第7夜 モジャモジャ

「コウっ!!」


 シュウ博士の叫び声が響く。吹っ飛ばされた時に後頭部を激しく打ち付けてしまった。

 頭の中がギュッと強く握られた様に痛む。

 近くにある座席を掴んで立ち上がるコウ。足元にはぶつかってきた黒い塊、1、2泊のちょっとした旅行に使うサイズの小型キャリーケースが転がっていた。


「なんでこんな物がここに?」


 キャリーケースを持とうとしたが、かなりの重量で腕が上がらない。

 夢だったからまだ良かったが、現実なら確実に病院送りだ。

 拾うのをあきらめ、再び先頭車両に向き直る。

 すると車両を繋ぐドアの前に奴がいた。

 

 黒いモヤだ。


 コウを見て、頭の口らしき部分が白くつり上がり、ニタァと笑った。


「アソ、アソボ。ボク、ト、アソ、ビマ、ショ!!」


 若い男の声でコウを誘うと同時に、長い腕で黒いキャリーケースを投げつける。

 座席や手すり、ポールを駆使して避けるが、狭い車両ではかわしきれず、足や腕を強打される。


「シュウ博士ぇ!!見てないで何とかして下さいよ!」

「うるせぇ!今やってんだ!黙ってよけてろ!!」

「こんなの黙ってられないじゃないですかぁぁ!博士のバカァ!!」

「あんだと!?」


 コウとシュウ博士が喧嘩してる間も黒いモヤは腕を鞭のごとくしならせ、キャリーケースを放り投げ続ける。

 投げる本人はニヒッニヒッと高い声で笑っている。

 とても楽しそうだ。

 ヒーヒー言って必死に避けてるこっちの身にもなっていただきたい。

 コウはなんとか自分を死守していたが、とうとう車両の後方に追いつめられてしまった。


「アソ、ビ、オワ、リィ?」


 黒いモヤが両腕を上げコウに掴みかかろうとしたその時、黒いモヤの背後の先頭車両に続く扉が開いた。


「コウ、飛び込めっ!!」


 シュウ博士の声と同時にコウは黒いモヤのまたの間をくぐり抜け、先頭車両へと走った。

 黒いモヤが腕を伸ばし捕まえようとしたが、扉はコウが飛び込んだ瞬間に閉まった。

 背後で何かを打ち付ける音はするが、入ってはこれないらしい。完全に閉まったのを再度確認し、ホッと胸を撫で下ろす。



「助かりましたけど、扉開ける以外にもっと何かなかったんですか?剣と盾とか時間止めるとか」

「頭ん中ファンタジーかお前は?そんな患者に負担かかる様なこと出来るか。それよりも目の前に何か転がってるぞ」


 シュウ博士に言われるまま立ち上がると、車両の真ん中に投げつけられたサイズより大きな赤いキャリーケースが1つ、立てて置いてあった。


 キャリーケースから赤い液体が垂れて床がぬれている。


 床が赤い時点で嫌な予感しかしないが、今いる車両の前方には運転席が見えた。もうこの先に続く道はなく、飛び降りる以外に脱出経路は無いいうことだ。後ろは黒いモヤがまだ騒いでいる音がするし、戦う武器もない。もうコウには怪しいキャリーケースを確かめるほかなかった。

 そっと手を伸ばしケースの取っ手を掴む。つかんだ感じでかなりの重量があるのが分かる。中に何かが入っている証拠だ。キャリーケースはこの大きさにしては珍しく鍵やダイヤル式では無く、ジッパー式で簡単に開けられてしまう。


「あ、開けちゃいますよ?」

「ビビってんじゃねーよ。さっさと開けろ」


 金具に手をかけ、ゆっくりとジッパーを下ろすと、中身がコウに向かって倒れこむ。

 全身が真っ赤な液体で濡れた、畑剛志がコウの腕の中にいた。

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