4月1日(金)晴れ時々曇り 岸本路子との春創作その2

 春休み7日目かつ4月の始まり。学生的にはまだ休みだけど、社会人は今日から新年度が始まる。

 それと同時に4月1日はエイプリルフールなので、企業や作品が様々な嘘でエンタメを提供していた。


「ぶ、文芸部、よろしくお願いしまーす!」


 そんな今日、僕は岸本さんと一緒に声出しをしていた……文芸部なのに。

 この日は新入生勧誘の準備の予備日としていたけど、大まかなところは火曜日にほとんど終わってしまったので、今日やることは来てすぐに終わってしまった。

 すると、岸本さんは勧誘の際に声をかけられるか不安があると言ったので、僕は冗談めいて練習でもしようかと言ったら本当にすることになってしまったのである。


「い、今更だけれど、この部室で大きな声を出すのは大丈夫なのかな……?」


「まぁ、運動部も声出ししながら色々やってるし、今は校内に人も少ないから大丈夫だと思う」


「……はっ!? 校内に人が少ないということは、声が響いて他の人によく聞こえてしまうのでは……?」


「よく聞いて貰うための練習だからある意味聞こえた方がいいかもね」


「それなら……いいのかなぁ」


 岸本さんは尚も不安が抜けていないようだ。先ほどから聞いている分にはやけになっていたとしてもちゃんと聞こえる声を出せているので、そこは問題ないと思う。それよりも問題なのはこの部室内でも既に緊張気味な方だ。


「岸本さんは今までの学校の行事とかで大勢の前に立ったことはないの? 運動会の指揮とか、委員会の代表とか」


「……産賀くんはわたしがそういうことありそうだと思う?」


「ご、ごめん。ないから緊張してるんだよね」


「うぅ……この前森本さんに褒められて成長できたと思っていたけれど、勧誘のことで引っかかるとは思ってなかった……」


「そんなに落ち込まなくても。本番になったら案外平気かもしれないし」


「そうだといいのだけれど……」


 僕も人前に立つのは未だに緊張するから、そういう体験をあまりしてこなかった岸本さんだと余計に緊張や不安が大きくなってしまうのだろう。

 こんな時、今日という日にかけて、緊張を解せるような小粋な嘘が付けるといいけど、すぐに思い付かなかった。


「ありがとう、産賀くん。わざわざ付き合ってくれて」


「ううん。僕が提案したことだし、僕だって普段はあんまり大きな声出す方じゃないから……ん?」


「どうしたの?」


 練習が一段落して、解散の空気が流れる中、僕のスマホに一件の通知が入る。それは同じく部活に出ているはずの明莉からのメッセージだった。


「いや、妹が家の鍵忘れたらしいんだ。今日は僕も部活に出るからお互いに鍵を持っているはずだったんだけど」


「それは大変。早く帰ってあげないと……」


「……ええっ!?」


「また何かあったの!?」


「……高校の傍まで来てるらしい」


 明莉からは「待つのも暇だから遊びに来たよ」という気軽なメッセージが送られていた。

 確かに僕が帰るまで家には入れないけど、いくら兄がいるからといって高校まで来るのは行動力があり過ぎる。僕が中学の時なら怖くて近づけなかった。


「今ここまで妹さんが……」


「……岸本さん、良かったら会っていく?」


「えっ!? い、いいの……?」


「うん。妹も喜ぶと思うから」


 僕がそう言うと、岸本さんは頷いたのでそのまま帰り支度を始める。


 明莉もさすがに敷地内には入っていないけど、待っていたのは校門を出てすぐにわかるところだった。そして、僕と岸本さんを見た途端、わざとらしく驚く。


「りょ……お兄ちゃん! いくらエイプリルフールだからって気合い入れ過ぎじゃない!?」


「えっ? 何が?」


「いや、彼女さんを連れて来るなんて……」


「こら!!! 何言ってるんだ!?」


「うわぁ!? なんか声大きいんだけど!? 冗談だって!」


 無駄に声出し成果を出しながら岸本さんの様子を窺うと、完全に固まっていた。ちょっとここまでの緊張を解す意味でも明莉と合わせようと思ったのに、なんてことをしてくれたんだ。

 しかし、僕を無視して、明莉は岸本さんの方へ近づく。


「もしかして、お兄ちゃんと一緒に入った1年生……じゃなくて、もうすぐ2年生?の岸本先輩ですか?」


「えっ、あっ、はい! どうして、わたしのことを……?」


「文芸部の話は色々聞いてるので。あと、文化祭に来た時もチラッと見かけたような?」


「文化祭……」


「あっ、私は産賀明莉です。兄がいつもお世話になってます」


「こ、こちらこそ、産賀くんにはお世話になりっぱなしで……じゃなくて、えっと……わたしは産賀くんと同じ文芸部の岸本路子と申します! 妹さんの話も常々伺っています!」


「……なんか私の方が先輩っぽい対応をされてる気がするような?」


 明莉はそう言いながら僕の方を見てくるので、僕は「緊張してるんだよ」と小声で言った。岸本さんの先ほどの声出しのせいか、無駄に声量が大きくなっている。


「なーんだ。全然緊張しなくて大丈夫ですよ。妹さんじゃなくて明莉って呼んでください」


「そ、それは……明莉さん」


「いやいや、さん付けは私がする方ですから。明莉ちゃんならどうです?」


「あ、明莉ちゃん……」


「おっけーです! いやぁ、岸本先輩は他の先輩より奥ゆかしい感じがしますね。私的には結構新鮮です」


 強引に呼び方まで決めさせた明莉は岸本さんとの距離を一気に詰めようとしている。今まで他の先輩と会わせた時はノリがいい方だったから同調していたけど、相手が控えめだとこうなるのか。

 なんて、僕は感心している場合じゃなかった。


「明莉、それくらいにして。ごめんね、岸本さん。うるさい奴で」


「……ううん。産賀くんが話していたよりも何倍もパワフルだね」


「お兄ちゃん、わたしのことどういう風に話してるの。あっ、岸本先輩から聞かせて貰ってもいいですか?」


「えっと……基本的には褒めていて……」


「き、岸本さん! 素直に言わなくていいから!」


「ご、ごめん! つい乗せられて……」


「なんか二人とも声張ってるけど……何してたの?」


「声出しだけど……」


「んん? 文芸部ってそういうことするの? 朗読的な?」


「いや、これには深いわけがあってだな……」


 そんな騒がしい初対面を終えた後、今日の話も交えながら三人で帰って行く。明莉の強引さもあってか岸本さんも普通に話に混ざって話せていたので、岸本さんが別れる頃にはその騒がしさも忘れていた。


「岸本先輩、今度またゆっくり話しましょうね。うちに遊びに来てくれたら私もお兄ちゃんも歓迎するので」


「えっ!? い、家に!?」


「何ならこれから暇なので遊びに来て貰っても……」


「こら、いきなり言われても困っちゃうだろ。岸本さん、色々騒がしくてごめん」


「ううん。何だか、明莉ちゃんから元気を貰った気がする。あっ、さっきまで元気が無かったわけじゃないのだけれど、今くらいのテンションでいけば勧誘もしっかりできそう」


「私が役に立ったなら何よりです!」


「自分で言うな」


 僕がそう言って明莉がオーバーに反応すると、岸本さんは楽しそうに笑った。

 

 別にエイプリルフールらしいことをしたわけじゃないのに、明莉の行動からやけに騒がしい一日なった。

 でも、結果的に岸本さんがポジティブな方向へ行ったのは明莉のおかげかもしれないので、勧誘が上手くいった暁には何かおごるようにしよう、と甘い兄は思うのだった。

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