして驚嘆すらしていたのです。


しかし―――それだけならまだしも……


「そう言えば、あの論文を書いた人―――誰だったかなぁ……

一度お会いして、その方の“智”と交わってみたいものだ。」



わたくしは……その論文を書いた者の事を、知っている―――



「ああ―――そうだ……確か…………」



何しろ、その論文を書いたのは―――



             「ユリア」



わたくし自身なのだから―――………



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