第17話 深夜の出来事

「え~~~と、確か、この辺りだったと思ったんだけどなぁ~……。――お、あった、あった♪」


 そんなことを呟きながら、壁に掛けられていた名のある絵師が描いたと思われる絵画を外し、これまた自前の風呂敷袋の中へとしまい込んでいく。

 

 深夜――。

 この家の住人どもが寝静まったのを見計らって、昼間のうちに目星をつけておいた美術品のいくつかをかっぱら――もとい、お土産として頂戴すべく屋敷の中を散策していたところ、薄く開いたドアから灯が仄かに漏れるのと同じく、何やら人の話し声が漏れ聞こえてくるではないか。


「――ふむ、その件については、僕もそう思うぞ……」


 あん? こんな時間に、まだ起きてるヤツがいたんかよ?


 そんな声に俺はバレない様にしながらも、ドア越しから中の様子をそっと覗き見てみたところ、


「――!」


 そこにいたのは朝飯時にエラソーに喚き散らしていた例の次男豚くんとその御付きの執事と思しきじーさんの姿だった。


「――そうかそうか、ブヒャヒャヒャヒャ♪」


 おーおー、相も変わらずきったねー唾飛ばしまくってやがんなぁ~、この豚だきゃあ……。

 にしても、いくら自分の家とはいえ、誰が聞いてるとも分からないってのにドアを閉め忘れるなんて不用心なやっちゃなぁ~。

 てか、こんな深夜に二人で密談とは……。豚くんヤローの悪人面から考えても、こりゃあ絶対ろくでもねーこと企んでやがんじゃねーのか?

 とまぁ、奴らの見るからに怪しさ全開のそんな様子にほんの少しだけ好奇心をくすぐられた俺は、そぉ~っとドア越しに聞き耳を立てていった――。


「……ブヒャヒャヒャ♪ それにしても、バルビス兄上のヤツがこうもあっさり死んでくれたのはこちらとしても好都合だったが……。よもや、あの二人ががこんな強硬策に打って出ようとはな……」

「さようですな。犯人は間違いなく、ピアニス様かザルサス様のどちらかでしょうな……」

「うむ、しかし、こうなってしまった以上、こちらも今までのようにただ脅迫めいたことしていても埒が明くまい……。奴らが動く前に、いっそこちら側から先手を打って……!」

「しかし、迂闊に事を起こし、万一証拠でも残るようなことがありますれば……。ここはあくまでも慎重に対処いたしませんと……」

「ぶひゅっ、ムゥ~~~……」


 とまぁ、何やら物騒な話し合い盗み聞きしていたところへ、


「――どうにも耳障りなものをお聞かせしてしまいましたかね……」

「?」


 そんな声とともに背後に人らしきものの気配を感じすぐさま振り向いてみたところ、そこにはこれまた例の青瓢箪あおびょうたんの兄ちゃんが突っ立っていて……。


「お、オメー、まだ起きてたんかよ?」

「ハハ……。ガーネットさんの方こそ、こんな夜更けにどうされたんですか? おや? その包は一体……?」

「い、いやいや、こ、これは――」


 あくまでもドアの向こう側には聞こえないように、小声でもって囁くようにそう言いかけた時だった。


「(シィーーーッ!)」


 兄ちゃんが自分の唇の前に人差し指を立てたかと思えば、ひとまずここから離れましょう的なジェスチャーをとってくる。

 正直、もう少し聞いていたかったのだが、バレてしまっては元も子もないと止むを得ずこの場はそんな兄ちゃんに従うことにした――。



「――……フゥ~~……。やれやれ、とりあえず、ここまでくれば一安心ですね……」


 兄ちゃんに連れられやってきたのは、さっきの部屋の前から結構離れた所にある、それこそそれなりの声でもって話をしていても誰にも気づかれそうもないテラスのような場所であった。


