16 そういう話すんなら夜中に来んなよ

檜野垣聡ひのがきさとる



彼がこの世界に突然飛ばされて、右も左も分からない中で生き残れたのは、運良く手を差し伸べてくれる人がいたからだ。


「お前、無事か?」

「あ……」

 

黒髪に黒い目というのはこの世界にいないことはないが珍しい部類に入るという。そう聞いた時、聡は目立たないようにするにはどうしたら良いかと考えた。


考えた結果がなぜか暗殺者になるということだった。

 

人殺しをしたいわけではない。けれど、この世界では弱い者は死ぬしかない。


自身を守り、恩ある人を守るには、強くなるしかない。『やられる前にやる』なんて言葉を本当に口にする日が来るなんて日本にいるときは考えもしなかった。


武器を常に持ち歩ける世界だからこそ、その危機感は強かった。何より、敵が多いと笑う恩人の役に立てるのではないかと思ったのだ。


彼は王だった。


強い銀の瞳が印象的な絶対の王。この人の力になりたいと思ったのだ。


「いいのか?」

「構わない。あなたの役に立てるなら」

「まったく、無理すんなよ?」

 

恩人と言われるのは嫌だと言って友人になろうと手を差し出すような気の良い王。年齢が近かったこともあり、親友とさえ呼べる間柄になった。


彼も国の者でも他国の者でもない聡に安心したというのもあるだろう。


元の世界に戻れるとは思えない。戻ろうとも思わない。ひっそりと一人で孤立するのはいつものこと。それを活かして生きるには、暗殺者はこれ以上ない職種だとも思った。

 

異世界からの転移者ということで、身体能力は以前の比ではなくなっていたのが背を押し、聡は裏の世界で生きる術を急速に学んでいった。王の周りに特に腕の良い者達が多かったというのもある。

 

我武者羅に生きて転移してから五十年と少し経ったある日、森で赤子を拾った。


転移した影響なのか、聡の体は老いるのがとても遅い。当時七十才。人恋しさもあって、気まぐれにその子を育てようと思った。それがエリスだ。

 

男が女の子を育てるというのは大変で、王の元を去って数十年。


情勢も落ち着いたために離れていたが、頼れる者と思って頭に浮かんだのが彼だった。


当たり前のように王宮に忍び込んで会いに行けば、大爆笑されたのは今では良い思い出だ。


「はははっ、お前が娘っ、娘だと? 育て方が分からんとか笑えるっ。そういう話すんなら夜中に来んなよ」

「す、すんません……」

 

そんな感じで何とか子育てをしながら、実の娘のように思って育てたエリスに、つい良かれと思い教えてしまった裏で生きる術。


気付いた時には完全にプロになっていて驚いた。これでは嫁に行き遅れる。

 

たった一人で生きるというのは疲れるものだ。そんな思いをエリスにはさせたくない。だから、親友に二度目の特攻をかけた。


分かってはいたが、その時も大爆笑された。


「全くお前って奴は、いくつになっても変わらんな。そんで? 表の生き方を教えると言ってもなぁ・・・・・・ってか、夜中に来んなって」

「・・・・・・すんません・・・・・・」

 

そこで『だって昼間に王宮に来るのって、メイドさんとか多くてなんか緊張するし』と言い訳すると、それだと言われた。


「それってどれ?」

「だから、メイドだよっ。お前、最初の頃に言ってただろう。『メイドさんって女の人って感じで可愛い』ってよ」

「……言ったかも……」

 

根暗男子としては、メイドさんはとっても敷居が高いのだ。あのヒラヒラが頭に乗っているのを実際に見た時の衝撃。それだけで可愛いとか思った自分は正常だと思う。


「丁度、メイドの募集があってな。王都からは離れてる辺境だが、お前の育てた娘なら寧ろ安心だ。自衛は出来んだろ?」

「それには自信がある! だから嫁の貰い手がいないんだからっ」

「もっと早く気付けよ」

 

手遅れだろうと言われるのはちょっと心外だ。中身はアレだが美人で自慢の娘なのだから。

 

そうして、何とか女性らしさを取り戻して欲しいと願ってエリスを送り出して間もなくの事だった。


王が病に倒れた。


「王位を退いて、ようやっと気楽な生活が出来ると思ったんだがなぁ」

 

彼の妻は既に亡く、話し相手が欲しいと何度も呼ばれて行った。娘が独り立ちして寂しかったし、見た目はともかく年齢が近いこともあって話は尽きることがなかった。


「そういえば、孫を見たよ。そっくりで驚いた」

「やっぱ? めっちゃ可愛くね?」

「それは自分も可愛かったアピール?」

「良く気付いたなっ。こうなるんだぞ」

「……そんなこと言うのあんただけだと思う」

 

きっと強い王になると豪語する親友に、どれだけ自分を高く評価してんだと呆れた。彼は昔から自己評価が高い。とはいえ、それが外れていないから文句はない。

 

そうして、穏やかな日々を過ごしていたのだが、ある日、気になる情報を得た。


「第二王妃の一派が第一王妃と王子の暗殺を企てているらしい……」

 

これまでも何度か危ない時があった。それを退けてはいたが、回を重ねる毎に相手も巧妙になってくる。このままにしておくことはできなかった。


「……殺すのは簡単だ。だが、それでは痼りが残る」

 

ここで元となっている第二王妃は勿論、一派を全て根こそぎ消したとする。王子達は助かるのかもしれない。だが、何かあれば暗殺されるという事実が残された者達の意識に根付いてしまうだろう。


それは国を運営する上で様々な選択を狭める結果となる。そうなれば、この国の未来に変化は望めない。

 

良い対策が思い浮かばないまま時間だけが過ぎていき、ついにその日がやってきた。


「最期の頼みを聞いてくれ」

 

その言葉から始まったのは、第一王妃とその王子を暗殺騒動の折に助け出し、そのままどこか第二王妃達の手の届かぬ場所に匿って欲しいというものだった。


「俺の孫だ。きっと王になるために帰ることをいずれ決断する。それまで生かしてくれ」


これに聡は頷いた。


「鍛えてくれて構わんが、暗殺者にするなよ?」

「……保証できない……」


可愛い娘でもそうなってしまったのだから保証なんて無理だ。


「はははっ、まぁ、なるようになるか」

 

それでいいのかと思ったが、そういうものかと聡も納得した。

 

こうして人里離れた場所で、約束通り第一王妃と王子を匿うことになった。


「また会おう、親友よ」

 

そんな言葉を、息を引き取る寸前に笑って口にするなど、彼らしい最期だと思ったものだ。

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