5月1日(日)曇り 夢想する岸本路子

 GW3日目かつ5月初日。今日は岸本さんと一緒に和菓子屋「花月堂」へ行く日だ。数日前にLINEで約束を取り付けた時は文面でも驚きが見えたけど、行くこと自体は了承してくれた。


 集合場所の駅前に到着すると、既に岸本さんが待っていた。


「お疲れ様、岸本さん。待たせてごめん」


「ううん。わたしが早く着いただけだから」


 そんなお決まりの会話を終えると、15分ほど電車に揺られることになる。そこで僕は久しぶりに日常的な会話をしようと思ったけど……


「…………」


「…………」


 いざ話そうと思ってしまうと、何を話せばいいかわからなくなってしまう。恐らく岸本さんも同じような状態でそのまま目的の駅に着くまで会話が弾むことはなかった。


「いらっしゃいませ。ああ、ミチちゃんにリョウスケ、よく来てくれ――」


「…………」


「…………」


「リョウスケ、ちょっと」


 和菓子屋に到着すると待ち構えていたかのように花園さんが迎えてくれたけど、すぐに僕だけが呼び出される。


「なぜいつも以上に気まずそうな雰囲気になっているのですか……!?」


「それは……なんか緊張しちゃって」


「部活では話していると言っていたのに」


「あれは慣れてる部室の空気があるから……」


「言い訳はいいです。せっかく呼び出したのですから、しっかりゆっくり話してください」


 花園さんから説教気味にそう言われてしまったけど、おかげで少しだけ緊張がほぐれた。

 そう、最近も岸本さんと全く話せていなかったわけじゃないのだ。1年生後半の時のように何でもない話をしていこう。


「岸本さん、あそこの席座ろう」


「う、うん……」


「はい、メニューどうぞ。僕も何回か妹と来てるんだけど、岸本さんはどれを頼んでるの?」


「わたしは結構まちまちで……」


「へー、そうなんだ。ちなみに僕はお汁粉をよく頼んでて、花園さんに同じものばかり頼むのは飽きないのかと――」


「…………」


 僕が続けざまに喋ったせいか、岸本さんは急に委縮してしまう。この感じは……出会ったばかりの頃の岸本さんとの会話を思い出す。

 最近の岸本さんは部長として緊張しながらも前に出て話しているからその印象が薄れていたけど、元々の岸本さんから見ると相当がんばっていることがわかる。


「ご、ごめん。自分の話ばっかりして」


「……えっ? 全然気にしてないわ。むしろ、わたしこそ聞くばっかりで……」


「いや、そんなことは……その、最近は岸本さんと文芸部の部長と副部長として話すばかりだったから、何を話していいかわからなくなって」


「産賀くんも……?」


「ということは、岸本さんもそうだったの?」


「うん。本当は話したいことがたくさんあったのだけれど、面と向かって話そうとすると、同じようにわからなくなって……良かったぁ」


「よ、良かったの?」


「あっ、いや、話せなくて良かったと言いたいわけじゃなくて、同じような感覚になっていたのが良かったと……」


「岸本さんのその焦る感じ久しぶりに見るかも」


「わたし、そんな覚えられるような頻度で焦ってるかな……?」


「最近はしっかりしているところ見てるから余計にそう感じてるのかな。その感じも岸本さんらしくていいと思うけど」


「そんなところでわたしらしさは感じて欲しくないのだけれど……」


 ちょっと不満そうな表情の岸本さんを見て、僕は少し笑ってしまう。それに釣られて岸本さんも笑うと、そこからようやくお互いに話題を振り始める。

 話し始めてみたらさっきまでどうして気まずくしていたのだろうと思ってしまうほど、会話は弾んだ。

 結局のところ、僕と岸本さんはこんな風に話をする時間が上手く取れなくて、お互い気付かないうちに話すのを遠慮してしまっていたのだと思う。


「コホン。お客様、失礼します。注文をせずに席に居座られるのは遠慮して頂きたいかと」


 その声の方へ僕と岸本さんが振り向くと、言った言葉とは真逆の微笑ましい表情で花園さんが経っていた。


「ごめん! すぐ注文するから!」


「かりんちゃん、ごめんね。店に迷惑をかけるつもりは……」


「いえ、友人の招待席として確保しているので迷惑ではありません。それに周りを見て貰えばわかると思いますが、満席ではないので多少は大丈夫です」


「そ、そんなことしてくれてたの? あっ……もしかして」


「ミチちゃん。今はリョウスケとの会話を楽しんでください。それはそれとしてご注文は?」


 花園さんにそう言われて僕と岸本さんはすぐに注文する品を決める。

 それを聞き終えた花園さんは岸本さんには「少々お待ちください」と普通の声で、僕には「引き続きがんばるように」と小声で言った。


「また、かりんちゃんに気を遣わせちゃった……産賀くんもありがとう。わたしのためにわざわざ時間を作ってくれて」


「な、なんのこと?」


「わたし、表情や態度に出やすいとよく言われるのだけれど、今回もかりんちゃんが察してくれたんだと思う。だから、産賀くんはそれを聞いてこの場を設けてくれたんだよね?」


「……うん。でも、申し訳なさそうにする必要はないよ。僕も岸本さんとちゃんと話したいと思って来たわけだし」


「えっ……?」


「ただ、花園さんに言われるまで気付かなかったのは事実だから……岸本さんのこともっと察せられるようにならないと」


「……産賀くん」


「な、なに?」


「わたしね……さっきまで何を話せばいいのかわからなかったのは、もう1つ理由があるのだけれど………それが何かわかる?」


「……ごめん、わからない。いったい何があったの?」


「それは……言えないの。でも、気付いてないなら……今は良かったのかも」


 そう言った岸本さんは本当に安心しているようだったけど、それで僕はますますわからなくなった。


 その後、注文した甘味を食べながら他の話をして時間を過ごしたけど、もう1つの理由については教えてくれなかった。

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