第15話


 その頃、鳴海はというと──


「こんなところにいたのか、燐」


 やっとリンを見つけ出したりしていた。もちろん彼女がどこにいて何をしているかなんて、逐一把握しているのだけれど。実は今まで眞己とかれんの様子を盗聴していたのだ。もちろんこれは琴葉が仕掛けた盗聴器の電波を拾っただけなので、鳴海が特別何かしたわけではないのだが。


「……鳴海姉さん?」


 呼びかけられたリンがのろのろと膝に伏せていた顔を上げた。彼女は膝を抱えてひとり中庭のベンチに座っていたのだ。


「隣いいか?」


「……うん」


 そう答える声は明らかに精彩を欠いていた。こんなに落ち込んだリンを見るのはどれくらいぶりだろう。いつの頃からか強がり、なんでも一人でできるようになって、弱みを見せなくなってしまっていたのに。それなのに、痛々しく腫れている目元、昨夜は一晩中泣いていたのだろう。あぁ、可哀想な燐。やはり先ほど眞己にトドメをさしておくべきだった──鳴海はそんな物騒なことを考えつつ彼女の隣に腰を下ろした。


「眞己とケンカしたんだってな」


 鳴海がそう言うと、リンは細い肩を震わせて、恐る恐るこちらを見た。まるで叱られることを怖がる子供みたいだ。


「……うん」


 鳴海は何も言わなかった。リンがまだ何かを言いたそうな素振りを見せていたから。


「……ボクね、最低なんだ」


 燐が胸の奥から搾り出すように言った。それは奇しくも、かれんの言葉と同じだった。


「なんであんなことをしてのか──なんで、あんなことができたのか、わからないんだ。眞己を傷つけたかったわけじゃないのに。でもどうしていいか、わからなくて。胸が痛くて、苦しくて、もう頭の中がぐしゃぐしゃに、なって……、気がついたら、かれんと……」


 リンは泣いていた。昨日からずっとこうして泣いていたのだろう。今の自分の気持ちがわからなくて、眞己を、かれんを傷つけてしまって、その後悔と罪悪感に苛まれて。


「燐──」


 鳴海は彼女の頭をなでた。昔よくしていた様に、そのやわらかい髪をくしゃくしゃにかきまわす。


「大丈夫だ。眞己とかれんなら、さっき仲直りしてた」


 しかも眞己がかれんに告白してて見事に振られていた──というのはまだ言わないほうがいいだろう。かれんが燐のことが好きと言っていたことも。


「ほ、ほんとに……?」


「ああ」


「……よかった」


 リンが少しほっとしたように、目を細めた。目尻にたまった涙が頬を伝って地面に落ちた。


「だから、あとは燐がどうするかということだけだ」


 燐は幼少から命を狙われ続けていたから、人に弱みを見せるということをひどく恐れる。だから他人に謝ったことがないのだ。自分が悪いと認めることは、弱点をさらす事だから。


 それでも彼女は善悪の区別がつかないわけではない。今回のことは自分が悪いとわかっているのだ。

 だから、どうすべきか燐もわかっているのだろう。

 あとは勇気をだすだけである。


 そして燐は鳴海の言葉に、


「うん……」


 と小さく頷いた。そのことに鳴海は笑みを浮かべた。


「がんばれ」


 そう言って、もう一度だけリンの頭をなでて、その場を去った。


 リンはそれに、


「うん」


 と力強く頷いた。




 それから三時間後の放課後のことだった。

 リンが誘拐されたのだ。

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