第9話
その翌日、リンは完全回復とは言わないが、それなりに回復していた。何でも二日目が一番キツイのだそうだ。
そしていつも通りに学校に二人で学校に行ったのだが、なぜだか周囲の視線がやけに熱っぽい気がした。それも女子限定で。
「なんだろうね、いったい」
女子から熱烈な視線を受けるのには慣れているはずのリンが首をかしげた。その際、首筋まで伸びた色素の薄い髪がやわらかく揺れ甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
そのことに微妙な居心地の悪さを感じて、眞己は目をそらした。
「ん、どうしたの眞己?」
リンが下から覗き込むようにして訊いてきた。眞己はさらに視線をそらした。
「いや、べつに」
「ふーん。あ、もしかして昨日寝てなかったから、つらい、とか?」
「ああ、そうだな少し眠い」
「まさか、朝まで手を握っていてくれるとは思わなかったよ」
「いや、な……」
自分でも朝までそうしているつもりはなかったのだが、どうしてか離れづらかったのだ。まあ、手を離そうとするとリンがむずがるように顔を顰めたのにも一抹の原因があるのだが。
「意外とうれしいもんだね。そういうのって」
昨日とは打って変わった機嫌のよさで、リンがはにかむように笑った。
それに照れたわけではないが、眞己はまたも顔を背けてしまった。そこで周囲の女子と目が合う。彼女達は、て、手を握り合って……、ひ、一晩中……? とか囁きあいながら背中でもかゆいのか、身をくねらせながら顔を真っ赤にしていた。
「なんなんだろうな、ほんと」
「まあ、教室に行けばわかるでしょ。こういうのに詳しい人が二人もいるわけだしね」
リンが笑いながらいい、それに眞己はうなづいて、
「それもそうだな」
そう言って、教室に向かった。
そして──
「なあ、玲。なんか周りの様子がおかしいんだが、何かあったのか」
早速、我がクラスの情報屋に話を聞くことにした。
「やあ、おはよう。志藤眞己くん。今日も眠そうだね」
当たり前だ、なぜがリンのそばを離れることができず二徹してしまったのだから。それよりも質問に答えてほしいのだが。
「ああ、あれはね。
そう言いつつ、彼は琴葉に目を向けた。彼女は冊子のようなものを文学少女よろしく読んでいた。しかもすごく愉しげに。これを小悪魔の笑みと呼ばずしてなんと呼ぶ。
「なにを読んでいるんだい、琴葉?」
リンがカバンを席に置き、彼女に近づいた。
「あら、燐さん。おはようございます」
清らかな笑みを浮かべながら、琴葉は冊子から顔を上げた。
「お読みになります? なかなか良いできですよ」
「うん? じゃあ少しだけ」
そう言って、リンが冊子を受け取り、適当なところから目を通した、瞬間──
「なぁ……っ?」
濡れたような口をあんぐりとあけた状態で固まらせ、頬を朱に染めて──というか首筋まで真っ赤になった。
それを見て、琴葉はにこにこと微笑みながら口を開く。
「わたくし、燐さんと伊集院さんのファンクラブに両方とも入ってまして
、それがとってもおもしろいんですよ」
その言葉とリンの様子に、ある種の予感を感じつつ、眞己は二人のそばに行った。
「どちらの会誌もなんとも言えず凝っていて、とくに今回のは秀作で──あら、眞己さんもご覧になります?」
「ああ」
眞己はリンから奪い取るようにして冊子を見た。
そして、──リンと同様に思考を停止させた。
「そう今回の会誌はとくに秀作で、会員にも大人気なんですって」
この会誌に載っているのは挿絵つきの小説だった。それも十八禁の激ヤオイ本。この中ではリンと眞己があられもない痴態を繰広げ、淫らにも裸体で絡みあっていた。もちろんリンが女だと言うことは露見していないので男×男である。
固まっている眞己の横で琴葉が話を続けた。
「今までは、伊集院隼人×姫宮燐というカップリングが人気だったんですけれど、先日のお姫様だっこの場面をみたRHFCの会長が創作意欲のほとばしりを筆にのせて一晩で書き上げたそうですよ」
なんだそれは。
「話のあらすじは、ちょっとしたことからケンカしてしまった隼人×燐。その隙を狙って眞巳さんが燐さんのことを寝取ってしまうというものです。なかなか萌える展開ですよ」
腐った展開の間違いだろう。
こんなものが女子に知れ渡ってしまったら、ただでさえリンのせいで女子に嫌われて彼女ができる可能性が少ないのに、それがさらに減ってしまう。
そこではっとした。
「こんなところでぼーっとしている場合じゃない。かれんちゃんがこれを読む前に会誌をすべて回収しなくては!」
行動を開始するのを止めたのは成り行きを見守っていた玲だった。
「すでに手遅れだよ」
「なッ、なんだってぇっ?」
聞き間違いであってほしかった。
だが無情にも、琴葉が後を続けた。
「かれんさんもRHFCの会員ですもの。すでに自分の席でかぶりつくようにして読んでますよ」
恐る恐るかれんの席を見ると、真っ赤な顔を
間違いなくかれんで、その本の表紙は会誌であった。
「……あ、悪夢だ」
膝からくずれおちた眞巳はほんの少しだけ泣いた。
だって恋する男の子だもん。
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