第15話 早起きは三文の……

「――……ん、っ、んぅっ、――ふぁあああああっ……。んん~~~~っ、よく寝たぜぇ~……」


 大樹から伸びる枝をベッド代わりに身体を横たえ眠っていたところ、小鳥どもの囀りを目覚まし代わりに俺は目を覚ました。

 元々寝付きはいい方だが、昨日はちょこっとばかし運動したのがよかったのか、朝までぐっすりだった。

 そういや、昨日といえばアイツらはどうなったかな……?


「………………」


 おそらくだが、あのバカ貴族たちは魔物どもの腹の中ですっかり消化されて、今頃はウンコにでもなってることだろう……。

 あのお姫様に関してだけは多少惜しいような気もしたが――。ま、これも運命と思って諦めてもらおう。

 今頃はさぞかし綺麗なウンコとなって、森に気品と癒しを与えていることだろう……。

 そうだ! 夕方頃にもう一度あの場所に戻ってみるとするかな……。もしかしたら、剣だの鎧だのが無傷で残ってるかもしれねーしな……。ありゃあ、きっと高値で売れそうだしな♪


 てなことを考えつつもパッと木の枝ベッドから飛び降りるなり、朝飯前の散歩がてら周囲を彷徨うろついていく。


 昨日は暗くて気付かなかったが、知らず知らずのうちに密林の出口近くまできちまってたみてーだ。森を抜けた先は大草原となっており、時折吹いてくる風が頬を撫でてきて眠気覚ましには丁度いい感じだな。


 と、気分良くも散歩を楽しんでいたところへ、


「ヒィイイイイッ‼ だ、誰か、誰かおらんかぁあああっ⁉ た、助け……‼ だ、誰か助けてくれええええええっ‼」

「あん?」


 清々しい朝の大草原には似つかわしくない、遠くの方から人ともオークの呻き声ともつかない、何やら助けを求めるような声が響き渡ってきたではないか。

 正直、スルーしてもよかったのだが、それとはなしに好奇心ってヤツをくすぐられた俺は、これも散歩のついでとばかりに足を運んでみたところ――。


「――……何だありゃあ? こんな朝っぱらから何やってやがんだ?」


 草原を更に進んだ先――。小高い丘の上で小太りのオッサンがこれまたスキンヘッドのオッサンに首筋にナイフのようなものを突きつけられた状態でもって、くんずほぐれつ何やら言い争いをしていて。


「――チッ、若くて美人なねーちゃんならまだしも、よりにもよって小太りのオッサンかよ? あ~~~、止め止め、態々わざわざ見にきて損したぜ……」


 やれやれ、何事かときてみれば……。オッサン同士のそんな姿を見た途端、さっきまでの好奇心など雲散霧消……。完全に興味を失った俺は、そんな感想だけを残し、来た道を引き返すべく踵を返しかけた時だった。


「お――おいっ、そ、そこの、そこの黒髪のお前‼ な、何をしておるか、さっさと助けないかっ‼」

「あ~~~ん?」


 目ざとくも俺に気付いたようで、小太りのオッサンが俺に向かって命令口調にも助けを求めてきやがった。

 正直、そのまま無視シカトしてもよかったんだが……。これまた自分でもようわからん気まぐれってヤツか……。オッサンを助ける云々はさておき、あえてこのオッサンの求めに応じるかのようなていでもって奴らの前へと姿を現していく。


 と、


「な、何だテメーは? ど、どこから湧いて出やがった?」


 突然現れた俺という存在に小太りのオッサンを羽交い絞めにしているスキンヘッドのオッサンが焦ったように声を荒げていく。


「バ~~カ、テメーじゃねーよ。おう、オッサンよぉ、俺になんか用かよ?」

「お、オッサ……⁉ ふ、ふざけるなっ、ぼ、僕はこう見えてもまだ十代だっ‼」


 十代!? ま、マジかよ? どうみても40過ぎのオッサンにしか見えねーぞ?


「ふ、フンッ! し、失礼な奴めっ……。ま、まぁ、いい……。そんなことよりも、お前っ‼ よ、良いところにやってきた! さ、さぁ、この愚かな暴漢より、僕を救い出すのだっ‼」

