第5話 敗走盗賊の行く末

「ゼェ、ゼェ……。なんとか逃げ切れたでヤンス」


 村を襲った盗賊達は突如現れた中年男によって壊滅した。

 そのうちの三人は騒動のどさくさに紛れて村から逃げ延び、人の寄らない森の中に隠れていた。


「あんな強いおっさんがいるなんて、聞いてないでゴンス!」

「村の人間も、あのおっさんのことを知らなかったみたいだったでアリンスよ……」


 この三人は元々同郷の出身で、仕事にありつけなくて困っていたところを寄せ集めの盗賊団にスカウトされたのであった。


「やっぱ、悪いことをして稼ごうなんて考えはダメでヤンスね」

「だけど、他にどうやったら稼げるでゴンス?」

「このご時世、身分もコネもないと仕事に就けないでアリンス……」


 三人は互いに溜息をつきながら今後のことを考えていた。

 現在のルクガイア王国は貧富の差が激しく、元々身分が低い三人はまともに仕事にも就けずに、仕方なく盗賊団に入ったのであった。


「腕っぷしには自信があったつもりなんでヤンスが……」

「その腕っぷしだって、あんな修羅みたいな強さを持ったおっさんの前では霞むでゴンス」

「あのおっさんみたいな圧倒的な強さがあれば、話は別なんでアリンスがねぇ……」


 「ハァ~」と三人同時に溜息をつく。

 現状の打開策は無し。今後の生活のことを、暗い森の中で悩んでいた。




「キシシ、お困りのようやな? ちーっと話を聞かせてくれや」


 そんな三人の背後から、突如不気味な笑い声と共に人影が現れる。

 左目に眼帯をかけ、右目が狂ったようにギラつく男。

 明らかに尋常ではないその男に、三人は臨戦態勢をとる。


「だ、誰でヤンスか!? まさか、さっきのおっさんの仲間でヤンスか!?」

「さっきのおっさん? 仲間? なんのこっちゃい? 俺はただの通りすがりや」


 眼帯の男は問いかけを軽く流す。

 そして、自身には戦うつもりがないことを述べる。

 だが三人はより一層警戒心を強めた。


 この男の醸し出す空気は、先ほど戦った中年男とよく似ている。

 いや、どこか狂った印象を受けるその男は、むしろもっと厄介にも感じた。

 眼帯の男を相手に三人は睨み合う。


「はぁ~、めんどくさ。じゃあ、そのままでええから俺の話を聞けや」

「話……でゴンスか?」


 眼帯の男は溜息を交えながら適当な倒木に腰かけ、三人に話しかける。


「お前ら、詳しいことは知らんが、どっかを襲って負けたから逃げてきた盗賊なんやろ? ほんで食い扶持に困っとると。話しとるのが聞こえてきたわ」

「聞いてたでアリンスか。だったらなんだっていうでアリンスか? まさかあんたが俺らの仲間になってくれるとでもいうのでアリンスか?」


 三人のうちの一人がそんな話を持ち掛けるが、他の二人は「絶対にやめておけ。こんな危ない奴の仲間なんて御免だ」と目くばせする。

 それぐらい、今自分たちの目の前にいる眼帯の男は危険であることが、直感的に理解できた。


「仲間な~。ちーっと違うなぁ。俺はお前ら三人を、俺の子分にしようと思うとるんや」

「それ、絶対あんたの都合がいいように俺らが使われるって、話でヤンショ!?」


 仲間になるとかよりもよっぽどたちが悪い。

 こんな狂気染みた男の子分になんてなったら、いいように利用されていいように捨てられる。

 それだけは何としても避けようと、三人は一斉に眼帯の男に飛び掛かる。


「だああぁ! 人の話は最後まで聞けや! 大人しゅうしとれ!」


 眼帯の男に飛び掛かった三人だったが、眼帯の男をすり抜けるように地面に倒れこんでしまった。

 三人とも何が起こったのかわからなかった。

 まるで実体のない影を通り抜けたような感覚――


 『この男はさっきの一瞬で何をしたのだ?』という悪寒が、三人を襲う。


