12月19日(日)晴れ 明莉との日常その29

 昨日の雪は溶けたけど、寒さはそのままの日曜日。この日の午後、花園さんの家が営む和菓子屋さんの「花月堂」へ行くことになった。明莉に聞くとノータイムで付いていくといったので、誕生日会に貰ったギフト券が大いに役立つことになる。


 花園さんは電車通いをしていたことから何となくわかっていたけど、和菓子屋はうちから少し離れたところにあった。5駅移動して、着いた駅から徒歩10分ほど歩くと想像していたよりも新しめの店構えが目に入る。店の隣はそのまま家に繋がっている感じだ。


 店内に入ると、ショーケースに並べられた和菓子や梱包された和菓子屋が並んでいた。入り口から左側には数席のイートインスペースがあって、今も何人かお客さんが座っている。


「明莉、持ち帰りとイートインのどっちにする?」


「えっ? どっちかじゃないとダメなの?」


「ど、どっちもなのか……まぁ、母さんたちにお土産は買って帰る予定だったけど」


「とりあえずイートインで食べてからにしよ! すみませーん!」


 明莉がそう声をかけると、うちの両親と同じくらいの年齢の女性が応対してくれる。詳しくは聞いていないけど、恐らく花園さんのお母さんだ。


「じゃあ、私はあんみつパフェで。お兄ちゃんは?」


「えっと……白玉ぜんざいをお願いします。支払いはギフト券使っていいですか?」


「はい、もちろん。それではギフト券分を引いて……あら?」


「どうかしましたか?」


「あっ、ごめんなさいね。出来上がったイートインにお持ちしますので空いてる席に座ってくださいね」


 支払いを終えると、僕と明莉は壁際の席を確保して暫く待つ。今来ている人の中だと僕たちが一番若そうだけど、他のお客さんも年齢層的には結構若く見える。和菓子屋は何となく年齢層高めなイメージがあるけど、明莉が頼んだパフェのように若い人も取り込めるメニューになっているようだ。


 そんなことを考えていると明莉はセルフで淹れた温かいお茶を飲みながら喋りだす。


「りょうちゃんの友達、今日はお店に出てないんだね。事前に連絡とかしなかったの?」


「一応したけど、その子がお店に出てるかは知らないんだ。いつだか用事があると言ってたから手伝うことはあるんだろうけど」


「そうなの? てっきり看板娘的な人なのかと思ってた。で、りょうちゃん的にはその子どう見えるの? かわいい子?」


「おい。その話を店に来てからするのは悪質だぞ」


「いえ、華凛も興味があります。どうぞ続けて」


「いや、続けてって……ええっ!?」


 テーブルの横にはいつの間にかエプロンを付けた花園さんが立っていた。さっきまで店内にいなかったはずなのに。


「それはさておき、こちらあんみつパフェです」


「あっ、私の方でーす」


「ああ。貴女がリョウスケの妹さんですか。本日はお越し頂きありがとうございます」


「ご丁寧にどうもです。私は産賀明莉と申します。中学2年生です。」


「わたくしは花園華凛と申します。よく出来た可愛らしい妹さんですね」


「いや~ そんなに褒められると照れちゃいますよー」


 明莉はすっかり花園さんの懐に飛び込んで、花園さんもいつも僕と話す時にはない接客感のある対応をする。僕は完全に置いてけぼりだ。


「は、花園さんもお店に出てるんだね。既読はされてたけど、何の返信もなかったからびっくりした」


「そうなると思って敢えてしていませんでした。まぁ、今日はそれほど忙しくなかったので華凛は出ていませんでしたが、母がお友達が来たと教えてくれたので」


「あっ、やっぱり会計に立っている人がお母さんだったんだ」


「はい。ギフト券に目印を付けておいたのですぐにわかったと思います」


「それでさっきはちょっと見られたのか……というか、目印なんて付けてたんだ」


「んー! このパフェどこを取っても美味しい! お兄ちゃん、そっちのぜんざいもちょっと頂戴!」


 僕と花園さんが話している間に明莉はもうパフェを食べ始めていた。


「いや、まだ食べてないんだけど……まぁ、いいや」


「わーい! それでさっきの話の続きなんですけど、花園先輩は看板娘ではないんですか?」


「花園先輩……!」


 明莉が何気なく言った呼び方に花園さんは反応する。もしかしたら呼ばれたことがなかったのだろうか。


「花園さんの方が良かったですか……?」


「いえ、先輩で構いません。それで、看板娘の話ですが、華凛はどちらかと言えばイートインで手が足りなければ手伝うことが多いので、表立って客寄せや販売などはしていません。ちなみにこちらの2品は華凛が盛り付けました」


「そうなんですか!? 凄いな~」


 明莉に台詞を取られてしまったけど、確かにそれは凄い。既に形は崩れているけど、特にパフェの方は色々盛られていたので、綺麗に作るのは結構難しいと思う。


「いえ、この2品慣れればそれほどでもありません。焼いたり、整形がいるものだったりすると、さすがに華凛が作ったものでは店に出せないので」


「お饅頭に形が付いてるやつとか難しんですねー あっ、お持ち帰りでも何か買って帰ろうと思ってるんですけど、おすすめはあります?」


「そうですね。定番で言えば……」


 明莉と花園さんでどんどん話が進んでいくので、僕は返却されたぜんざいを食べることに集中した。あまり食べる機会がないぜんざいだけど、程よい甘さとモチモチの白玉は今まで食べた中でも断トツに美味しいと言えるものだった。昨日の鍋と合わせてこの2日間は完全にカロリー過多になっていそうだけど、年末だし多少は許されると思いたい。


「あっ、花園先輩。お兄ちゃんは高校だと、どんな感じですか?」


「そうですね……華凛はクラスも違って、部活動も一緒ではないので詳しくは言えませんが、何かと気にかける人だとよく聞いています」


「あれ? 同じクラスでも部活でもないのにどうやって知り合ったんですか?」


「共通の知人から知り合いました。華凛は同じクラスで、リョウスケは同じ文芸部です」


「あー、もう一人のプレゼントあげた子だ!」


「あのプレゼントも凄く喜んでいました」


 僕の内情がどんどんとバラされていくけど、こういう空間で止める術はなかった……いや、ちょっと待って。僕は今、花園さんしか知りえない情報を聞いてしまったような気がする。


「ミチちゃんは……」


「あー! 花園さん、ストップ! さっき言ってたおすすめ買って帰るからもう一回教えて貰っていい?」


「えー もうちょっと花園先輩と話したいのにー」


「あんまり長居しても悪いから。じゃあ、お願いしていい?」


「はい。ところで、リョウスケ。やけに顔が赤い気が……」


「気のせいだから!」


 その後、お土産としても和菓子をいくつか買って帰ってお店を後にした。和菓子は美味しかったし、明莉も喜んでくれたようだから良かったけど、明莉を連れて花園さんと会うのは色んな意味で少し気を付けた方がいいと思った。

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