「なっ!? お、おい、て、テメーッ、一体何をっ‼ く、くそっ、お、おい、お前っ! そ、そこから一歩でも近づいたら、こ、コイツの首を掻っ斬るぞっ‼」


 さっきまで情けなくも命乞いしていたにもかかわらず、俺の登場に俄然威勢のいいことをほざき出すオッサン豚くん(?)。

 一方で、そんなオッサン豚くんの発言を受け、焦りとも怒りともつかない声を上げ、ナイフを首に突き立てる素振りを見せるスキンヘッドのオッサン。


「ひ、ヒィィッ!? よ、よよよ止せっ、や、止めろっ‼ ち、血が出たらどうするつもりだっ⁉ お、おい、お前も何をボサっとしておるか、サッサと助け出さんかっ⁉」


 相も変わらず偉そうに命令口調で喚き散らしてくるオッサン豚くんに対し、俺が出した答えはというと、


「嫌だ……」

「ハァッ⁉ な、何だと……? き、貴様、い、今、な、何といったのだ……?」

「だから、嫌だっつったんだよ! 何でこの俺がテメーみてーな豚を助けなきゃならねーんだよ? それもタダで……。寝言は寝て言えっつーの!」


 この俺の答えに目を丸くしていたかと思えば、


「な――何だとぉおおおおっ⁉ き、貴様ぁああああっ‼ こ、この、ぼ、ぼぼぼ僕の命令が聞けないとでも言うつもりかっ⁉」

「うっせーな、朝っぱらからデケー声出してんじゃねーよ、ボケッ! てか、そもそもテメーどこの養豚場から逃げ出してきた豚よ?」

「なっ⁉ こ、このぼ、ぼぼぼ僕を知らないというのか!? エ、エルモランド伯爵家の、じ、次期当主であるこのぼ、ぼっ……‼」


 余りにも興奮しすぎて自分でも訳わかんなくなってやがんな……。

 だが、今ので大体わかった……。なるほどな、ようするにこのオッサン豚くんはどこぞの貴族イイトコのお坊ちゃんってところか……。んで、こっちのスキンヘッドのオッサンは、これまた身代金目当てかなんかの誘拐犯てなところか?

 尤も、そんなもん俺には関係ねー話だがな……。

 ともあれ、何とはなしに事情を察した俺は、ため息交じりにも改めてオッサン豚くんに話しかけようとするも――。


「あんなぁ~、さっきから何度も言ってるよーに、テメーがどこぞの領主様の息子だか何だか知らねーが、何で俺がテメーなんかを助けなきゃ……」

「えぇ~~~いっ、さ、さっきから、何をゴチャゴチャ言っとるかっ‼ こ、この僕が助けろと言ったら、さっさと助けんか、この平民がっ‼」


 ピシッ――。


「…………あ? 今なんつった?」

「さっさと助けろといったのだ、この平民めがっ……‼ 全く、これだから平民は嫌なのだ……。逐一指示を与えなければ、満足に動くことも出来んとは……」


 と、何やら過去にあったのであろう平民とのいざこざにおけるイラつきをこの場でブチまけるかのようにぶつぶつ呟き始めるオッサン豚くん……。

 が、今回ばかりは相手が悪かった……。

 平民平民連呼するオッサン豚くんの姿が、もう死んじまってこの世にはいないであろうあのバカ貴族の顔と重なってきて……。

 俺の中にかつての怒りが沸々と再燃してきて……。


「ええい、何をもたもたしておるかっ‼ とっとと助けんか、この愚鈍な平み――」

「――平民平民、うるせーんだよぉおおおおおおおっ‼ ボケェエエエエエッ‼」


 ダダッ‼


 そう叫ぶやいなや、それこそ目にもとまらぬ速さってヤツで俺はオッサン豚くんに向かって一足飛びで駆け出していくなり、


 スチャ――。


 電光石火の早業でもって剣を抜きさると同時に、弧を描くように振り斬っていく――。


 シュバッ‼


「へ?」


 ボトッ……。


 そんな間の抜けた声が聞こえた直後、今の今まで喚き散らしていたオッサン豚くんの首が胴から斬り離されると同時に、周囲の草むらをテメーの薄汚い血で真っ赤に染め上げながらも最後は無残にも地面へと滑り落ちていった。


「あ~~~、スッキリしたぁ♡ ったく、ボケが……。朝っぱらからムカつかせるんじゃねーよ‼」


「ひ、ひぃいいいイイいいっ⁉」


 と、今の今まで自らが脅していたはずの男の首が突然斬り落とされたという事実と、残された胴体から噴水のように溢れ出る血の量に驚いたのか、すっかり腰を抜かしてしまったようにその場へとへたり込んじまうスキンヘッドのオッサン。


 と、そこへ、


「ぼ――坊ちゃまぁあああああっ‼ ば、バルビス坊ちゃまぁあああああああっ‼」


 そんな一際デカい声を響かせ、数人の男たちがコチラに向かって走ってくる。


「あん? 今度は何だっつーんだよ?」


 そんな俺を余所に、とうとうここまでやってきて俺が作り出した惨状を目の当たりにするなり、集団の中から驚きとも悲鳴ともつかない叫び声とともに、一人のじーさんが前へと出てくる。

 

「ややっ⁉ ――こ、これは一体っ⁉ お、お坊ちゃまぁっ‼ な、何というだ、だ、誰が……。い、一体、誰がこんな惨いことをっ⁉」


 そんなことを呟きながらも、ヨロヨロと……。おそらくはこのオッサン豚くんの執事かなんかと思しき爺さんが、斬り落とされたオッサン豚くんの首を――。服が血で汚れるのもお構いなしに抱き上げたかと思えば、