「さて、ガーネットさん。こんなところで会ったのも何かの縁ですし、折角ですから少しお話でもしませんか?」

「嫌だ……」


 兄ちゃんのそんなお誘いも、きっぱり断るなり、すぐさま踵を返しかけるも、


「アハハハ♪ そんなことを言わずお願いしますよ。何でしたら、ホラ、寝酒代わりといったら何ですが、ウェェルも用意してありますけど?」

「あん?」


 結局、兄ちゃんとの話というよりもウェェルに釣られ、仕方なしに俺は兄ちゃんの話を訊いてやることにした。

 と、俺は早速兄ちゃんが用意していたウェェルを手に取るなり一気に呷り始めた。


 そんな中、兄ちゃんがポツリポツリと語りだしていく。


「……貴族の家ではよくあるお家騒動ってやつでしてね……。二ヶ月前、現当主であった父が亡くなって以降、家の中は常にこんな殺伐とした状態なんですよ……。同じ血を分けた兄弟であるにもかかわらず、次期当主の座を巡り、この箱庭の中は疑心暗鬼の坩堝るつぼと化しているといった訳なんですよ……」

「プッハァアアア……。ゲフッ、なるほどねぇ~、お家騒動ってやつかぁ~……。ん? けど、あれって、次期当主とかってのは普通長男が継ぐもんじゃねーのか?」

「ええ、よくご存じですね……。まぁ、必ずしもそうとは言い切れないのですが……。寧ろ、今回に限ってはそうだった方がこんなことにはならなかったのかもしれませんが……。父の方針でして、自らの力を知らしめた上で兄弟全員から納得された者を次期当主に任命する――。とありましてね」

「かぁ~~、めんどくせーオヤジさんだなぁ~。あ、でも死んじまったんじゃ、そんなもん無効になるんじゃねーのか?」

「ええ、でも、この件に関しては、遺言として正式に文書にしたためられてまして……。以来、兄たちはこぞって当主の座を得るために躍起になってしまいまして……」


 と、そこまで言ったところで、兄ちゃんの顔がより一層曇っていった。


「……ただ、当主としての資質云々を鑑みた場合、自らの兄弟のことをこんな風に悪し様に言いたくはないのですが……」

「ようするに、器じゃないってことか?」

「……はい、残念ながら……。亡くなった長男もそうでしたが、次男のヘドニスは金の亡者といってもいいほどの金銭欲に支配された人ですし……。三男のピアニスにしても支配欲の権化の様な方でしてね……。四男のザルサスに至っては領民を――。特に女性を拷問し虐め殺すことに何より快楽を感じる人でして……。そんなこんなで、誰が当主になっても領民たちに無用な苦しみを撒き散らすのは目に見えているってわけなんですよね……」


 溜息交じりにもそんなことを呟く兄ちゃん。


「ホヘェ~、そりゃあ大変だ。やっぱあいつ等、どいつこいつもそのツラ同様に性根までも腐りきってやがんだなぁ……って、ん? 待てよ、何だよ簡単な事じゃねーか。だったらオメーがなればいいってだけの話じゃねーかよ?」

「ハハ……。そうですね、そうできたらよかったんですけれどね……。生憎、僕にはその資格がないっていうか……」

「資格ぅ~? 何のこった、そりゃあ? ひょっとして、アイツら以上にヤバイ性癖でももってんのかよ?」


 そんな俺の問いかけに少し答えあぐねるかのように一瞬、顔が俯きかけるも、グッと堪えたかと思えば、やがて意を決したように話し始めた。


「いえいえ、そんな……。僕の性癖云々はともかくとして……。今朝、朝食の場でガーネットさん訊ねましたよね? 僕の髪の色が兄たちとは違うって……?」

「ん? ああ、そういえば、そんなこと訊いたっけか?」


 言われるまですっかり忘れてたが、確かそんな話をしたような……。


「指摘された通り……。僕は、父の血は間違いなく引いているんですが、兄たちとはそもそも母親が違うんですよね……」

「あん? てぇーと?」

「ええ、僕はね、妾腹の子なんですよ……。当然、母親も貴族だった兄たちとは違い、僕の母は貴族でも何でもない……。只の平民の出なんですよ……」


 てな具合に、如何にも衝撃の事実が語られたのであった! みたいな感じも、俺としてはそんなもん驚くにも値しない、正直どーでもいい話なんだけどな……。

 そんなことなど兄ちゃんが知る由もなく、話は尚も続いていく。


「それが父の気まぐれにせよ何にせよ、この家の末席に名を連ねてはいましてね……。ソレが原因で、子供の頃から今日に至るまで常に兄たちからは疎まれていまして……。今回の件でも名目上は兄弟ということもあり、僕にも当主になる権利自体はあるのですが……。これは僕の性格なのかもしれませんが、僕には兄たちのように根拠のない自信を引っさげて何か事を起こすなんてことはとてもじゃないけど出来そうもないんですよね……。それに、仮に僕が当主になって、もし、失敗をしてしまったら……。そのことを考えると怖くて怖くて……とてもじゃないですけど、ソレ以上前に踏み出すこと出来ないんです……。こんな気持ち、ガーネットさんには理解してもらえないかもしれませんが……」