「俺な、スピードには自信があるんや。馬より速く走ることもできるし、相手に残像を見せることかてできる」


 さりげなくとんでもないことを言う眼帯の男に、三人は抵抗する気力も失った。

 今自分達の目の前にいる絶対強者を前に、内心死期をも悟っていた。


「お前ら、さっきから俺のこと化け物や外道の類かと思うとるようやが、別に俺はそんなつもりないぞ? ちゃーんと俺の話を聞いてから俺の子分になるか判断したらええわ」


 眼帯の男は三人のほうに向き直して話を続ける。


「俺もまあ盗賊稼業には多少の覚えがある。それなりには稼げとった。せやけど、これからの時代はこれまでみたいに、盗賊稼業なんてうまくはいかんやろ。魔王が勇者に敗れたことで、この国の戦力は今後、国内の治安維持に回される。そないなったら今までの盗賊なんて、みーんな廃業や」


 三人は思わず眼帯の男の話に聞き入ってしまう。

 どこか狂気的な人間だが、話していることは筋が通っている。

 眼帯の男が紡ぐ話を、三人はただ聞き続けた。


「せやけど、俺は訳あって盗賊稼業をしていかなあかん。そこで俺は盗賊団のシステムそのものに、テコ入れをしようと考えとる。まずは散り散りになっとる盗賊どもをまとめ上げて数を揃え、それぞれに役割を持った部隊を作る。盗む相手のことは事前に調べ上げて、一番都合のいい時間と場所を絞る。ほんで、仕掛ける時は必要最低限の人員で手早く終わらせる。それをいろんな場所で何度も行えば、リスクを抑えつつ利益を上げられるっちゅうわけや。国の警備の目ぇも複数の場所にばらけられたら、中々追いきれんやろ」


 眼帯の男の提案を聞いて三人は妙に納得してしまう。

 確かにそれなら盗賊として生計を立てられる算段がそこにあった。


「まあ、俺の話に乗るかどうかはお前ら次第や。別に断ってもかまへんで。もっとも、盗賊なんてやらんですむなら、それが一番やろうが」

「いや、提案したあんたが盗賊を否定してたら世話ないでゴンショ……」


 眼帯の男の考えがイマイチ読めない。

 三人のうちの一人がそう思って質問を投げかけた。


「聞かせてほしいでアリンス。あんたさっき、『盗賊稼業をしていかないといけない』って言ってたけど、その理由はなんでアリンスか? 正直、さっきの話を聞いてると、あんたは相当頭が切れるみたいでアリンス。それならもっと別の商売でもやったほうが、安全で確実に儲けられると思うでアリンスが?」

「あー……その件についてはノーコメントや。実際、俺も盗賊やるより商売に精を出したほうが儲かると思っとる。盗賊団の軍資金も、まずは商売で稼ごうと思っとるしな」

「そこまでして盗賊をする理由が、ますます分からねえでアリンス。あんたの盗賊団の設計像はよく分かるでアリンスが、こっちとしてもあんたの腹の内が見えないことには、素直に子分にはなれないでアリンス」


 三人にとってこの話は渡りに船だ。

 だが、あまりに出来過ぎている話に裏を探らずにはいられない。


「まあ、怪しむのも当然やろな。せやけど理由は言えん。そんかわり、俺の子分になった時の待遇は保証する。三食寝床付きで、金は月々で最低ラインの金額を別に用意する。さらに功績を上げた場合は追加の報酬を用意して――」

「やるでヤンス」

「やりますでゴンス」

「やらせてくださいでアリンス」

「お前ら手の平グルングルンやな!?」


 これまで怪しんでいた三人だったが、子分になった時の待遇を聞いて、あっさり眼帯の男に付いていくことにした。

 元々明日の食事も困る身分。

 怪しくても食事と寝床が用意されているならば、手の平なんていくらでも返す。

 そんなわけで、三人の意見はあっさり合致したのであった。


 そしてそれは、後にルクガイア王国を揺るがす巨大盗賊団の誕生の幕開けでもあった――

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