5月21日(土)曇り 後輩との日常・姫宮青蘭の場合その2
テストに挟まれた土曜日。この日は火曜日に桐山くんとの会話で挙げたこともあって昼からは図書館でテスト勉強することにした。
今年度になってからは初めて来たので、館内の配置や装飾変わっているところが見られた。テストが終わって少し落ち着いたら本を読んだり借りたりするためにまた通いたいと思う。
館内の席は同じくテスト勉強をしているであろう学生がいたので、空いている席を探していると、大判の辞書類が置かれているコーナーまで来た。位置的にはかなり奥の方のスペースなので、ここまでは人も埋まっていないようだ。
そのコーナーの1席に荷物を置いた僕が座ろうとすると、1人だけいた向かいの席の子が目に入る。
「あっ……姫宮さん」
「副部長。どうしてこんなところに」
僕が思わず喋ってしまったので姫宮さんも反応する。
「ここの図書館は家から結構近いからテスト勉強しに来たんだ。姫宮さんは……東中だったよね? ちょっと距離あるけどわざわざここまで?」
「はい。図書館で勉強するのが好きなので。学校でも図書室で本を読むついでによく勉強しています」
そう言われた時、僕の頭には桐山くんの顔が浮かんだ。桐山くんが提案すべきは部室ではなく、図書室だったのかもしれない。
「まだお話した方がいいですか? 勉強に集中したいんですが」
「あっ、ごめん。急に話しかけちゃって」
「いいえ。これで見なかったものとして無視される方が傷付きます。私はそんなに影が薄かったのかかと」
「それは……そうかもしれない」
「そうなんですか。私は半分冗談で言ったんですが」
姫宮さんは指で口元を抑えながらそう言う。それは恐らく笑っているのを抑える仕草なのだろうけど、そうなると僕はまたいじられていることになる。
そのまま会話を続けても仕方がないので、僕は準備を整えて勉強を始めた。
それにしても世間は狭いと改めて思う。今日の姫宮さんや清水先輩だけでなく、普段来る時もどこか顔を見たことがある同年代を見かけることがあった。市内の図書館が限られているのもあるけど、学生の行動範囲はある程度似たようなものになっているのかもしれない。
「副部長」
それから2時間ほど経った頃。僕が大きく伸びをしていた時に姫宮さんから声をかけられる。
「どうしたの?」
「喉が渇きました」
「ああ。自販機なら入り口から左に曲がったところの休憩スペースにあるよ」
「はい。知っています。でも今日は勉強に集中するために勉強道具以外の物を一切置いて来てしまいました」
「……わかった。僕も休憩するから1本おごるよ」
「催促したみたいですみません。副部長なら払ってくれると思っていました」
その言葉は褒められたことにしておいて、僕と姫宮さんは休憩スペースへ向かった。この場所もいつもなら先輩方と会う場所なので、先輩として僕が来るのは妙な感覚である。
「ありがとうございます。今度会った時に利子を付けて返します」
「これくらいならおごるから別にいいよ」
「そう言ってしまうと今後も後輩からたかられることになるかもしれませんがいいんですか」
「良くはないけど……今回はおごるよ。ただ、他の人には内緒ということで」
「今度日葵や茉奈に副部長と言えない秘密を共有していると言います」
「絶対言わないで! それならおごったこと言われた方がマシだ!」
僕の反応に姫宮さんはまたも口元を手で抑える。でも、そこからクスクスという笑いが漏れていた。
「副部長。正直に言うと私は結構調子に乗っているので今のように程よいところで止めてくれた方がいいと思います。普段なら日葵が止めてくれるのですが私自身は際限なく言ってしまうので」
「へぇ、日葵さんの方が止めるんだ。でもまぁ……姫宮さんが悪意を持って言ってるわけじゃないってわかるからそんなに気にしてないよ」
「副部長はM」
「待ってください」
「その調子です。それでは戻りましょう副部長。ついでにわからないところがあったら教えてください」
そう言いながら缶を捨てて姫宮さんは館内へ戻って行く。終始姫宮さんのペースに巻き込まれているのは、僕が流されやすいのもあるけど、姫宮さんらしいところと言えるのだろう。
今日の短い時間のやり取りでわかったのは、意外にも姫宮さんから気に入られているということだった。まだそんなに話した回数が多くないのにそう思われるのは先輩方や伊月さんが僕のことを良いように伝えてくれているからかもしれない。
「副部長お先に失礼します。それと言えない秘密を共有していることやM気質があることは絶対に広めないので安心してください」
「口にされると不安になるけど、本当によろしくね……」
それ以外の要素で気に入られたのだとしたら認めたくないけどいじりやすい先輩というところだろうか。まぁ、なるべくポジティブな方に捉えておこう。
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