『酔いどれ二人の帰り道』

「マグナム、ちょっと酒に付き合え」

「十分付き合ったろ。酔って帰ったらうちの嫁に悪いぜ」

「お前の嫁は何も言わねえから付き合え」

「全く……ちょっとだけだぞ?」


 少し顔の腫れが引き始めたマグナムは、ボネットに半ば強引に連れられる形で近くの酒場に入った。

 中にはいくつも大きな酒樽が壁に並び、中から多種多様な酒の香りを漂わせている。もはや、店の中にいるだけで酔いが回るほどむせ返るアルコールの香りに、わずかによろけたボネットがマグナムの肩に寄り掛かった。


「お前の肩ほど寄り掛かりやすいものはないぜ」

「お前には負ける。俺は結局、一度たりともお前に勝った事がないんだからな!」


 マグナムはがさつに笑いながら、遠慮なくカウンターの席に座り込んだ。隣に座っていた、柄の悪い三人組の男らが睨みつけていたが、ボネットと目が合った瞬間に、身を縮こませてしまった。


「ほらな、この街じゃお前が最強なんだよ」

「やかましい」


 そのままマグナムの隣に座り、マスターにソルティドックを注文した。

「二つだ」

「おい待てボネット。ここのソルティドックは濃すぎて馬鹿になる! せめて何か弱い酒をくれ!」

「それ以上喚くと、もっと強い酒にするぞ?」


 それを聞いて、マグナムは黙って肩をすぼめてしまった。それでも、大きな肩幅は酒場で目立っている。


 酒を待つ間、ボネットはずっと黙ったまま、あからさまに不機嫌な様子をその鼻息から零し、カウンターを指で叩き続けた。

「……さぞお怒りだな、ボネット」

「これが怒らずにいられるか」

 溜息混じりに吐き捨てたボネットは、やるせない気持ちをぶつけるようにマグナムを睨みつけた。


「私の可愛いメリアが、危険な目に遭っているんだぞ!」

「危険だ? どこが危険なんだ」

 

 マスターが手際よくソルティドックを作り、二人の前に並べた。早速それに口をつけたマグナムが、強烈なアルコールの刺激に唸りを上げながら、唇についた塩の結晶を舐めとる。


「ボネット、お前はプロトのことを何も知らねぇだろ。あいつは良い奴だぜ? 酒の付き合いも良いし、話していて丁度いい感じにクソ生意気だ。俺はあんな躾のなってない犬が一番好きなんだよ! がっはっは!」

「躾がなってないのなら危険そのものじゃないか。いつ噛みつくか分かったもんじゃない。それに、あいつは私と同じくらい強いと来た。もし何かの違いでメリアに手を挙げようものなら、簡単に怪我するぞ」

「あれか、負けたのが悔しいのか」

「そんな低い話じゃない」


 ボネットもペロリとコップの淵の塩を舐める。


「護衛にしては、動作が攻撃的すぎる」

「そりゃお前が相手じゃな」

「危うく目を潰されかけた」

「……」


 それを聞いて、やっとマグナムは真面目な顔をした。


「それは……確かにやりすぎかもしれない」

「……まぁ、すぐにプロトが攻撃を変えてくれたおかげで無事だったが」


 ボネットの背中に冷たい汗が一筋流れた。

 あの瞬間、諦めたのだ。完全に視覚を奪われると思った。


 それほど、完璧な目潰しだった。


「サンが作ったアンドロイド……あれは、私は認められない」


 一気にソルティドックを喉に流し込んだ。焼けるような感覚が胃袋まで伝っていく。体の中から火照るのがすぐに分かった。


「近いうちに、私はサンに話を聞きに行く。何のつもりなんだってな」

「気持ちは分かるが……やめとけ」


 マグナムも一気にソルティドックを煽った。

 

「若いもんの話に、俺らが首を突っ込むのは無粋だろ」

「お前の放任主義もそこまで行くと気持ちがいいな」


 ボネットが握るグラスに一筋のヒビが入った。手の血管が浮かび、今にも粉々に砕かれそうなグラスが悲鳴を上げる。


「お前の家族の話はどうでもいい。可哀想には思うけどな。でも、メリアは違う。あいつは私が妹のように、我が子のように、親友のように、弟子のように可愛がってきた奴だ。何かあってからじゃ遅いんだよ」

「何かあっても、そこから学べることもあるだろう」


 ボネットの声に怒気が洩れている今も、マグナムは変わらず静かに答えた。


「何かあったって良いじゃないか。俺たちだって、山あり谷ありの人生だったからこそ今があるんだろ? 多少の怪我も経験だ。俺たちに出来ることは、怪我をした後に何を伝えられるかだろうが」


 酔いで顔が真っ赤なマグナムは、目を閉じたまま唸るように続けた。


「それに、俺もプロトを信じてるんだ。信じたもんを相手に色々と悩むなんざ、信じたなんて言わない」

「それで手遅れになって、泣く私を救ってくれんのかよ」

「……」

「何かあってから手を差し伸べられても、意味が無いのはお前が一番知ってるだろ、マグナム」


 ボネットが席を立った。ポケットから雑に出された紙幣が数枚、テーブルに叩きつけられる。


「お前なんて、酔い過ぎて嫁に怒られてしまえば良いんだよ」


 そのままボネットは酒場を後にした。

 静かになった酒場で、周りの喧騒だけが反響して聞こえた。


「ま……怒られることもまた、幸せだよな」


 その言葉を放ってから席を立つまでの数十分、マグナムは何も発さずにグラスを眺め、一筋だけ涙を流したのだった。

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