8月5日(金)晴れ時々曇り 後輩との日常・姫宮青蘭の場合その6

 夏休み16日目。文芸部の活動日なので、今日こそはアイデアをまとめようといつも以上に真面目に考える。その結果、思い付いたのは……異世界転生だった。

 いや、流行りに乗っかっておけとか、安易な考えではなく、一度書いてみたいジャンルではあった。けれど、文化祭に出す冊子内でそれほど長い展開は書けないので、色々と省略しなければいけない。

 そうなると、カットしてよさそうなのは前世の描写で、主人公を記憶喪失の設定にすれば……異世界転生の転生抜きになってしまうではないか。それなら最初からファンタジーでいい気がする。


 そんな風に考えてはみたもののしっくりこないので、このままファンタジーでいくか考えている時だった。


「副部長」


 その呼びかけに僕はびくりとしてしまう。部活内でその呼び方をするのは姫宮さんだけだ。


「ど、どうしたの?」


「少し相談があります。聞いてください」


 そう言って姫宮さんは空いていた隣の席に座る。断るつもりはなかったけど、拒否する暇を与えてくれない。


「何かあったの?」


「桐山についてなんですが」


「き、桐山くん」


「はい。非常に困ったことがありまして」


 それで思い当たるのは桐山くんの姫宮さんに対する想いしかなかった。あれだけ挙動不審になっていては、怪しまれても仕方がない。まさかプールを目前にして桐山くんは……


「桐山との会話の仕方がわからないんです」


「……会話の仕方?」


「はい。おはようからおやすみまで」


「聞いたことあるキャッチフレーズだけど、つまりは挨拶の時点からってこと?」


「よくわかりましたね。そうなんです。日葵や副部長と話す時のように言葉が出てこないというか。桐山も何言っているのかわからない時があるというか」


 姫宮さんの表情は少しばかり困っているような気がした。後者の方は桐山くんの方の問題な気がするけど、姫宮さんはそれを察しているわけではない。それなら桐山くん的にはひとまず安心だ。


「うーん……姫宮さんが緊張してる感じなのかな?」


「それはあると思います。何せ今までそれほど男子と話したことがなかったので」


「ああ、前にも言ってたね。ん? じゃあ、今現在、僕と話す時はどうなの?」


「何も感じません。今日は真面目に話しているので」


「そういう意味で聞いたわけじゃないけど、その様子だと緊張してないみたいだね。だったら、桐山くんもそこそこの付き合いがあるわけだし、そんなに緊張しなくても……」


「そう言われても」


 姫宮さんは自分でこの状況を言い表せないようだった。それをわざわざ僕に聞いてくるのは恐らく僕と桐山くんが同性であるからなのだろう。その2人に大きな違いはないように思う。


「じゃあ、日曜のプールで遊ぶのを機に話してみるといいんじゃないかな?」


「えっ。話せないと言ってるのに話させるんですか」


「い、いや、強制するわけじゃないよ。ほら、遊びの場だと普段と違って砕けた場になるか話しやすくなるとかあるかもしれないし。それに僕も同行するから2人が間を取り持つようにもできるから」


「副部長も遊びたい盛りなのにいいんですか」


「気にしないで。元々は1年生の交流会だったんだから。それに僕も遊べるところは遊ぶと思うし」


「……わかりました。では副部長にお世話になるということで」


 姫宮さんは一礼してからその場を去っていく。本当に納得してくれたかどうかはわからないけど、僕としては桐山くんをスタートラインに立たせるためにも、2人が普通の部員同士ないし友達になってくれた方がいい。

 それに姫宮さんが気にしているということは、少なくとも桐山くんと普通に話してみたい意思があるということだ。


 結局、今年のプールも気になることはあるけど、みんなが楽しめる交流会になればいいと思った。

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