第7話 やりがい
丸山家には昼過ぎに帰り着いた。
特に問題も起こらなかったようで、明るく迎えてくれた。
留守番をしていた二人に店でのことを話した。
「なんか楽しそうじゃない、私たちも連れてってよ」
春香ちゃんがそう言うと、秀明君も
「そうだよ、家じゃ退屈でしょうがないよ」
僕は一瞬考えてから丸山さんを見ると、僕に任せるようなしぐさをしたので、
「そうだな、人手は多いほうが助かるし友達の家族にも会えるかもしれないな。
じゃあ、それでいいですか?」と
丸山さんに顔を向けて言うと、
「あたしもいいよ、お母さんが働いているところを気兼ねなく見せられるし、店の裏側なんて子供がめった行けないから、ちょっとした社会科見学になるかもね」
「「ほんとにー!!」」
「じゃあ明るいうちに明日の準備をしてくる」
「僕は・・、僕もしてくる」
二人とも答えるやいなや部屋に戻って行った。
「なんか思ったより喜んでくれましたね」
「噴火が始まってから一歩も外に出なかったからね、近所のスーパーに行くだけなんだけど、何も買うわけじゃないのにさ」
丸山さんはそう言いながらも嬉しそうだった。
翌朝も雨は降っていた。風は弱まっているみたいだ。
僕は前を歩く親子三人の後ろ姿を眺めながら歩き始めた。
店に着き正面玄関を開き、準備していたイカ焼きのコンロを設置した。
開始予告時間の10時まで2時間を切っている。急いで段ボールに火を着けて炭を上に置いた。
コンビを組んでいる秀明君に扇いでもらう。
「いいかい秀明君、炭が赤くなるまでやるんだよ。とちゅう段ボールが燃えてなくなるからドンドン追加で燃やして扇ぐんだよ。最初は湿気っているから難しいけど頑張ればできるから。
この炭が燃えないと何も焼けないから責任重大だよ」
少しプレッシャーをかけてみたが、気にするそぶりも見せず一生懸命扇いでる姿がいい。
僕は横目で気にしながら牛肉を乾燥させる準備を始めた。
段ボール箱を加工して組んだ簡易燻製箱。今日は乾燥させるだけなので、底に炭をいくつか置いて密閉する。上部に靴下なんかを洗濯して干すアレに吊り下げておく。
丸山さん達はお菓子や乾物を並べ始めた。もちろん無料だ。ただし混乱しないように一人分は制限をかけている。
そろそろ時間になってきたからか、傘を差した人が少しづつ集まって来た。
昨日もそうだったが、店の常連さんが多い。僕は店頭で仕事をしているので直接お客さんと接するのでいつもの顔触れといった印象をもつ。
こちらも向こうも気兼ねなくやりとりができる。昨日も馴染みのお客さんとお互いの無事を確認しあった。皆さん怪我はしていないが、病院とか薬とかが心配なようだ。
高齢者が多いので、自分から確認しに行くことも困難。こうした集まりで見かけた知人から情報を得ているようだ。
在庫処分のやっつけ炊き出しだけど、予想外の効果があるとは、やってよかった。
秀明君の頑張りで炭の火力が安定したようなので、漬けこんだイカを網の上に並べて焼き始める。
この集まりぐあいだと焼きあがったそばからなくなりそうだ。じっくり焼かないで強めにするか。
「秀明君、炭を追加してドンドン焼くから、バンバン扇いでね」
秀明君はわかったと返事をし、火箸を上手に動かし火力の調節をし始める。なんか様になっているからすごい。
一人前の動きをしてくれるので安心できる。黙って暗いところでゲームをやっていた少年とは思えない。
「秀明君さ、楽しいかい?」
炭から目を離さないで手を細かく動かしながら
「うん、とっても楽しいよ。キャンプだとお父さんの役目で僕はやったことがなかったけど、キャンプより大きな火をやっているから、お父さんより上手になったと思う。今度からは僕の役目にしてもらう」
そうだよな。しかもたくさんの大人の前でみんなが喜んでくれることをしているんだから。
生まれて初めてのやりがいを感じたのかもしれない。
仕事というのはそうあるべきなんだと思うが、みんながみんな直に感じる機会はそうは無い。
職業に貴賤はないというが、現実にヒエラルキーがあるし、頭脳労働のほうが上位とされている。
個人的な考えだけど、頭脳労働は自己満足というかプライドで、相手の喜ぶ顔は見れないから感情が貧しくコミュ障になり余計他人と関わらず負のスパイラルになると思う。
大半の時間を仕事に費やしている日本人は余暇に時間を取れない。欧米人はバランスをとるために仕事とは逆のことをする。
長期の海外旅行や自然と関わったり教会のボランティアをしている。
日本人は仕事仲間以外がいなかったりするから、家族と過ごさない限り独りの趣味になってしまう。
だから男が定年後に何もできないようになる。
知らない他人、ましてや年下が多くなるから自然と高圧的にしか接することしかできない不器用な人間が今時の高齢者。
将来の高齢者はゲームや漫画オタク世代になるから、いろんなやりかたで人間関係を育てていくことだろう。
少子化は同級生が少ないから、必然といろんな年齢の友達ができるし、遊び方も年齢による体力差は関係なくなって対等になっている。
もう先輩後輩という日本独自の慣習は終わらないかぎりグローバル化なんてできやしない。高齢者ばかりの政治家には説明しても理解できないだろう。
少年が成長する瞬間を他人からみたらこういう感じなんだな。親になればこういうことの連続なんだろうけど。
用意していた分を焼き上げるのに一時間はかかったが、お客は帰ることなく雨の中あちこちで話の輪ができていた。
イカ焼きの香りと炭火の暖かさに癒されてののだろうか、それとも人恋しさで話したくて仕方ないのだろうか。
いろんな話声を耳に入れながら僕たちは後片付けを始めた。
雨が強くなってきたので少し急いで動いたのですぐ終わった。
集まっている人達に向けて4人で挨拶をした。
「もう店内には配布できるようなものは残っていません。調味料が多少ありますが肝心の食材がありません。
みなさんどうかお体に気を付けてください。お店が再開できましたらよろしお願いします。また元気にお会いしましょう」
「ありがとね」「あんたもな」「旨かったよ」
拍手もおきたのでびっくりしたが、あたたかく見送られ僕らは帰途についた。
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