「ああ、全く分かんねーな」


 スッパリ言い切る俺に苦笑いを浮かべる兄ちゃん。

 そんな兄ちゃんに対し、ウェェルを呷りながらもこんなことを呟いていく。


「でもよぉ~、別にいいんじゃねーの? 失敗しても……。んぐ、んぐ、んぐ……」

「――⁉ え、い、今、何と……? し、失敗しても、か、構わない……?」


 そんな俺の答えに鳩が豆鉄砲食らったように驚いた表情を浮かべる兄ちゃん。


「プッハァアアアッ♪ ゲフッ、おう、だってよぉ~、仮に失敗したからって、何も領地が侵略されたり、領民が死ぬって話でもねーんだろ?」

「え、ええ、ま、まぁ、他の領地の者たちから悪し様に言われるようなことはあっても――。最悪、個人間におけるいさかいはあっても領地間での争いになるようなことにはならないとは思いますが……」

「だったら、別に構わねーんじゃね?」

「し、しかし‼ そのことが原因で自ら命を絶つものが出てくることも十分あり得――」

「ケッ、んなわきゃねーだろ? バカかテメーは⁉ 誇りなんぞ傷つけられたくらいで自殺してたら、この世の平民今頃全滅してるっつーのっ‼」

「――⁉」


 そんな俺の意見に目を丸くし、呆気にとられすっかり固まっちまってる兄ちゃんに対し、尚も畳みかけていく。


「いいか、よぉ~く聞いとけよ? 俺ら平民にとってはなぁ~、テメーら貴族さまが御大層にこだわってる誇りだのなんだのなんてのはどーでもいいことなんだよ! そんな下らねー屁にもならねーもんのために、命張るヤツなんざ一人もいねーっつーの! だったら、失敗したらまたやり直せばいいだけの話じゃねーかっ!」


 そんな俺の意見に対し、尚も食い下がってくる兄ちゃん。


「で、ですが、か、仮にそうだとしても、もし、万が一、ぼ、僕の失敗で領民たちに無用な苦しみを与えてしまった時、一体どうすれば……⁉」

「そんときゃあ、オメー……。素直に謝っちまえばいいだけの話だろーが」

「………………」

「………………」

「へ? ……あ、謝る……?」

「おう、ごめんなさいって素直に頭下げりゃあいいだけのことだろーが」

「………………」

「あん? どしたよオメー?」

「そんな発想、今までしたこともなかったです……」


 そういって顔を俯かせ、何やら考え込むような仕草とともにすっかり黙り込んだしまったかと思えば、


「――ぷっ、くくく、アハハハハ♪ そ、そうか、そうですよね? アハハハハ……。どうやら僕は頭で深く考えすぎてたのかもしれない……」


 そんな風に何だかようわからんが、自分なりに勝手に納得しだしたかと思えば、パッと顔をこちらに向けてくるなり、


「ありがとうございました。ガーネットさん! こうして話を聞いてもらえて本当に良かったです。正直、目の前の霧が晴れる思いがしましたっ! 今夜のことは僕、一生忘れませんっ‼」

「おう、死ぬまで感謝しやがれっ!」

「ハイッ、それじゃあ、おやすみなさいっ‼」


 何だか知らんが、それこそ憑き物でも取れたかのようなスッキリとした顔でもって俺に頭を下げるやいなや、今までで一番の笑顔でもって足早にもこの場から去っていく兄ちゃん。


 で、この場に一人残された俺はというと、兄ちゃんが用意してくれたウェェルを一通り全部飲み干すなり、再び楽しい楽しいお土産探しへと屋敷内をうろついていったのであった――。

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