「あぁ……。ぐっ、お、おいたわしや、おいたわしやぁっ……‼ ば、バルビス坊ちゃまぁ……。んぐっ、こ、こんな、こんなぁ……‼」


 おいおいと泣き崩れているじーさんを見下ろすように只々茫然と立ち尽くしている4人の使用人(?)ども……。


 そんな奴らはひとまず置いとくとして、


「よぉ、アンタ、ひょっとして、このオッサン豚くんの関係者か?」

「は? え、ぶ、豚……? え、ええ、ま、まぁ……。あ、あの、あ、彼方方は一体……?」


 ビンゴだな♪

 と、このじーさんの至極当然な質問に答える前に、


「(ニヤリ)」

「へ?」


 その質問に答える前に俺は誰にも見とがめられないようにしつつも、一瞬だけ腰を抜かして倒れ込んでいるスキンヘッドのオッサンにニヤリと笑いかけるなり、再びじーさんへと向き合っていく。


「ああ……。俺はガーネットって名の通りすがりの冒険者だ……」

「は、ハァ……。ガーネット様……」


 キョトンとした様子のじーさんに対し、俺はこの件のあらましってヤツを詳しく話してやった。


「――……てな訳で、そこの森を抜けて街を目指して歩いてた途中で、偶々たまたま助けを求める声を聞きつけてな……。只ならぬ様子に慌ててこの場所までやってきたところ、この現場に出くわしたってわけなんだが……」


 そこでチラリとスキンヘッドのオッサンに目を向ける。


「そこの男に羽交い絞めにされナイフで脅されているこの人を見てただ事じゃないってのが分かったんで、何とか救い出そうと思い必死の説得ってヤツを試みたんだがな……」

「そ、そうでしたか……。し、しかし、それならば、な、何故、このような最悪な状況に……?」

「ああ……。状況が状況だけに、俺も野郎をなるたけ刺激しないように、細心の注意でもって説得に説得を重ねたんだが……」


 そう言って今一度スキンヘッドのオッサンへと目を向けていく。


「な、何だよ? あ、アンタ、さっきから、一体何を言って……?」

「だが、如何せん相手は脳ミソまで筋肉でできてるようなボンクラときたもんだ。コチトラの話を聞く耳なんかそもそも持ち合わせちゃいない……。それでも辛抱強くも説得を試みていたその時だった――。つ、ついには、逆上したアイツが、持っていたナイフでもってあの人の……! ぐっ、あ、あの人の、の、喉を惨たらしくも掻っ斬ってっ……‼」

「「「「「――――‼」」」」」


 助けることが出来なかった歯がゆさをその身に滲ませつつも、臨場感たっぷりの言い回しでもって連中に説明していく俺に対し、


「――なっ⁉ お、おい、アンタッ⁉ さ、さっきから黙って聞いていれば、な、何をデタラメなことを言って――。そもそもコイツの首を斬り落としたのはアンタの方――」


 俺の完全なまでのでっち上げに堪らす野郎が反論を口にするも、


「そ、その証拠に見てくれっ‼ ヤツのナイフにべったりとついたあの人の血をっ……。うぅっ……‼」


 そんな俺の指摘通り、スキンヘッドのオッサンの持っていたナイフには先ほど俺が斬り落とした際の豚野郎の返り血がべっとり染み着いていて……。

 一方で俺の剣はというと、圧倒的なまでの速度で振り抜いたこともあって剣には血の一滴はおろか油すら浮かんでやしねー♪

 となりゃあ、この状況で俺を疑うヤツなどいる訳もなく、この場にいた使用人全てがスキンヘッドのオッサンに対し、憎悪の視線を向ける中、


「ち――ちが……。だ、断じて、お、俺は無じ――」


 なおも、スキンヘッドのオッサンが自らの潔白を訴えようとした時だった。


「こ、このクズ野郎がぁああああっ、し、死ねぇええええええええええっ‼」

「こ、この痴れ者がぁああああああああっ‼」

「く、腐れ外道がぁああああああっ‼ し、死に晒せぇええええええっ‼」

「て、天誅ぅううううううううっ‼」


 ドスッ、ザクッ、ドスッ、グサッ‼


「ぎ、ぎゃぁああああああああああああああああっ⁉」


 怒りにとらわれた使用人(?)共の感情が一気に爆発するなり、各々がその手に持っていた槍やら何やらと無数の刃物がスキンヘッドのオッサンの身体に突き刺さっていく。


「………………っ‼」


 スキンヘッドのオッサンは最後まで何か言いたげな……。そんな苦悶の表情とともに絶命していった。


 こうして無事(?)犯人を成敗したことによって、一連の事件は幕を下ろしたかに見えた中、


「あの、ガーネット様、と仰いましたか……。もし、ご迷惑でなければ、今日は当屋敷にてご逗留戴けませんか? 聞けば、バルビス坊ちゃまの件でも多大なる尽力を尽くしていただいたご様子……。是非ともお礼とともに、おもてなしをいたしたいと考えておりますが……。如何でしょうか?」


 そんなじーさんに対し、俺は二つ返事でもって応えていく。


「ああ、そういうことなら、是非よらせてもらうぜ」


 丁度これから朝飯を食おうと思ってたところだったしな……。

 ともあれ、早起きは三文の徳とはよく言ったもんで、こうして俺は豪華な朝食にありつけることとなったのである――。

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